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ドタドタドタ......。
屋敷の中を無遠慮にドタバタと足音を響かせて、動き回る。耳のいい兎獣人にとっては、その足音が誰のものか場合によっては数キロ先のものまで判別可能だ。
「ああ、サイラス」
ほら。私の耳に間違いはない。
屋敷に足を踏み入れた瞬間からずっと私を探し回っていたらしい主人、フェンリル・ウィルフォード公爵。
真っ昼間のこの時間は、城で王国騎士団の団長としての責務を果たしているはずの旦那様が、何故か屋敷の中にいる。
「....旦那様。お仕事はどうされたのです」
理由は大体.....否。確実にわかっているが、敢えて訊ねた。
「ん?あー....皆が昼休憩に入ったからケインに任せて抜けてきた」
そんな私の意図を理解して、旦那様は気まずげに視線を逸らす。私は、更に瞼を重くしてオーラで伝えた。
「..........」
「それより。ジャスミンはどこだ?さっき庭へ行ってみたが、今日は居なかった」
しかし、華麗にスルーされて。がくりと肩を落とす。重いため息まで漏れた。
「.........はぁ」
「どうした。はっ、もしかして体調が?まさか、部屋で寝込んでいるのか?大変だ、すぐに見舞いをっ」
「.....旦那様」
勝手な妄想で慌ただしく階段を駆け上がろうとする旦那様を低い声でとどめた。
「なんだ、急いでいるんだっ。手短に頼む」
「.....奥様は侍女とともに街へ買い物に出掛けております。《《もちろん護衛も》》きちんとついて。何でも、注文していたものが届いたと連絡が入ったそうでフラワーショップへ向かわれました」
主人がツッコミそうな箇所など知り尽くしている。未だ《《自覚のない》》主人が暴走して畳み掛けてくる前に、説明にきちんと入れ込んでおくのが、執事の嗜みだ。
「あ....そ、そうか。うむ。.....何だ、買い物か」
「..........」
やっと我に返ったらしい旦那様に、さすがに口にはできない最近の私の苦労を視線で訴えた。
「.....っ、とにかく、体調不良ではなくて良かった」
「ええ。ですので....そろそろお仕事へ戻られてはいかがですか。.....ケイン様がぼやいておられると思いますよ」
「うっ.....わ、わかっている。今から戻ろうと思っていたんだ」
黙って頷いて視線と手で促せば、旦那様はくるりと背を向けた。が、二歩も進まぬうちにぴたりと足を止めた。
「....あー....彼女が戻ったら夕食を共にしようと言っておいてくれ。必ず仕事を終わらせて帰るから」
「.....かしこまりました」
視線を泳がせながらそわそわと言付けて、それに返事を返せばパッと表情を明るくして、勢い込んで仕事へ戻っていった。
一際存在感を放つシルバーの尻尾が振り子のように振られて、廊下に飾られているいくつもの調度品にバフッ、バフッ、と触れている。
「............」
今日は倒さないでほしいと願いながら、じっと主人の姿を見送った。壺を飾る台に当たった瞬間、反射的にヒヤリとしたのは仕方あるまい。
.....すでに三度も割られているのだから。
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「あの.....フェンリル様?」
「んー?」
「えっと.....」
い、言いにくい。非常に言いにくいが....これは言ったほうがいい。.....多分。
「なんだ?」
「ち、近い.....ような?」
何となく尻窄みになって、声が裏返ったけれど。なんとか伝えることができた。
「っ、あ、ああ。すまない」
「い、いえ.....」
言葉を聞いてハッとしたフェンリル様は、私の顔から数センチの距離にあった自身の顔を勢いよく離した。
でもまたしばらくすれば、隣で私の作業をじっと見つめている。
最近の彼は少し変わった。
彼はあの日から毎日庭にやってくる。
朝仕事に出掛ける前だったり、お昼休憩の間だったり。時間はまちまちだが、必ず植物の様子を見にくるようになった。
そんなにハーブが気に入ったのだろうか。
植物好きとしては嬉しい限りだが.....時々家令のサイラスが呆れた様子で、フェンリル様を見ていることが増えた。
お仕事を抜けてくることに対してだろう。
庭へやってきて花壇を見て、私と植物の話をして再び仕事に戻っていく。サイラスとしては内心、仕事に集中してほしいと心配なのかもしれない。
サイラスの気持ちもわかるし、同じ植物好きとして成長が気にかかるフェンリル様のお気持ちも理解できるので、難しい所だ。
よく考えれば、あの日から朝食も夕食も時間がきっちり合うようになった。必ず食事を共にしていて、いつも植物たちの様子を聞かれたりする。
大好きなハーブや植物の話ができるのは嬉しいので、その度に話しすぎてしまう私は、我に返った時に落ち込むのだがーー。
彼は楽しそうに。いや、嬉しそうに聞いてくれている気がして。それも何だかそわそわ落ち着かない。
リリアはフェンリル様がいらっしゃる時、何故かあれやこれやと用事が入ってそばに居ないし。
そしてーー。
「............」
チラリと。花壇に身体を向けながら横目でフェンリル様の足元を見遣る。
花壇ではなく、私の方に身体ごと向けて屈んでいる彼の背後で忙しなく動く尻尾。
一番の変化はこれだろう。
あの日の翌日からゆるやかに動きを見せるようになった尻尾は、徐々に動きを強めている。
「.............」
今も。バフンッ、バフンッ、とバウンドする勢いで振られている尻尾は、その立派な毛並み故に花壇の縁をゆうに超え、中の土にまで達していた。
言いにくい。非常に言いにくいのだが.....すぐそばで根を張っているハーブに尻尾が迫っているのが気になる。
と、一旦現実逃避して、昨日フラワーショップで購入してきた新しいハーブの苗を取りに行こうと立ち上がった。
すると、後を追うように彼も立ち上がってついてきて、図らずも尻尾がその場を離れた。
「どこに行くんだ?」
「昨日、購入した苗を植え替えようと思いまして。それを取りに行くのですわ」
「うむ。俺も行く」
「はい」
二人で苗を両手に持って花壇へ戻る。
フェンリル様が時間を見て「そろそろ仕事に戻らないと」と言ったが、なかなか背を向けないので首を傾げた。
「............?」
「あーその、なんだ。君にはいつも色々と世話になっていて、本当に感謝している」
視線をうろうろさせてから私の方に向き直り、フェンリル様が言った。
「え、ええ。そんな、私こそ。フェンリル様には感謝しかありませんわ」
「う、うむ。それでだな....これを。君は何もいらないと言っていたが、俺が贈りたいんだ。受け取ってくれるだろうか」
「これは.....?」
真紅のビロードの細長い箱。中から出てきたのは、葉の形をしたラベンダー色の宝石をあしらうネックレスだった。
「パープルサファイアだそうだ」
「...........っ」
「仕事の帰りに見つけた。君の瞳の色に似ているだろう?それに、君は植物が好きだから、形もピッタリだと思って」
言葉にならなかった。どうすればいいのだろう。ネックレスを見つめて何も反応しない私に、彼の表情はみるみる萎れていく。
「あ....あの.....その」
「.....気に入らない?」
「い、いえ!そうではなくて....っ」
「では....迷惑、だっただろうか」
眉を下げて尋ねられて、私は激しく首を振る。
「......っ、そんな訳、ありませんわ!とっても嬉しいのです!嬉しいから....」
ーー困るのです。
最後は言えなかった。
こんな心のうちなど言えるわけもない。
私の返答に安堵して口元を綻ばせるフェンリル様を見ていられなくて、視線をネックレスに向けた。
綺麗だった。透明度が高くて、光を反射してキラキラ輝いていて。
彼の目には、私の瞳はこんな色に映っている。そう思うと胸がきゅうっと苦しくなった。
彼にとってこれはただのお礼。勘違いしてはいけない。それなのに.....勘違いしそうになる自分が怖かった。
「ジャスミン?」
「は、はいっ」
不意に名を呼ばれて、フェンリル様を見遣る。視線が合うと、彼は目尻を垂れて優しく言った。
「今日も早く帰る。夕食は一緒に食べよう」
「え、ええ。....ネックレス、ありがとうございます。大切にします」
「ああ。じゃあ、仕事に戻る。ここでいいから」
「はい、行ってらっしゃいませ」
ネックレスの箱を胸にぎゅっと抱いて、彼の後ろ姿を見送った。




