4-①
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コンコン。
「旦那様。そろそろ休憩なさってはいかがでしょう?」
「ああ、もうそんな時間か。....うむ、少し休むとするか」
執事服をピシリと着こなす壮年の兎獣人男性。片耳だけ折れた白く長い耳を揺らして、この家の家令、サイラスが執務室のドアをノックした。
今日は王国騎士団は副団長のケインに任せ、溜まっていた書類を捌くため、屋敷の執務室にこもっていた。
「その方が宜しいかと。お仕事に熱心なのは感心致しますが、働き詰めではお身体が悲鳴をあげます」
サラリと苦言を呈されて、苦笑する。
サイラスはもともと城で働いていて、俺が生まれた頃からそばに居た第二の兄的存在だ。
王位継承の件で息が詰まり、王城には戻らず王族の所有する別邸で過ごすことが多くなれば、家令として支えてくれるようになった。もちろん、婚姻のため準備したこの屋敷でも。
長い付き合いである分、いつも遠慮なくちくりと物申してくるのだが、これがまた痛い所をついていたりする。
「....わかった。茶を。それから何か軽く食べたい」
「はい。奥様より申しつかって、既にご準備しております」
「彼女から?」
「はい」
「そうか....」
一月前、婚姻を結んだ妻、ジャスミン。
彼女が乗った馬車が見えた時、女性らしいしなやかな声が鼓膜を震わせた。
さも恋しいと言わんばかりのその声音に、心臓をぎゅっと掴まれた気がして.....自分の急な変化に戸惑った。
瞬間、窓越しにぶつかった視線に目を瞠った。
すべてを柔らかく包み込むラベンダー色。
決して強い色合いではないのに、その一瞬で脳裏に焼きついて離れない印象的な色。
そして、どこか懐かしさを覚える神秘的な色。
初対面のはずなのにーー。
思い出せない記憶を必死で辿る最中、マーナガルム様から聞き出した番の瞳の色と重なったからだろうか。
気づけば、地面に降り立った彼女をじっと見つめていて。我に返った時小さく動揺した。
俺がこれからも番への気持ちを抱き続けると告げても、静かに受け入れてくれた。普通なら、ひどい男だと跳ね除けてもおかしくない。
身勝手に対する償いと感謝を込めて何か贈ろうと申し出ても、丁重に断られた。
代わりに「庭の一角を使わせてほしい」と言われ、「一角と言わず好きに使ってくれて構わない」と言うと花が咲いたようにパッと笑った。
その日から頻繁に庭に出ては何やら作業して、時折街へ出掛けてはいそいそと戻ってくる。
時間が重なれば朝食や夕食を共にしてーー
ふとした瞬間、じっとこちらを見つめて何か考え込んでいる時がある。
彼女にとって理不尽であろう婚姻にも関わらず、贅沢を要求するでも、癇癪を起こすでもなく。
むしろ、使用人にも礼儀や愛情をもって接し、ここへ到着してものの数日で皆の心を掴んでしまった。
屋敷の者たちは労いの言葉をかけられ、彼女自ら淹れたお茶を振る舞われて、以前にも増して仕事へのやる気が漲っていた。
「不思議な人だ....」
今も。朝食から何も口にしていない俺を気遣って、既に用意してくれていたらしい、サンドイッチやクッキーなどの軽食と温かいお茶が、ソファの前の机に並べられていく。
執務机から移動して柔らかな座面に腰を下ろすと、肩から力が抜けてホッと息を吐いた。
ふわふわと白い湯気をあげるお茶を見つめる。
「.....今日の茶も、色が違うのだな」
「はい。今日も奥様が拵えて下さった茶葉を使ってお淹れしました」
「そうか.....。美味いな」
以前よく飲んでいた紅茶より淡い色合いのお茶を一くち、口に含む。喉元を通ってじわりと身体にしみこんでいく心地がした。
「.....旦那様、顔色がよくなられましたね」
「ん?そうだろうか?」
サイラスが食器や食事をのせてきたワゴンを廊下へ出しながら、ぽつりと言った。
「ええ。奥様が来られてから、目の下の隈も薄くなられて。頬も少しふっくらと.....調子が戻ってこられたようで嬉しい限りです」
目を細めるサイラスに、無意識に手が自分の顔に伸びた。掌でペタペタと肌に触れ、確かめる。
「そう、か.....うむ。確かにそうかもしれないな。....夜眠る前にも、彼女のすすめる茶葉で淹れたお茶を飲むようになってぐっすり眠れている。食欲も.....戻ってきた気がする」
「それは何よりです」
「ああ....」
小さなサンドイッチを口に運んだ。
ふと、窓の方へ視線を向ける。
晴れた空から降り注ぐ陽の光が、床に陽だまりを落としていた。
ーー彼女はいま、何をしているのだろう....?
優しい光であたためられたその場所を見ていると、何故か彼女の笑顔が浮かんだ。
「.....彼女は....どうしている?」
俺の突然の問いに一瞬目を見開いたサイラスは、すぐに微笑んで答えた。
「奥様は今日も庭におられますよ」
「庭に....」
ぽそり呟いて、残りのサンドイッチやクッキーを手早く口に放り込んでいった。




