2 激動の一週間①
◇◆
私が旅から戻ったのは、家を空けてちょうど10日目の夕方だった。
屋敷に足を踏み入れれば、母やリリア、家令のケイン、使用人たちがドタバタと足音も気にせず駆け寄ってきた。
叱られるより先に抱きしめられた私は、その温かさにずっと強張っていた力がするりと抜けるのを感じた。
父・トリスは屋敷に居なかった。
その日の朝、王城から緊急で呼び出されていてーー。
結局、父と再会を果たしたのは私が屋敷に帰宅してから一週間もしてからだった。
そして、父に会えないままのその一週間は、モーリャント王国にとってまさに激動の一週間となった。
◇
「どういうことですか、陛下!早急に説明をお願いします!」
「ユービィスト王国が攻め入ってくるとは、なぜですか!我が国が一体、彼らに何をしたというのですか!?」
長く伸びた机の周りを、鬼気迫る表情で貴族たちがぐるりと取り囲んでいる。
今朝、それぞれの屋敷に届いた“赤い封筒“。
その封筒に入っていた国王からの緊急呼び出しの知らせを見て大急ぎでやって来た、王都に暮らす主要貴族たちだ。
その中の一人に、ジャスミンの父、トリス・リーフェント公爵も居た。
皆が目を釣り上げ、我さきにと口を開いて問い詰める。見つめる先は、オズウェル・モーリャント国王ただ一人だ。
「我が息子、コーネルが.....ユービィスト王国 国王の怒りを買った」
いかにも呆然と力尽きた様子で答えた、オズウェル国王に対して、貴族たちの身体がわなわなと震える。
「それだけでは、わかりません!もっと説明を!」
「そうです!説明がなければ状況が掴めず、対策がとれない!!」
「もしそれが本当ならば、今すぐにでも手を打たなければ。我が国は終わります!!隣国と我が国の武力の差を、陛下もご存知でしょう!?」
怒鳴り声とも悲鳴ともつかない声が、広い室内を飛び交う。
普段であれば、国王にこんな口をきく者はいない。
王族に目をつけられれば、この国で、貴族社会で、生き残っていけないからだ。
だが、今日はこの場にいる貴族ほぼ全員が、国王を責め立てる。
そりゃそうだろう。ユービィスト王国が攻め入ってくるとなれば、どのみちモーリャント王国に勝ち目はない。オズウェル国王も、もちろん王妃、王太子も。王族は、ユービィスト王国の軍に捕らえられる。そうなれば、国王でいられるわけがないのだから。
「コーネルが連れていた、ジェシカ・トランドル男爵令嬢が......身分を隠して我が国に留学していた、ユービィスト王国 国王の娘、シルヴァ・ユービィスト王女に....許されないことをした」
「シルヴァ・ユービィスト王女?」
「許されないこととは、何ですか!」
「さっさとお話ください!時間がありません!!陛下!」
説明の先を促してまた怒号が飛び交う。
「舞踏会で、王女のドレスにドリンクをかけ、謂れもない罪を着せようとした。会場にいる者たちで王女を嘲笑い、ドレスを安物と馬鹿にした。挙句の果てに、コーネルは令嬢の嘘にも気づかず、一緒になって王女を責め立て、牢にまで入れようとした」
「..........っ」
あまりのことに、全員が押し黙って息を呑んだ。
「しかも、王女の無実を訴えたリーフェント公爵令嬢のことも蔑みひどい言葉を吐いて、信じず、その場で婚約破棄した」
次々と溢れ出る信じられない罪の数々に、貴族達の椅子から上がっていた腰がガタリと落ちる音が聞こえる。
「............っ」
トリス・リーフェント公爵は、娘 ジャスミンの勇気ある行動を改めて心の中で噛み締めた。
同時に、愚かな王太子とトランドル男爵令嬢、オズウェル・モーリャント国王への爆発しそうなほどの怒りに耐えた。
グッと握る手のあまりの力に、掌に爪が痛いほど食い込む。今はその痛みが、今にも国王に掴みかからんとする身体を何とか押しとどめていた。
「......それだけじゃない」
国王が続ける。まだあるのかと皆が頭を抱え俯いた。
「その一件があった舞踏会とは別の舞踏会でも、トランドル男爵令嬢は王女に嫌がらせをした。一人で立つ王女にわざとぶつかり転ばせて、その拍子に外れた王女のイヤリングを.....故意に踏み潰し、壊した。そのイヤリングはユービィスト王国ではとても重要な意味のあるものだった。.....コーネルはトランドル男爵令嬢の言い訳を信じ庇護して、王女には謝罪のひとつもしなかった。.....もう取り返しがつかない」
「なんということを.....っ」
室内にこだまするのは小さな悲鳴と絶望のため息だ。誰もが終わりだと感じていた。
ユービィスト王国では親元を離れる子供に贈り物をする習慣がある。女の子には飾りのないシンプルなイヤリング。頑張っておいでと子の背を押す親心と魔除けのお守りの意が込められていた。そして、将来つがいが現れた時、つがいから贈られた宝石をそのイヤリングにつけることで、自身の家族とつがいの良好な関係を示すこともできる。
つまり、トランドル男爵令嬢が踏み潰したものは、ヴォルフ・ユービィスト国王夫妻が、留学する娘、シルヴァ王女に贈った大切なものだった。
「はっ、緊急会議?打開策?笑わせるな。あるわけがない。こんな会議....いくら続けたって、あのユービィスト王国の軍を討つことなどできないさ.....っ」
ぽつりと、誰かが吐き捨てるように漏らす。
「どうしてくれるんですか!王都には、我が国には....大切な家族が住んでいるんだ!私の家は娘が生まれたばかりで.....あなたがた王族の軽率な行動でっ、家族に危険が及んだら.....っ」
心からの叫びを受け止める国王は、全身に絶望感を漂わせていた。
どこから間違えたんだ。
息子には厳しくしていた。
王族としての誇りを持つよう教えていたし、幼い頃からお前は特別な存在なのだと刻み込んでいた。
自分の考えに自信を持てと叱咤していたし.....その甲斐あって王族として揺るがぬ心を持った男に育ったと自負していたのに。
今となっては....ただ、独りよがりの馬鹿息子に育ててしまったという後悔しかない。
結局ーー。
ユービィスト王国の軍が攻め入るまでの5日間、王城に缶詰になりながら、国王、貴族、大臣、皆で考えても戦を避ける方法も軍から逃れる方法も見つからなかった。
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