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ーーそれから、半年後。モーリャント王国、港にて。ーー
「ジャスミン。本当にいいのか?」
「お父様。その質問、もう何度目ですの?」
「だって、お前....突然隣国へ嫁ぐなんて....」
父は悲壮な顔で私を見つめている。
隣に並ぶ母も同じ顔をしていて、夫婦だなぁと考える。
私は意識して口の端を上げて明るく言った。
「いいのですわ、お父様。これが一番、いい選択なのです。それに、王命では拒否できませんもの」
「だが.....」
「心配なさらないで下さいませ」
「.....わかった。手紙を書いてくれ。私も送ろう」
「ええ、必ず」
「ジャスミン。愛しているわ、これからもずっと。あなたは私たちの大切な娘よ」
母がぎゅっと私を抱きしめる。
そんな私たちをさらに上から、父が包み込んだ。
「ああ、ずっとだ。愛しているぞ、ジャスミン」
「.....ありがとうございます。私も、愛しておりますわ。お二人とも、お身体お大事になさってくださいね」
「旦那様、奥様。ジャスミンお嬢様。そろそろ船が出ます」
家令のケインから声がかかる。
「ああ。.....リリア。お前がついて行ってくれると言って、我々がどれだけ安堵したことか。どうかジャスミンの味方になってやってくれ」
「はい、もちろんでございます。旦那様、奥様。行って参ります」
隣にはずっと侍女として働いてくれているリリアが付き添ってくれていた。
「お父様、お母様。二十年間、お世話になりました。.....ケイン、他の皆も。本当にありがとう」
港まで見送りに来てくれたリーフェント家で働く者たちへお礼を言って、隣国・ユービィスト王国へ渡る船に乗り込んだ。
◇
「お嬢様、本当に宜しいのですか?」
船が港を出発し客室に入って一息つくと、リリアが言った。
「リリアまで。......いいのよ。でも、心配かけてごめんなさいね」
「お嬢様が謝ることではございません。.....ですが、旦那様となられるお相手は、『番をなくした』と噂の王弟殿下です。.....今回の件で、シルヴァ王女が他国との戦の要因をつくったと波紋が広がり、国の平和を揺るがす王女は廃嫡すべきとユービィスト王国の一部貴族から声が上がったそうです」
「ええ。わかっているわ。.....シルヴァ王女を、次期国王にするためには、王弟殿下の婚姻を急いで臣下にくだる必要があるのよね。貴国では未婚の王族の臣籍降下は認められていないから」
「はい....」
リリアが辛そうに頷く。
私は彼のことを思い浮かべる。口からぽそりと言葉が漏れた。
「.....番がいらっしゃったのね」
「え?」
「あ、いいえ。なんでもないの」
「............?」
半年前 旅で私が出会った男性は、なんとユービィスト王国の王弟殿下だった。
それだけではない。彼には番がいたのだ。
私と出会った頃にはもう居たのだろうか。
それともこの半年間で出会ったのだろうか。
.....きっとこの半年の間よね。
世の中には複数の女性と恋愛を楽しむ方もいるみたいだけれど。
彼は番が居たならその方を目一杯大切にする気がした。
「その白羽の矢が私に立っただなんて、光栄なことだわ」
「お嬢様は優しすぎます!.....お嬢様はシルヴァ王女を助けたも同然なのに、こんな仕打ち....私は納得できません」
「リリア。そんなこと言うものではないわ。もともとあの一件は、すべてコーネル殿下やトランドル男爵令嬢が起こしたこと。自国民の責任なのだから、私がシルヴァ王女を助けるのは当然だったのよ」
「...........」
「それに、殿下は獣人国内で『番をなくした』と噂が立ち、結婚相手が見つからなかったらしいわ。それほど獣人の方々にとって『番』というのは重要な意味を持つのね」
番をなくした獣人がどれほど抜け殻になるか、同じ獣人なら皆知っているということだろう。
人間の私は『番』という存在がいること自体、今回やっと学んだのだが。
辛い結婚になるとわかっていて、飛び込む女性はなかなかいない。いくら相手が王弟殿下だとしても。
「ですがもしかすると.....王弟殿下とは白い結婚になるかもしれないのですよ......?」
リリアが唇をくっと噛んだ。
「白い結婚には.....なるでしょうね。きっと私は、彼に愛されることはないわ」
「お嬢様....」
「きちんと理解しております。王弟殿下の心には、これからも番の方が棲み続けていくのでしょうから」
「.........っ」
心配をかけたくなくて、出来うる限り綺麗に笑った。
私はうまく笑えているだろうか。
リリアが小さく息を呑んだのがわかった。
私は今から三日かけて、海を渡る。
ヴォルフ陛下より相談を受けたテリウェル・モーリャント新国王が、直々に我が家に打診してきた婚姻。
半年前、もう二度と会わないと.....会えないと思っていた相手、フェンリル・ユービィスト王弟殿下との婚姻を結ぶために。
『番をなくし悲しみに暮れている』と噂の彼と、愛のない結婚をするためにーー。




