7-②
兄であり国王であるヴォルフは子供の頃エナメルと出会っており、すぐに求婚。成人を待って婚姻を結んだ経緯があり、弟に番が見つからないことを心配していた。
フェンリルはというと、実のところ番の良さはわかっていなかった。
自分がシルヴァの王位継承の妨げになるのは避けたい。だから臣籍降下の条件である婚姻を結ぶため番を見つけたい。
そのくらいの心持ちだった。だがーー。
彼女と出会った瞬間それが覆った。
胸に溢れる幸福感はとどまることを知らない。
触れたい、抱きしめたい、愛したい。
守りたい、大切にしたい、一緒にいたい。
彼女への気持ちは泉の如く湧き出て、自分のすべてを満たしていく。
「できるものなら、私だってそうしたいです。しかし.....」
フェンリルは口籠もった。
「どうした」
「彼女は....鼻が効かないらしいんです」
「鼻が....?」
「はい。私のこともわかっていませんでした」
「.....うむ。番が認識できないなら、まずは好きになってもらう所からか....。下手に王族であることが知られたら逃げられるかも知れないと?」
兄弟というのは通ずる所があるのか、それとも長年一緒にいるから相手を理解できるのか。いずれにしても兄は弟がすべて話す前に察していた。
「そうです。番だと認識できていればお互い惹かれ合うでしょう。でも現実、彼女は鼻が効かず私を認識していません。惹かれているのは.....私だけです」
「......うむ」
「王族という血筋を嫌がる女性もいると聞きます。確かに我々はただの貴族や国民とは違う立ち位置だ。婚姻を結ぶ女性が重圧や責任を感じてもおかしくない。もちろん結婚すれば私も家臣にくだりますし、私がいる限り口さがない者から全力で守ります。彼女がいうなら、そばを離れることの多くなる今の仕事をやめて他の仕事をしたっていいんです」
「おいおい。やめないでくれよ、団長がやめたら王国騎士団は要を失う」
弟の思い詰めた様子に兄が慌てる。
フェンリルは王弟でありながら王国騎士団の団長として軍を統率していた。小さい頃から身体能力が群を抜いて高かったフェンリルは、将来臣下にくだることを見越して剣の腕を磨いた。軍を率いて、兄の治める国を他国の脅威から守るためだ。
彼の的確な判断力と軍をまとめる統率力で、国は平和を保っていられる。
「......これは例えであって彼女に対してそれくらいの気持ちだということです。話を戻しますが、だからこそ、私はただのフェンリルとして彼女と向き合いたい。......彼女を絶対逃したくないのです」
「うむ、言いたいことは理解できた」
獣人は本能で番を求める。種族によって詳細は異なるが、狼獣人は番と定めたただひとりの相手を生涯愛し抜く種族だ。
そして、番は甘い花の様な香りに誘われて認識する。
一部、人間や魔法使いとの間に生まれた『混血種』の獣人ならば、稀に番のにおいを嗅ぎ分けられない者もいると聞いた。もしかすると彼女がそうなのだろうか。
.......あの違和感も『混血種』だからか?
本音を言えば、彼女に会った時少しだけ違和感を感じた。
艶のある毛並みにラベンダー色の瞳がこの世のだれより美しかった。
どう見ても同族であるはずなのに、どうしてか彼女の姿がしっくりこない。そんな不思議な感覚に襲われて思わず尋ねてしまった。
「....まだ何か気になることが?」
考え込んでいると兄 ヴォルフが覗き込んできた。
「少し.....。ですが」
.....明日から街を案内する約束を取り付けた。
その時間で彼女と仲を深められるよう、頑張ればいい。
彼女との仲が深まれば自然と何か見えてくるかもしれない。
「.............?」
「いえ、何でもありません。それで兄上。明日からしばらく休暇を頂きたいのです。騎士団のことは、副団長のケインにすべて指示しております」
「それはいいが。においがわからないのならば、そう一気にまくしたてては逆効果なのでは?もっとゆっくり....」
兄の言葉を遮る様に言葉を続けた。
「彼女は王都に住んでおりません。家名も教えてくれませんでした。自分も伏せたのでお互いさまですが」
「.....うむ」
「胸騒ぎがするんです。彼女と早く仲良くなっておきたい。お願いします」
「.....わかった」
「ありがとうございます」
こうして、夜は更けていったーー。




