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◇
「....こ、ここが、あなたのお家?」
「うんっ」
左手をぎゅっと握ってニコニコと上目遣いで見上げる男の子。
さっきぺたりと寝ていた耳はピンと立ち上がり私が話す度にクイッとを向きを変える。髪と同じ淡い金色のフワフワ尻尾は元気を取り戻し、ブンブン空を切っていた。
男の子は『マーナガルム』と名乗った。5歳になったばかりで、時々舌ったらずな喋り方が愛らしい。
どうやら興味の引かれるにおいに釣られて家を抜け出したが、途中でにおいが途切れて気づけば帰り道がわからなくなっていたらしい。
ならばと家の特徴を聞けば、男の子がある方向を見遣って指を指した。それがーー。
「ここって.....ユービィスト王城、よね?」
大きく堅牢な雰囲気漂う立派な城。
そこはまさしくこの地に降り立ったとき仰ぎ見た『ユービィスト王城』だった。
「うんっ、ここが僕のお家だよっ。護衛を呼ぶね。きっと今ごろ僕を探し回ってるから」
「そう、なの......」
片頬が引き攣る。
この身なりにこの家。そして、はなしぶりからして、彼はおそらくーー。
瞬間、自分が置かれた立場を理解した。
「.....じゃあ、すぐに護衛の方を呼びましょう?そうすれば、もう一人でも大丈夫よね。お母様とお父様の所に連れて行ってくれるものね」
「うん.....?でも.....お姉さんはどうするの?」
「私はここで失礼するわ」
5歳の子供と同じ状況なのは恥ずかしいが。私も黙って家を飛び出してきている現在、旅先の王城に足を踏み入れるのは抵抗がある。
幻視魔法もかかっているし大丈夫だと思うが、正体がバレるリスクはなるべく減らしたい。
「えー、やだ!.....そうだ!一緒にケーキ食べようよ。すっっごく美味しいんだよ?僕がお願いすればおっきないちごタルト作ってくれるんだから」
.....可愛い。非常に可愛いし、真の天使だ。
デレッと目尻が垂れる。
でも、私の状況では申し出を受けるわけにはいかない。.....やっぱり断ろうと口を開きかけた時。
「マーナガルム様!」
「あ。フェンリルだぁ」
明らかに「やばっ」という顔でさっと私の背に隠れた彼は、ちろりと目だけを覗かせた。
その間もズンズン大股で歩み寄る大柄な男性はあっという間に距離を詰めてくる。数秒前まで豆粒ほどの大きさだった姿は、もう数メートル先まで迫っていた。
アイスシルバーの髪の毛と瞳、立派な三角耳、尻尾は....ちらりちらりと足の間から見え隠れしている。
形のいい眉に他を圧倒する鋭い目元。ひと睨みされれば、それだけで背筋を冷たいものが駆け抜けそうだ。高い鼻梁に、ほどよい厚さの唇。日焼けした肌は荒れひとつなくスルリとしている。凛々しく美麗な姿だ。
身体は獣人らしく、だがそれ以上にがっしりと逞しい。私より年上で、30歳くらいだろうか。
するとその瞬間。
男性がヒクッと鼻を動かし、一歩踏み出した体勢でピタリと立ち止まった。
「..........え?」
不意に声が溢れた。
今までマーナガルム様に向いていた瞳が、突然向きを変え、私を貫いてきたから。
交わった視線に時が止まる。
ゆるゆる見開かれる瞳の透明度に言葉では到底言い表せない力を感じて.....心も身体もすべて吸い込まれる。本気でそう思った。
「き、れい......」
また無意識に漏れた小さな呟き。
ピクッと小刻みな振動とともにぴんとこちらを向いた耳が、私を現実に引き戻す。
私、なにをーー。
慌てて口を噤んで空いた手で唇を隠せば、彼の顔が「ふっ....」と蕩けた。




