第五話:飼龍(しりゅう):手にした力を人格の一部として育てる
自分の中に棲む「荒ぶる龍」と対話し、少しずつその力を人格の一部として育み始めた玄龍。
しかし、そんな彼の元に届いたのは、親友・黒龍の危機を告げる不穏な報せでした。
善意が強欲に塗り替えられていく恐怖。
玄龍は、手にしたばかりの「静かな力」を胸に、山を駆け降ります。
断崖での死闘にも似た修行を経て、玄龍は、自分の中に渦巻く強大な力を少しずつ「飼い慣らす」術を学び始めていました。
これまでは、力を出せば出すほど周囲を傷つけ、自分自身もその制御不能な勢いに振り回されていました。しかし、今の玄龍は違います。
一歩歩くごとに。一回呼吸をするごとに。
己の力と対話し、それを人格の深奥へと静かに落ち着かせていくのです。
玄龍は、かつて救えなかったあの小鳥の姿を、片時も忘れてはいませんでした。
「本当の強さとは、暴れる龍を力でねじ伏せることではない。その龍を自分の一部として認め、優しく抱きかかえることなのだ」
そんなある日。
玄龍の修行場に、黒龍が雨乞いを続けている村から、一人の使いが現れます。
男の顔に宿っていたのは、救済を喜ぶ清々しさではありません。それは、どこか異様な熱を帯びた、どす黒い「欲」の色でした。
「げ、玄龍さま……黒龍さまは、実に素晴らしい御方だ。あ、雨を降らせるだけではない。あのお方の鱗や血には、いかなる病も治し、不老不死にする力があるという噂です。わ、我ら村人は、あのお方を決して逃しはしませんぞ……ふひ、ふひひ」
その言葉を聞いた瞬間、玄龍の背筋を冷たい戦慄が駆け抜けます。
黒龍が捧げた純粋な善意は、救われたはずの人々の心の中で、恐ろしい「強欲」の種へと変質していたのです。
「……逃さないだと? 黒は、お前たちを救うために自らの命を削っているんだぞ!」
玄龍は怒りに突き動かされ、男を突き飛ばそうと拳を固めましたが、寸前でその動きを止めました。
今、ここで負の感情に身を任せれば、これまでの修行はすべて灰塵に帰す。飼い慣らし始めたはずの龍が、再び憎しみの炎を吐き散らしてしまう。
玄龍は震える拳を静かに下ろし、深く、長く、熱い息を吐き出しました。
「俺が行かなければならない。黒が、あまりにも純粋すぎるがゆえに、自らが生み出した光に呑み込まれてしまう前に」
玄龍は、まだ不完全ながらも手応えを感じ始めていた「驀直」の一念を胸に、一気に山を駆け降ります。
黄金の鱗は、かつての刺々しい威圧感を失っていました。今はただ、静かで深い決意を秘めた、重厚な輝きへと変わりつつあります。
しかし。
村へ急ぐ玄龍の耳に届いたのは、恵みを祝う歓喜の歌声ではありませんでした。
それは、空腹と強欲に狂った人間たちが、疲れ果てて地に伏した黒龍へと向かって放つ――。
醜い罵声と、肉を断つ刃の音だったのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
自分の中の龍を飼い慣らす。それは感情を押し殺すことではなく、感情という手綱をしっかりと握り、人格の力に変えていくことです。玄龍が寸前で怒りの拳を止めたのは、その修行の確かな成果でした。
しかし、山の外では、人間の醜い心が制御不能なまでに暴走を始めています。力尽きた親友に迫る残酷な刃。物語は、避けることのできない大きな悲劇へと向かっていきます。
次回、第六話「騎龍帰家」。
己の心と力を一つにした玄龍は、親友を救うため、嵐の中を最短距離で駆け抜けます。辿り着いた村で彼を待ち受けていたのは、恵みの雨に濡れた「地獄」の光景でした。
合掌




