第二話:見跡(けんせき):進むべき方向のヒントを見出す
黄金の鱗を誇り、力こそが全てだと信じていた若き日の玄龍。
第一話で重い剣を置いた彼が、最初に直面したのは、己の力では制御できない「孤独な森」でした。
自分の足もとを見つめ、無意識に周囲を傷つけていた自分に気づく、最初の転換点の物語です。
道場を後にした玄龍は、あてもなく荒野を歩き続けていました。
道場にいた頃は、自分が誰よりも強く、世界のすべてを知っているつもりでいました。しかし、一歩外の世界へ踏み出せば、見たこともない険しい嶺や、己の力ではどうにもならない自然の猛威が次々と立ちはだかります。
ある日の夕暮れ。
玄龍は深い森の奥で、出口を見失い立ち往生していました。
腹は空き、喉は乾ききっています。
自慢の筋肉も、この出口のない暗闇の中では、何の導きにもなりませんでした。
「ちくしょう、俺は一体何をしているんだ……」
切り株に腰を下ろし、深い溜息をついた、その時です。
どこからか、トントン……キュキュキュ……と、木を慈しむような心地よい音が響いてきました。
音に導かれるように歩を進めると、古びた小さなお堂の影で、一人の老いた龍が木像を黙々と磨いています。
その老龍は、玄龍の黄金の鱗や強靭な体躯を目の当たりにしても、驚く様子すらありません。ただ静かに、一心不乱に指先を動かし続けています。
玄龍はたまらず、その背中に声をかけました。
「おい、じいさん。こんな寂しい場所で何をしているんだ? 俺は自分の中に眠る『真実の龍』を捜している。どこへ行けば会えるのか、教えてくれないか」
老龍は、ようやく手を止めました。
そして、玄龍の足もとをじっと見据えて、静かに口を開きます。
「お前さん、立派な体格をしておるが、いかんせん足跡が重すぎるな。力みすぎて、自分がどこを歩いてきたかさえ見えていないようだ」
老龍が指差した先を振り返り、玄龍は息を呑みました。
そこには、彼が歩いてきた跡が、土を深くえぐり取った無残な溝となって残っていたのです。
一方で、老龍が磨いていた木像の台座には、古の智慧が刻まれていました。
『真の強さとは、岩を砕く拳にあらず。そっと花を添える掌のぬくもりに宿るものなり』
玄龍は、その言葉をなぞり、激しい衝撃を受けます。
自分はこれまで、力を誇示し、振りかざすことばかりを考えてきました。
けれど、かつて親友の黒が告げた「力だけでは守れないもの」とは、この木像に宿る静かな慈しみのようなことではないのか。
「じいさん、この言葉の先を知りたい。俺に教えてくれ」
「続きは、お前さん自身の歩き方の中にしかない。まずはその肩の力を抜き、地面を慈しむように丁寧に歩くことから始めてみなさい」
老龍はそう告げると、再び玄龍の存在を忘れたかのように、柔らかな手つきで木像を磨き始めました。
玄龍は、自分が残してきた荒々しい足跡を、ただ独りで見つめ続けます。
そこで初めて、自らの中にあった「傲慢さ」という重荷に気づき始めたのです。
「見つけた……。これが、俺の進むべき道の『足跡』だ」
玄龍は、今までのように土を蹴り上げるのではなく、一歩一歩、大地の鼓動を確かめるように歩み出しました。
黄金の鱗は、夕闇の中でまだ眩しく光っています。
しかし、玄龍の心には、これまでとは違う、静かで確かな「熱」が灯り始めていました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
自分の強さを過信しているとき、私たちは自分の歩みが周りにどのような影響を与えているか、なかなか気づくことができません。玄龍は、この名もなき老龍との出会いを通じて、ようやく自分の「力み」を自覚しました。
皆さんの歩んできた道には、今、どのような足跡が刻まれていますか?
それは誰かを安心させる足跡でしょうか、それとも、力んで土を跳ね上げているでしょうか。
次回、第三話「見龍」。
一歩一歩、丁寧に歩き始めた玄龍の前に、ついに探し求めていた「龍」の姿がその断片を現します。
合掌




