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第六の指

純白の光の暴風が去った後、神聖教国の首都であった場所には、もはや何一つ残されてはいなかった。


誇り高き白亜の大聖堂も、数万の信者たちも、すべてが平等に白い灰となり、風に吹かれて舞い散っている。

絶対的な死の静寂に包まれた広大な廃墟。その中心に顕現した漆黒の玉座で、ブライスは退屈そうに足を組み直した。


「……脆いものだ。たかが数千年の信仰など、一陣の光で容易く灰に還る」


ブライスの足元には、神都を滅ぼした純白の処刑人――五指ごしのエルディスが、狂信的なまでの忠誠を込めて深々と平伏している。

さらにその後方には、ヴァイスたち四柱の悪魔と、四百の高位悪魔の軍勢が、あるじの絶対的な勝利を静かに讃えていた。


ブライスは、傍らで言葉を失っている王女アリアへと視線を向けた。


「アリアよ」

「は、はい……ッ!」


名を呼ばれたアリアは、弾かれたようにその場に跪いた。

かつて自国を見捨て、世界を狂信で歪めた巨大な宗教国家が、たった数分で地図から消滅したのだ。彼女の心を満たしているのは、復讐を果たした歓喜ではなく、目の前の原初の王に対する絶対的な畏怖であった。


「この灰燼かいじんに帰した都の跡地を、お前にくれてやろう」


「……え?」


アリアは、自らの耳を疑った。


「僕が永い眠りについている間、下等な人間どもは指導者を失い、愚かな狂信に走った。……二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、管理する者が必要だ」


ブライスは、冷たく、そして重厚な声で告げる。


「今日より、お前がこの世界の人間どもを統べる女王となれ。僕の傀儡かいらいとして、僕の影として、あの愚か者どもに絶対的な恐怖と平穏を与えよ」


それは、辺境の小国の姫であったアリアに対する、全世界の支配権の譲渡であった。

魔の王の威光を背景にした、新世界の女王としての戴冠。


だが、アリアはただ喜んで平伏することはしなかった。

彼女は震える両手を強く握り締め、白い灰が積もる大地に額を擦り付けた。


「……恐れながら、我が主様。私のような非力な人間の身では、貴方様の偉大なる影を背負うことなど到底叶いません」


アリアの声には、もはや絶望に震えるだけの弱さはなかった。

強大な悪魔たちが立ち並ぶこの場で、彼女は顔を上げ、覇王の深淵の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「私は、ただ守られ、玉座に座るだけの操り人形にはなりたくありません。貴方様のことわりに仇なす愚か者が現れた時、自らの手でその首を刎ね落とせるだけの……絶対的な力が、欲しいのです」


その言葉に、四柱の悪魔たちが微かに殺気を漂わせた。力無き人間が、王に対して傲慢にも力を要求したからだ。

だが、玉座のブライスは、初めてその口元に微かな弧を描いた。


「……ただの美しい人形でおさまるつもりはない、ということか」


ブライスは玉座から立ち上がり、アリアの目の前へと歩み寄る。


「その強欲さ、嫌いではない。ならば女王の王冠と共に、僕の直属たる力も与えてやろう」


ブライスが、黒手袋に包まれた右手をアリアの額に添えた。

瞬間。かつてブライスが地下の女神から簒奪さんだつし、その身に蓄えていた莫大な深淵の魔力と神の権能の欠片が、怒涛の勢いでアリアの魂へと注ぎ込まれた。


「あ、あぁぁぁぁぁぁッ!!」


アリアの身体が激しく宙に浮き上がり、神都の灰が竜巻のように彼女を包み込む。

彼女が纏っていたすすけたドレスは、魔力によって漆黒の鋼へと変質し、その背には夜の闇を切り取ったかのような漆黒の外套が翻った。


そして彼女の右手には、絶望の重さを具現化したような、身の丈ほどもある巨大な黒剣が握られていた。


光が収まった後、そこに着地したのは、もはや弱き小国の姫ではない。

強大な魔力を全身から立ち昇らせる、美しくも恐ろしい『黒き戦乙女』の姿であった。


「その魂の色、悪くない」


ブライスが、満足げに頷く。


「名乗るが良い。新世界の女王にして、我が配下たる第六の指……六指ろくしのアリアよ」


アリアは、自らの内に脈打つ途方もない力を感じながら、己の身の丈ほどある黒剣を大地に突き立て、ブライスの前に深々と、そして流麗に跪いた。


「御意のままに。この身、この魂のすべては、偉大なる原初の王のために。……我が主様の征く道に立ち塞がる者は、このアリアがすべて切り捨ててご覧に入れます」


絶対的な力を持つ五指の処刑人、そして人間の頂点に立つ六指の女王。

覇王の陣容は盤石となり、真なる世界の支配が今、確固たるものとなった。

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