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神都への跳躍

「大掃除には、相応の準備が必要だな」


血濡れた玉座から立ち上がったブライスの静かな声が、祈りの間に反響した。

彼が虚空に向けて軽く右手をかざすと、空間そのものが硝子ガラスのようにひび割れ、三つの禍々しい次元の裂け目が口を開けた。


「――御前ごぜんに。我があるじ様」


次元の裂け目から、深淵の底を煮詰めたような莫大な魔力が溢れ出す。

最初に姿を現したのは、漆黒の大剣を背負った寡黙なる剣士・二指にしのシュバルツ。

続いて、全身から紅蓮の闘気を立ち昇らせる流派無き武神・三指さんしのルビー。

最後に、歩くたびに周囲の空気を絶対零度に凍てつかせる冷徹なる氷の魔女・四指よんしのサファイア。


数千年の時を経て、第一の影であるヴァイスを含め、原初の王の直属たる最凶の四柱が再び現世に集結したのだ。

彼らは一言も発することなく、ブライスの足元に深々と跪いた。

ただそこに存在するだけで、一国の王城を容易く崩落させるほどの重圧が渦巻いている。


「久しいな、お前たち。……僕の創ったことわりを汚す愚か者どもがいる。蹂躙の支度をしろ」


「御意のままに」


ブライスの命を受け、四柱の悪魔たちが静かに立ち上がった。

彼らが己の魔力を解放すると、祈りの間の床、壁、そして天井に至るまで、無数の魔法陣が狂い咲くように展開された。


「出でよ、深淵の同胞たち」


四柱の呼びかけに応え、魔法陣から次々と異形の者たちが這い出してくる。

それは、先ほどまで王城を襲っていたような下等な獣ではない。古の時代、神の軍勢と真っ向から殺し合った『高位悪魔(上位デーモン)』たちである。


影に潜む暗殺の悪魔、炎を纏う獄炎の騎士、氷の槍を掲げる魔氷の射手、そして鋼鉄の肉体を持つ狂戦士。

四柱の配下たちがそれぞれ百体――合計四百体もの高位悪魔の軍勢が、瞬く間に祈りの間と崩れかけた王城の庭を埋め尽くした。


「あ、ああ……」


その時、重圧によって気を失っていた神聖教国の聖騎士たちが、一人、また一人と意識を取り戻し始めた。

だが、彼らが目を覚まして最初に目撃したのは、神の奇跡ではなく、世界の終わりを体現するような地獄の光景であった。


「な、なんだ、これは……!? 悪魔……上位の悪魔が、これほど……ッ!?」


先ほどまで「光の御名において」と傲慢に剣を突きつけていた聖騎士の隊長が、顔面を蒼白にして後ずさる。

彼らの周囲を隙間なく取り囲んでいるのは、一体でも現れれば一国が傾くと言われるほどの伝説級の悪魔たち、その四百体の大軍勢。

そしてその頂点に立つ四柱の将と、深闇を纏う絶対的な王の姿。


狂信に染まっていたはずの彼らの心は、文字通り一瞬にしてへし折られた。

剣を握る力すら失い、ただガチガチと歯を鳴らして床に這いつくばることしかできない。彼らの顔に浮かんでいるのは、純度百パーセントの『絶望』と『恐怖』だけであった。


「怯えるな、狂信者ども。お前たちの命は、まだ刈り取らない」


ブライスは、床で震える聖騎士の隊長の頭を、冷酷な足取りで無造作に踏みつけた。


「ひっ、あ、あぁぁ……!」

「お前たちの命を以て、神聖教国とやらの中心に、最上級の絶望を届けてやる」


ブライスが静かに呪文を紡ぐと、王城全体を包み込むほどの超巨大な転移魔法陣が展開された。

それは、かつて彼が天界の門を反転させた時と同じ、理不尽極まりない神話級の空間魔術。


「行き先は、お前たちが崇める偽りの神都だ」


アリアは、目の前で紡がれる神の如き御業みわざに息を呑んだ。

自国を滅ぼそうとした教国に報復するための進軍ですらない。彼は、この四百の悪魔の軍勢と、絶望する聖騎士団、そしてアリア自身を含めた『この空間そのもの』を、敵の本拠地へ直接叩き込もうとしているのだ。


「世界が誰の掌の上にあるのか、その身に刻んでやろう」


魔法陣が限界まで輝き、王城の空間が大きく歪んだ。


――閃光。


次の瞬間、辺境の小国にあった祈りの間は、その場にいたすべての者ごと世界から完全に消失した。




神聖教国の首都、その中心にそびえ立つ白亜の大聖堂。

数万の信者たちが集い、女神への祈りを捧げる大ミサの最中であった。


彼らは知る由もなかった。

今まさに、彼らの頭上の空が禍々しくひび割れ、四百の深淵の軍勢を率いた『原初の王』が、絶望の雨となって降り注ごうとしていることを。

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