最強祝福を受けたのは勇者じゃなく俺でした。
純白の光に包まれていた天の門が、禍々しい漆黒へと染まり上がった。
地上へと神罰を下すために開かれたはずの次元の門。ブライスは、破壊した天使兵の残骸から『神の魔力回路』を完全に解析し、その魔力流を百八十度反転させたのだ。
神の領域である白亜の天界へと、魔族領の大地からどす黒い闇の門が穿たれる。
「迎え撃て! 穢れし者どもを神域に入れるなッ!」
天界の最奥。莫大な魔力の接近を察知した生き残りの高位神官たちと、数十体の純白の天使兵たちが、神の御前を守るべく光の武器を構えた。
だが、開かれた闇の門から雪崩れ込んできたのは、彼らの想像を絶する『理外の絶望』だった。
――オオオォォォォォォォッ!!
天界の清浄な空気を震わせ、世界を終わらせる『原初の混沌』たちが現界する。
山脈ほどの巨体を持つ古代竜が白亜の神殿を尻尾の一撃で粉砕し、星喰らいの魔獣たちが天使兵の陣形へと踊りかかった。
「ぎ、ああああッ!?」
「天使様が……神の兵が、喰われている……ッ!?」
神聖なる天界の大地が、瞬く間に血と破壊の濁流に飲み込まれていく。
無敵を誇ったはずの天使兵たちが、原初の牙の前にただの紙屑のように引き裂かれ、神官たちの悲鳴が美しき神域を凄惨な地獄へと変えていった。
その狂乱と蹂躙の戦場の中央を、ただ一人、静かに歩みを進める者がいた。
魔の王、ブライス。
彼の前後左右――正方形の四隅を形作るように、四柱の悪魔が完璧な陣形を組んで付き従っている。
影を操る執事・ヴァイス。漆黒の刃を掲げる剣士・シュバルツ。紅蓮の闘気を纏うルビー。絶対零度の瞳を持つサファイア。
原初の魔獣たちすら道を譲る絶対者の行軍は、真っ直ぐに神殿の最奥へと向かっていた。
そこには、後光を背負い、神々しいまでの威厳を放つ女神が立っていた。
そして彼女の御前には、有象無象の天使兵とは次元の違う力を持つ、2体の『近衛天使兵』が鎮座している。
黄金の紋様が刻まれた荘厳なる装甲。その手には、星を砕くと言われる「絶対断絶の光剣」と、神の裁きを体現する「天罰の長槍」が握られていた。
「我が主に道を譲りなさいッ!」
歓喜の声を上げ、ルビーが先陣を切って近衛天使兵の一体へと突撃した。
空間そのものを歪めるほどの極大の魔力を込めた、彼女の全力の拳。
――ガァァァンッ!!
だが、鈍い衝撃音が響き渡った直後、ルビーは自らの拳が弾かれたことに目を見開いた。
近衛天使兵は、一切のダメージを受けることなく、微動だにしていなかったのだ。
驚愕する暇も与えず、もう一体の近衛天使兵が動いた。
「天罰の長槍」が、神速の閃光となってブライスへと放たれる。
「させません」
主の前に躍り出たヴァイスが、幾重にも圧縮した影の絶対防壁を展開してその一撃を受け止めた。
だが、神の直属たる双璧が放つ神聖なる力は、悪魔の影を容易く凌駕した。
パリィィンッ! というガラスの割れるような音と共に影の防壁が粉砕され、長槍の衝撃をまともに受けたヴァイスの巨体が、遥か後方の白亜の柱へと吹き飛ばされ激突する。
神の領域を守る、最強の盾と矛。
その理外の強さを前にしても、ブライスの歩みは決して止まらなかった。
彼は自ら、神殿の階段を上り、近衛天使兵と女神の間合いへと悠然と踏み込んだ。
「不遜なる魔族よ……天の光に消えなさいッ!」
焦燥に駆られた女神が無詠唱で極大の神聖魔法を放ち、同時に2体の近衛天使兵がブライスへと突進する。
世界を滅ぼすほどの光の奔流と、神の兵の凶刃。
だが、ブライスは右手だけを軽く掲げ、神の放った魔法をまるで微風を払うかのように霧散させた。
それと同時に、左手の掌から複雑で深淵なる変換魔法陣を展開する。
魔法陣から無数の漆黒の鎖が飛び出し、突進してくる2体の近衛天使兵を瞬時に縛り上げた。
さらにブライスは、彼らの頭上と足元の空間に、二つの『別次元へ繋がる転移魔法陣』を並行展開した。
「……消えろ」
空間そのものが、上下に強烈に引っ張られる。
神の加護を受けたはずの黄金の装甲が、メリメリと悲鳴を上げて歪み始めた。
「ギ、ギィィィィ……ッ!」
無機質な破壊音が神域に響き渡る。
いかなる攻撃をも弾き返した最強の近衛天使兵たちは、ブライスの展開した理不尽な空間の裂け目によって、上下から真っ二つに引きちぎられ、光の粒子となって爆散した。
「愚かな……」
最強の盾を失った女神だったが、その瞳には未だ狂気じみた優越感が宿っていた。
「召喚者にして神たる私が死なない限り、彼らは無限に復活し、貴様を討つ! 神の兵は不滅なのだ!」
事実、引きちぎられた近衛天使兵の残骸から、まばゆい復活の光が明滅し始めていた。
だが、ブライスの表情には一切の焦りはない。彼は左手に宿る『原点の種』の圧倒的な光を、天使兵の残骸へと向けた。
「君が彼らをこの世界に存在させるための『魔力の繋がり(パス)』を、僕は今、演算によって『存在しないもの』として書き換えた」
ブライスの静かな声と共に、復活しかけていた光が、不自然にノイズを立てて霧散していく。
「君がどれほど莫大な魔力を注ごうと、繋がる先がなければ、彼らがこの世界に戻ることは決してない。……君の言う『無限』は、僕の論理の前では『ゼロ』に等しい」
復活の光は完全に消え失せ、黄金の装甲はただの冷たい鉄塊となって床に転がった。
「な、ば、馬鹿な……ッ!? 私の、私の力が……!」
絶望に顔を歪めた女神が、光の刃を無数に生み出して放つが、その全てがブライスの身体を幻影のように透過していく。
もはや、彼を止めるものは何もない。
ブライスは遂に、女神の御前へと到達した。
「あ、ああ……ッ」
恐怖に後ずさる女神。
だがブライスは容赦なく手を伸ばし、彼女の美しく輝く白銀の髪を乱暴に掴み上げた。
「がっ……!?」
女神の身体が宙へと吊り上げられる。ブライスはさらにもう片方の手で、彼女の白鳥のように細い首を強く握りしめた。
絶対的な神聖を誇った女神が、空中で無様に足をバタバタともがかせ、苦悶の表情でブライスを見下ろすことしかできない。
覇王の冷酷な瞳が、神の絶望を静かに見据えた。
「……天から見下ろす景色は、随分と退屈だっただろう」
神の喉元を締め上げながら、ブライスは静かに宣告する。
「世界はもう、君の古い祈りを必要としていない。これより先は、僕がこの世界の理となり、深淵から世界を統べる」
「ゆ、ゆる、して……」
「安心するといい。君の命も、その神聖なる力も、僕が創る新たな世界のために、永遠に使い続けてあげるから」
神の権威が、完全に地に墜ちた瞬間だった。
白亜の神殿は崩落し、原初の混沌たちの咆哮が、天界の終わりを告げる凱歌となって鳴り響いた。
それから、どれほどの時が流れただろうか。
地上を越え、魔族領の大地すらも越えた、遥か地下深くに存在する大空洞。
そこには、ブライスによって構築された、世界を支えるための『巨大な要塞』が存在していた。
要塞の最深部。
何重もの呪縛の鎖に繋がれ、永遠に虚空を見つめ続ける、かつて神と呼ばれた存在があった。
彼女から溢れ出る半永久的な不死の力と聖なる光は、ブライスが組み上げた巨大な『変換魔法陣』を通り、限りなく純度の高い強大な魔力へと反転させられ、世界中へと送られている。
かつて世界を滅ぼそうとした神は、魔の王の手によって、世界を永遠に潤す『源』へと作り変えられたのだ。
要塞の最上階。
満ち溢れる魔力によって豊かに生まれ変わった新世界を、ブライスは静かに見下ろしていた。
その後ろには、影使いのヴァイス、刃を帯びたシュバルツ、紅蓮のルビー、冷徹なるサファイアの四柱が、永遠の忠誠を胸に静かに控えている。
闘争は終わり、完全なる理が世界を包み込んだ。
神の時代は終わりを告げ、覇王による永遠の統治が始まったのだ。




