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聖女のメイド服と、勇者の絶望

魔族領との国境付近。

かつて人間国から魔導砲で狙われ、ブライスが救った『始まりの村』は、今や鉄壁の防御結界と、悪魔による効率化の果てに、異様なまでの静寂に包まれていた。


レオンは、あの包囲網を死に物狂いで脱出し、この地へ辿り着いていた。

敵の拠点を叩き、魔族の首魁を討つ。それが、今の自分にできる唯一の「勇者」の責務だった。


レオン

「(……ここだ。あの四天王が隠れ潜んでいる場所は)」


村の広場に足を踏み入れたレオンは、言葉を失った。

整然と管理された農地、完璧に舗装された道、そして、武装した悪魔たちの監視下で、淡々と作業をこなす聖都アルカディアの聖女セシリアの姿があったからだ。


セシリアは、質素なメイド服に身を包み、村の広場で悪魔たちと共に『魔力源の調整』を行っていた。

彼女の目は以前のような神聖な光を宿してはおらず、ただ冷徹に、効率的に、魔術的作業をこなしている。


レオン

「セシリア様……!?」


レオンが駆け寄ろうとするよりも早く、シュヴァルツが彼の視界を遮るように音もなく出現した。


シュヴァルツ

「勇者レオン。……身の程を知りなさい。主様の領地で抜剣するなど、死を招く行為です」


セシリア

「……やめて、シュヴァルツ」


セシリアの声は、信じられないほど落ち着いていた。

彼女は作業の手を止め、ゆっくりとレオンの方を向く。


レオン

「セシリア様……なぜ、あなたがここにいるんですか。教国は……どうなったんだ」


セシリア

「私の意志でここにいます。レオンさん、剣を収めて。ここでは争いは無意味よ」


セシリアは、疲れ切ったような、しかし確固たる諦念を宿した瞳でレオンを見つめた。


セシリア

「教国は降伏しました。私がここで『メイド』として働き、教国の軍事情報を管理し、魔族軍にその正当性を証明することで、教国を滅ぼすのを思い留まってもらっているのです」


レオン

「降伏……? 聖女であるあなたが、魔族のメイドとして降伏の証になるなんて……そんなの、教国が許すはずがない!」


セシリア

「……誰も許さないわ。でも、論理的帰結としてこれが最善だったの」


セシリアは、淡々と語り始めた。


セシリア

「ブライス様の影は、私たちの思考すら支配していた。兵器庫の爆破、食料支援の操作……それら全てが、私たちが抗うたびに発生する『損失』を証明していた。抗えば抗うほど、教国の民が死ぬ。……私がここで奉仕することで、彼らが助かる。それだけの計算よ」


彼女はかつての理想を語る聖女ではなく、冷徹なリアリストへと変貌していた。

彼女を破壊したのは、悪魔の力ではなく、ブライスが突きつけた「抗うことの無意味さ」という圧倒的な現実だった。


ブライス

「おや、レオン君。また会いましたね」


屋敷から出てきたブライスが、背後にシュヴァルツとヴァイスを従えて現れる。

彼はセシリアに歩み寄り、当然のように彼女の髪を整えた。セシリアは、それを拒絶することなく、ただ機械的に受け入れている。


ブライス

「聖女さんには、教国を正しく統治するための『パイプ役』になってもらっています。彼女は賢い。教国が生き残るためには、僕に跪くことが唯一の正解だと理解したんです」


レオン

「……貴様、セシリア様に何をした! 思考を支配しているのか!?」


「いいえ。彼女は自分の頭で考え、自分の意志でメイド服を着ています。……ねえ、セシリアさん。あなたは自分の意思でここにいるよね?」


セシリア

「……ええ。私は、自分の意志でここにいます。レオンさん、帰りなさい。あなたがここに来た時点で、教国の被害は拡大する。……あなたが戦うたびに、私がここで謝罪しなければならないの」


聖女の言葉は、レオンの心臓を直接抉った。

自分が戦うことが、聖女を傷つけ、国を追いつめることになる。

勇者として戦うことが、正義ではなく、災厄の引き金になる。


レオン

「…………あ……」


レオンの剣先が震える。

ブライスは、彼が必死に守りたかったはずの「正義」と「矜持」を、たった一人、聖女という人質と、冷徹な論理によって完全に封殺したのだ。


ブライス

「無駄な血を流すのはやめましょう。レオン君、君には君の役割がある。……人間国の指導者として、ちゃんと彼らを導いてください。破滅させたいわけじゃないんですから」


ブライスの言葉は、慈愛に満ちた支配者のように響いた。

レオンは言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできない。

ここは魔族の領域ではない。論理という名の、決して逃げ出せない牢獄だった。

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