勇者の矜持
教国から届いた極秘の密書。
そこには「魔王軍の補給拠点の一つが、国境の『嘆きの崖』に孤立しており、今夜の月没時に手薄になる」と記されていた。
レオンは地図を見つめ、唇を噛む。
もし、この拠点を潰せれば、魔族領への反攻ルートが確保できる。
だが、現在の戦力で挑むのはあまりに無謀だ。一歩間違えれば全滅する。
第一部隊長
「レオン殿! 本当に行くのですか? 罠の可能性も……」
レオン
「罠だとしても、行くしかないんだ」
レオンは剣を腰に差し、部隊長を見据えた。
「俺たちがここで行き止まりになれば、背後の難民は全滅する。俺が先陣を切る。お前たちは俺に続いてくれ。……俺が必ず、突破口を開く」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
レオンは信じているのだ。自分が手にした『教国からの支援』は、神が自分に与えた唯一の勝機であると。
⸻
深夜、月が雲に隠れた刻。
レオン率いる精鋭部隊は、音もなく『嘆きの崖』の魔族拠点を強襲した。
レオン
「いけぇぇぇぇッ!!」
魔術師部隊の放つ一斉攻撃が、陣地の防壁を破壊する。
守備についていた低級の魔物たちは、勇者レオンの剣の一撃で次々と霧散していった。
レオン
「……弱い。拍子抜けするほど弱いぞ! 全員、突撃を続けろ! このまま補給路を断つんだ!」
驚くべき速さで防衛陣を突破し、レオンたちは拠点の最奥、魔族の指揮所と思しき建物へ辿り着いた。
しかし、そこにいたのは魔族の将校ではなく、ただの『空の倉庫』と、一つの『置き手紙』だけだった。
レオン
「倉庫……? 敵の指揮官はどこだ!?」
レオンが震える手で手紙を開く。
そこには、ただ一言だけ記されていた。
『――お見事。素晴らしい突撃でした。』
その瞬間、崖の周囲を囲むように、数えきれないほどの「黒い影」が立ち上がった。
それはブライスが最近、この地帯に試験導入していた『自律稼働型の影の護衛兵』たちだ。
レオン
「な、なんだこれは……ッ!?」
護衛兵たちは、レオンを殺すためではなく、ただ『包囲』するために動いていた。
まるで猛獣を檻に追い込むかのように、逃げ道を一つずつ潰していく。
レオン
「俺たちは、最初から踊らされていたのか……?」
手紙の筆跡を見た覚えはない。だが、その背後にいる「誰か」の嘲笑が聞こえるような気がした。
自分が命がけで選んだ「唯一の勝機」が、実は敵にとっての「軍事演習のシミュレーション」だったのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
遠く、魔族領の屋敷から。
ブライスは、影を通じてその光景を見ていた。
ブライス
「ふむ。レオンの突撃速度、兵士の練度……完璧ですね。影の護衛兵のデータ収集にも役立ちました」
シュヴァルツ
「主様、あちらの部隊は、このまま消し去りますか?」
「いえ。生かしておきましょう。彼らが必死に戦い、絶望すればするほど、後の『物語』が面白くなりますから。……次は、聖都の近くにある廃村に、偽のレジスタンスを配置しておきましょうか」
レオンは、絶望的な包囲網の中で、ただ一人剣を掲げて立ち続けていた。
彼はまだ、自分が何のために戦っているのかを問い続けている。
その姿を、ブライスは飽きることなく、まるで「推しの動画」でも見るかのように、影のモニター越しに眺めていたのだった。




