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優雅すぎるティータイム

魔族領、ヴァル=ガルデ帝国の辺境。

宗教国家の裏のトップである聖女セシリアは、単身で魔王軍幹部『黒影』の領地へと足を踏み入れた。


セシリア

「(……兵器庫を爆破され、我々の防衛網は完全に崩壊しました。こうなれば、私が自らの命を差し出し、教国の民だけは助命してもらうしかありません)」


血の池があり、骸骨が転がる地獄のような光景を想像し、セシリアはギュッと目を閉じて進んだ。

しかし、彼女の足裏に伝わってきたのは、泥や血の感触ではなく、ツルツルとした心地よい感触だった。


セシリア

「えっ……?」


目を開けると、そこには王都の宮殿すら凌駕する、美しく磨き上げられた黒耀大理石の道が真っ直ぐに伸びていた。

その道の先には、狂気的なまでに洗練された超巨大な洋館がそびえ立っている。


シュヴァルツ

「お待ちしておりました、宗教国家の聖女殿。我が至高の主様がお待ちです。どうぞ、こちらへ」


突如現れた漆黒の執事服の男に、セシリアは息を呑んだ。

一切の魔力を感じない。だが、その深淵のような瞳の奥に潜む「格」の違いが、本能で理解できてしまった。


セシリア

「(神話……いえ、それ以上の悪魔……っ!? なぜ、これほどの存在がただの門番のような真似を!?)」


恐怖で震える足を必死に動かし、セシリアはシュヴァルツに案内されて洋館の中へと進む。

そして、重厚な執務室の扉が開かれた。


セシリア

「(い、いよいよ魔王軍の凶悪な幹部と……どんな拷問が……)」


ブライス

「あ、いらっしゃい。遠いところからわざわざご苦労様です」


セシリア

「……へ?」


そこにいたのは、恐ろしい魔族の姿ではなく、黒い角こそ生えているものの、人の良さそうな青年の姿だった。

しかもブライスは、機能性を極めたようなシワ一つない純白のスリムフィットシャツを着て、ふかふかのソファでくつろいでいる。およそ「軍事会議」や「処刑」には似つかわしくない、あまりにも実用的でリラックスした格好だ。


リエル

「あ、新しいお客さんだ! ブライス様、このお姉ちゃんも一緒にお茶するの?」


ブライス

「うん、そうだよ。サファイア、お客様に席を」


サファイア

「御意のままに」


優雅なメイド服の悪魔が、流れるような動作で最高級の椅子を引き、セシリアを半ば強制的に座らせる。


セシリア

「ま、待ってください! 私は降伏交渉の使者として、自らの命を差し出しに――」


シュヴァルツ

「さぁ、本日の茶葉は主様のお好みに合わせ、天空樹の朝露で淹れた『幻のロイヤルミルクティー』でございます。茶菓子には、ルビーが焼き上げた絶品のスコーンを」


セシリアの悲壮な決意をガン無視して、目の前にめちゃくちゃ美味しそうな紅茶とスコーンが並べられた。


ブライス

「どうぞ、冷めないうちに。こいつら、お茶の温度には異常にうるさいんで」


セシリア

「…………」


セシリアは混乱の極みに達していた。

自国の兵器庫を一瞬で吹き飛ばした冷酷な黒幕が、シワのない綺麗なシャツを着て、神話級の悪魔にお茶を淹れさせ、エルフの少女とスコーンを食べている。


セシリア

「(……毒、でしょうか。いえ、私を殺すのにわざわざ毒など使う必要がない。……ええい!)」


セシリアは覚悟を決め、出された紅茶を一口飲んだ。


セシリア

「っ!? な、なんですかこの芳醇な香りと、舌の上でとろけるような甘みは……!? 聖都の教皇専用の茶葉すら、これに比べればただの泥水……っ!!」


ブライス

「あはは、気に入ってもらえてよかったです。で、降伏交渉でしたっけ」


紅茶の美味しさに感動して涙目になっているセシリアに向かって、ブライスはスコーンをかじりながらあっさりと本題を切り出した。


ブライス

「命とかいらないんで。僕からの条件は一つだけです。人間国も宗教国家も、今後一切、僕の領地(始まりの村)と魔族領に手出しをしないこと。……これだけ約束してくれれば、あなた方は見逃します」


セシリア

「……え? そ、それだけ、ですか……? 魔王軍の幹部として、人間国を支配する気はないのですか?」


「ないですよ、面倒くさいし。僕はただ、自分の大切な人たちが静かに、安全に暮らせればそれでいいんです」


ブライスはリエルの頭を優しく撫でながら、心底どうでもよさそうに言った。


セシリア

「…………」


セシリアは、目の前の青年を見つめた。

圧倒的な武力と、神の領域の知略を持ちながら、その根底にあるのは「大切なものを守りたい」という、あまりにも素朴で、強固な意志。


セシリア

「(私利私欲で動く教皇や、権力に固執する人間の王族よりも……この『魔族』の方が、よほど神の意志に近いのではないですか……?)」


セシリアの心の中で、これまで信じてきた「人間は正しく、魔族は悪」という常識が、音を立てて崩れ去っていく。


セシリア

「……分かりました。その条件、教国を代表してお受けいたします。我々は二度と、あなた方の領地を侵しません」


ブライス

「交渉成立ですね。よかった」


セシリア

「……あの。降伏の証として、私もこの館のメイドとして雇っていただけないでしょうか」


ブライス

「えっ?」


ルビー

「おや、新入りですか? 主様のお世話をするには、最低でも床のチリを原子レベルで消滅させる魔法技術が必要ですわよ?」


セシリア

「わ、私には女神の加護があります! 浄化魔法で洗濯物も真っ白にできますし、なんなら肩揉みも得意です!! 教国に帰るより、ここでこの美味しい紅茶を淹れる仕事がしたいです!!」


ブライス

「……サリエラさん。なんか、聖女がおかしくなっちゃったんですけど」


サリエラ

「あなたの常識外れな力のせいよ。……はぁ、また変なのが居着いたわね」


世界を裏から操る恐怖の黒幕と、それに屈した哀れな聖女の会談は――なぜか、紅茶の香りとメイド志願の懇願に包まれながら、ひどく平和な形で幕を閉じたのだった。

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