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勇者の苦悩と、泥まみれの防衛線

人間国の南端、魔族領との国境にほど近い山岳地帯。

降りしきる冷たい雨の中、数千の兵士たちが泥まみれになりながら、一心不乱にスコップを振るい、塹壕ざんごうを掘り進めていた。


レオン

「そこだ! 土塁の高さは胸の位置まで確保しろ! 魔物に飛び越えられないよう、手前には乱杭らんぐいを設置するんだ!」


泥だらけの甲冑を身に纏い、自らもスコップを握って陣頭指揮を執っているのは、勇者レオンだった。

そこへ、かつての王宮近衛兵であった第一部隊長が、慌てた様子で駆け寄ってくる。


第一部隊長

「レオン殿! あなた自ら泥仕事などなさらずとも、天幕でお休みください! 勇者たる者がこのような……」


レオン

「勇者という肩書きで、国が守れるのか?」


レオンの鋭い声に、部隊長は言葉を詰まらせた。


レオン

「俺たちにはもう、絶対の安全圏だった『対魔物用の結界装置』も、一発で戦局を変える『魔導砲』もないんだ。魔法の防壁は術者の魔力が尽きれば一瞬で崩壊するが、物理的な塹壕と土塁は、どれだけ攻撃を受けても簡単には消えない」


第一部隊長

「……っ」


レオン

「今は見栄を張っている場合じゃない。指揮官も最前線に立ち、一本でも多くの杭を打つ。それが、今の俺たちが生き残るための『戦術』だ」


レオンのその泥臭くも徹底した実用主義に、周囲で作業をしていた兵士たちの顔つきが変わる。

かつてふんぞり返っていた貴族の将軍たちとは違う。この男は本気で、自分たちと一緒に泥水をすすって国を守ろうとしているのだ。


兵士たち

「……第一小隊、杭の打ち込み急げ!! レオン殿に後れを取るな!!」


「おうっ!!」


士気が上がり、作業のペースが目に見えて加速していく。

レオンは額の泥を拭いながら、大きく息を吐いた。






深夜。

粗末な作戦天幕の中で、レオンは蝋燭の火を頼りに、広げられた防衛図面と睨み合っていた。

前線に三つの陣地を構築し、第一陣が疲弊する前に第二陣と入れ替わる「階層防御ディフェンス・イン・デプス」の陣形。さらには、兵站(補給線)を維持するための馬車の巡回ルートまで、緻密に計算されている。


仲間

「……すげぇな、エルド。お前、いつの間にこんな軍隊の指揮なんか覚えたんだ?」


冒険者時代からの仲間が、温かいスープを差し出しながら感心したように言う。


レオン

「冒険者時代に、魔物の群れから村を防衛した時の応用さ。あとは、残っていた軍事教本を頭に叩き込んだ。……俺には、これしかできないからな」


レオンはスープを受け取ると、自嘲気味に笑った。


レオン

「女神に選ばれた『神選の子』。……そんな大層な名前で呼ばれたのに、俺には何の特殊なスキルも魔法もなかった。あの時は本気で自分を呪ったよ」


脳裏に浮かぶのは、圧倒的な力で王都の災厄を瞬時に消し去った、あの『赤鱗の古代竜』の姿。

そして、その竜の正体である、金色の縦長瞳孔を持ったあの少年の顔だった。


レオン

「あいつの力は、次元が違った。一人で世界を滅ぼすことも、救うこともできる力……。俺がどれだけ戦術を練り、塹壕を掘ったところで、あいつが本気でブレスを吐けば、三万の軍勢ごと一秒で灰になるだろうな」


仲間

「エルド……」


レオン

「……それでも」


レオンはギュッと拳を握りしめ、天幕の奥で眠る負傷兵たちの方へ視線を向けた。


レオン

「それでも、俺の背中には守るべき人間がいる。圧倒的な力がなくても、泥を這いずり回ってでも、俺は人間の盾になる。それが……『勇者』として呼ばれた俺の、せめてもの意地だ」


チートスキルを持たないからこそ辿り着いた、狂気的なまでの覚悟と戦術眼。

レオンは確実に、一つの軍隊を統べる真なる『将』へと変貌を遂げていた。


第一部隊長

「レオン殿! 報告申し上げます!」


天幕の入り口が開き、部隊長が興奮した面持ちで飛び込んできた。その後ろには、雨に濡れた伝令兵の姿がある。


第一部隊長

「北方の宗教国家へ送っていた密使が、今しがた帰還しました! 教国からの返答です!」


レオン

「本当か! 食料支援の件はどうなった!?」


伝令兵

「はっ! 教皇猊下より、『魔導技術の提供を条件に、ただちに大規模な食料支援と、治癒魔法に長けた神官部隊を派遣する』との親書を預かってまいりました!」


レオン

「……っ! よし……! これで、冬を越えるための補給線が完全に繋がる! 防衛線もさらに強固になるぞ!」


天幕の中が、歓喜の声に包まれる。

絶望的な状況から、レオンたちの知恵と努力が実を結び、希望の光が差し込んだ瞬間だった。


――だが、レオンたちは気づいていなかった。

蝋燭の火に照らされた伝令兵の足元の『影』の一部が、不自然に濃く、そして微かに人の目の形に歪んでいることに。


教国からの返答が、なぜこうも都合よく、迅速に行われたのか。

レオンが心血を注いで構築した防衛線の図面も、補給ルートも、今この瞬間の歓喜の声でさえも。


すべては遠く離れた魔族領の屋敷で、優雅に紅茶を傾ける『黒影の四天王』の掌の上で踊らされているに過ぎないという、残酷な事実に

いつもお読みいただきありがとうございます!

今回は人間側の裏主人公、レオンの泥臭い奮闘回でした。

最後に教国からの大規模支援が決まって「よかったね、レオン!」と希望が見えたシーンでしたが……実はこちら、とんでもなく残酷なカラクリが隠されています。


《裏設定:教国の支援の真実》

レオンは「俺の外交手腕と必死の熱意が教皇に伝わった!」と信じていますが、真実は違います。


レオンが密使を送った瞬間、ブライスの放った影が即座にその情報をキャッチしていました。そして、ブライス本人が教国の教皇の影に命令を下し、教皇の思考を微かに操作して「レオンの要求を即座に丸呑みする(大規模な支援をする)」という返事を書かせていたのです。


では、なぜブライスが敵である人間国を助けるような真似をしたのか?

理由は単純で、「レオンが必死に人間国を立て直していく過程を観察した方が面白いから」です。


レオンが奇跡的に手に入れた「希望」も「補給線」も、すべてはブライスが意図的に与えてやったものに過ぎません。

一生懸命に泥を這いずり回って国を守ろうとする勇者が、絶対的なブライスの掌の上で、そうとは知らずに踊らされている……という、両者の圧倒的な「力の格差」を描いたラストシーンでした。


いつかレオンがこの残酷すぎる真実に気づく日は来るのか……!?

次回の展開もどうぞお楽しみに!

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