過保護な悪魔たち
魔王軍の特務幹部として屋敷を与えられたブライスの朝は、神級悪魔たちの常軌を逸した「過保護」から始まる。
ブライス
「……ふわぁ。よく寝たな……」
ブライスがベッドから身を起こした瞬間、部屋の隅で待機していたシュヴァルツとヴァイスが、瞬きする間もなくベッドサイドに跪いた。
シュヴァルツ
「おはようございます、我が至高の主様。本日の目覚めはいかがでしょうか。室温、湿度、寝具の硬さなど、不手際がございましたら直ちにこの命で償います」
「いや、命かけないで。すっごく快適だったから」
「おお……! なんという慈悲深きお言葉! ヴァイス、急ぎ主様の洗顔の準備を! 水の温度は0.1度の狂いも許さんぞ!」
「承知しております。すでに天空の霊泉から汲み上げた純水を、最適な温度でご用意いたしました」
洗練された執事服の二人が、大魔術でも行使するかのような真剣な顔で洗面器を掲げている。
ブライスが苦笑しながら顔を洗い、着替えようとすると、今度はメイド服のルビーとサファイアが、真紅の絨毯を抱えて部屋に飛び込んできた。
ルビー
「主様! どうか素足で床を歩くような真似はなさいませぬよう! 我らが足元に絨毯を敷き詰めますゆえ!」
「いや、靴下履いてるし、自分で歩けるから!」
サファイア
「ならばせめて、私めがおんぶして会議室までお連れいたします! さぁ、この背中へ!」
「目立つから絶対に嫌だ!!」
神話クラスの魔力を持つ悪魔たちが、よってたかって紅茶の温度から服のシワ一つに至るまで完璧に世話を焼こうとしてくる。
ブライスは冷や汗を流しながら、過保護すぎる側近たちから逃げるように屋敷を出て、魔王城の会議室へと向かった。
魔王城の中枢、四天王会議室。
重厚な円卓を囲むのは、魔王、そして魔王軍の頂点に立つ『四天王』の4人――獣王ガラン、吸血鬼カーミラ、豪腕王ヴォーグ、そして新参の『黒影』ブライスだ。サリエラも魔術師代表として同席している。
魔王
「さて。皆も知っての通り、人間の王都は奴ら自身の禁忌召喚によって半壊した。このまま一気に攻め滅ぼすことも可能だが……近頃、人間どもが妙に統制の取れた動きを見せているという報告がある」
ガラン
「俺も気になってやした。王族も将軍も全滅したってのに、国境付近の守りが以前より固くなってやがる。一体誰が指揮を執ってんだ?」
ヴォーグ
「ガランの言う通りだぜぇ! 昨日の小競り合いでも、以前の人間なら逃げ出すような場面で整然と槍を揃えてきやがった。……まぁ、俺の拳でまとめて粉砕してやったがな! ガハハハッ!」
ヴォーグが岩のような拳でテーブルを叩き、豪快に笑う。
カーミラ
「……朝からうるさいわね、この脳筋共。ヴォーグ、あなた戦果を自慢する前に、壊したテーブルの修理費を自分の給料から引き落としておいてちょうだい」
「あぁ!? なんだとカーミラ、女のてめぇには戦いの興奮ってのが分からねぇのか!」
「興奮より静寂を愛しているのよ、私は。……ねぇブライス、あなたはどう思うの? その不気味なほど落ち着いた顔の裏で、何か掴んでいるんでしょ?」
カーミラが血の入ったグラスを揺らし、視線をブライスへと向けた。
ブライス
「ええ。ちょうど、新しい報告が入っています。人間国を立て直しているのは『レオン』……かつて僕と一緒に召喚された、勇者です」
ガラン
「勇者だぁ? だが、あいつはスキルもねぇ無能だったんだろ?」
「はい。ですが、彼は言葉と戦術だけで残存兵をまとめ上げました。現在、王都の生存兵力は約三万。彼らは魔法による防衛を捨て、地形を活かした物理的な塹壕戦に切り替えています」
ブライスは一切の資料を見ることなく、淡々と語り続けた。
ブライス
「第一部隊は南の山岳地帯に防衛線を構築中。補給物資は旧王城の地下倉庫から三ヶ月分を接収。さらに昨日、レオンは近隣の宗教国家へ『魔導技術の提供と引き換えに、食料支援を要請する』という密書を送りました」
会議室が、水を打ったように静まり返った。
ガランもヴォーグも、そして魔王でさえも、驚愕の表情でブライスを見つめている。
ヴォーグ
「……おい。なんでお前、そんな細かいことまで知ってんだ? 敵の密書の中身なんて、普通は手に入らねぇだろうが」
ブライス
「僕の眷属の《影》を、人間国の主要な拠点すべてに潜り込ませているからです。レオンの作戦会議のテントの中にも、密使の足元にも」
ブライスがこともなげに言うと、円卓の影がゆらりと揺れ、黒い目が無数に浮かび上がった。
ブライス
「彼らは自我を持っていて、見聞きした情報を24時間、僕の脳内に直接念話で送ってくれます。だから、敵の軍事行動はすべて筒抜けです」
カーミラ
「…………」
カーミラが、音を立てて椅子を後ろに引いた。
カーミラ
「あ、あなた……自分がどれだけエグいことやってるか分かってる? 敵からすれば、寝言から秘密の相談まで全部筒抜けってことじゃない。……正直、気持ち悪いわよ」
ガラン
「お前、まさか俺の寝室にもその影を潜り込ませてねぇだろうな……!?」
ヴォーグ
「俺が昨日隠れて食った夜食のことも、全部見てたのか……!?」
脳筋の二人組が、自分の足元の影を警戒して、ビクッと跳ね退いた。
ブライス
「味方の監視なんてしませんよ。……ただ、人間国の軍事のトップがレオンに変わった以上、油断はできません。彼らはチート能力を失った代わりに、人間の『知恵』と『結束力』という最も厄介な武器を手に入れました」
魔王
「……カハハハハハ! 素晴らしい情報網だ、ブライス! これで人間どもの動きは完全に我らの掌の上というわけか!」
魔王が愉快そうに笑い声を上げる中、他の四天王たちは「怒らせたら一番ヤバいのは絶対にこいつだ」と内心で冷や汗を流していた。




