終焉の厄災
赤黒い瘴気に覆われた人間国の王都は、すでに地獄絵図と化していた。
『災厄の獣』が触手を振り回すたびに建物が崩壊し、悲鳴が上がる。
レオン
「くそっ……! 剣が、全く通じない……!」
崩れゆく王都の広場で、本来の勇者であるレオンは絶望の表情を浮かべていた。
剣を振るっても、獣の肉塊はすぐに再生してしまう。スキルを持たない彼では、この絶対的な絶望を前に時間を稼ぐことすらできなかった。
「エルド! もう駄目だ、逃げよう!!」
「だが、ここで見過ごせば街の人間が全員食われるぞ……!」
仲間たちが撤退を叫ぶ中、レオンは歯を食いしばる。
勇者として呼ばれたのに、何も守れない。自分の無力さがただただ悔しかった。
獣の巨大な触手が、逃げ遅れた子供たちとレオンに向かって振り下ろされる。
レオン
「(ここまで、か……!)」
レオンがギュッと目を閉じた、その瞬間。
ズドォォォォォォォォンッ!!!
天を裂くような轟音と共に、空から極大の『光の柱』が獣の触手を撃ち抜いた。
浄化の光に触れた触手は、再生する間もなく一瞬で灰と化す。
レオン
「な、なんだ……!?」
バサァァァァァァッ!!
突風が王都の瘴気を吹き飛ばす。
レオンが呆然と見上げる空には、王都を覆い隠すほどの巨大な『赤鱗の古代竜』が、神々しいまでの覇気を放ちながら滞空していた。
その後ろには数十頭の火竜が控え、空を赤く染め上げている。
レオン
「あ、あの時の……!」
古代竜の金色の縦長瞳孔が、真っ直ぐに災厄の獣を見据えていた。
ブライス(古代竜)
『……醜い。ただ同胞の魂を苦しめるだけの、悲しい肉塊だ』
ブライスの圧倒的な魔素が、大気を震わせる。
それに呼応するように、背中に乗っていたリエルがそっと両手を組んだ。
リエル
「ブライス様……どうか、同胞たちを」
ブライス(古代竜)
『わかっている。……終わらせよう』
災厄の獣が、古代竜を外敵と認識し、無数の触手と怨念の塊である瘴気弾を一斉に放ってきた。
しかし、ブライスは避けることすらしない。
ブライス(古代竜)
『――《万象浄化・聖なる息吹》』
古代竜の口から放たれたのは、破壊の炎ではなかった。
女神から与えられたギフトと、無限の創造魔術を掛け合わせた、絶対的な『浄化の光』。
光の奔流が瘴気をかき消し、災厄の獣の巨大な肉塊を優しく、だが確実に包み込んでいく。
災厄の獣
『ギャアアアアアアッ……!?』
「痛い……苦しい……」と泣き叫んでいた肉塊の表面の顔たちが、光に触れた瞬間、ふっと安らかな表情へと変わっていく。
リエル
「あ……」
リエルの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
肉塊が崩れ去っていく中から、光の粒子となったエルフや獣人たちの魂が、天に向かってふわりと昇っていくのが見えたからだ。
彼らは最後に、リエルと巨大な竜に向かって、優しく微笑んでお辞儀をしたように見えた。
ブライス(古代竜)
『……おやすみ。もう、誰にも縛られないよ』
光が収まった後、王都の広場には獣の痕跡一つ残っていなかった。
ただ、朝焼けの光だけが、静かになった街を照らしている。
レオン
「……あいつが、救ったのか。俺たち、人間を」
レオンは剣を落とし、空を見上げた。
かつて人間から迫害され、化け物と呼ばれた少年が、圧倒的な力で王都を救い、囚われた魂を解放したのだ。
自分の『勇者』という肩書きが、ひどくちっぽけなものに思えた。
ブライスは、地上で呆然としているレオンを一瞥した。
ほんの少しだけ、彼の中に自分と同じ『何か』を感じたが、もうどうでもよかった。
人間の王都に、未練も用事も何もない。
ブライス(古代竜)
『帰ろう、リエル』
「はいっ……! ブライス様!」
赤い翼が大きく羽ばたき、古代竜は火竜の群れと共に、旋回して空の彼方へと飛び去っていく。
王都の人間たちは、自分たちを救って去っていく伝説の竜の姿を、ただ跪いて見送ることしかできなかった。
⸻
――魔族領、ヴァル=ガルデ。
街を見下ろす丘の上で、半魔の姿に戻ったブライスは、大きく伸びをした。
「おかえりなさい! 派手にやったみたいじゃないの」
サリエラが、怪我の完治を祝うように杖をくるくると回しながら出迎える。
その後ろでは、シルフィアが優雅に微笑んでいた。
シルフィア
「魂の解放、見事でした。アルフヘイムの皆に代わって、改めて御礼を申し上げますわ」
「いえ、リエルとの約束でしたから」
ブライスは振り返り、隣でニコニコと笑っているリエルの頭をポンと撫でた。
丘の下からは、火竜たちが「王よー! メシ食いに行きやしょうぜ!」と元気な鳴き声を上げている。
かつて、優しい人間として生きたいと願い、裏切られ、絶望した青年。
しかし彼は今、人間でも魔族でもない『竜王』として、決して裏切らない本当の家族と居場所を手に入れた。
ブライス
「……いい朝だね、リエル」
「はい! 最高にいい朝です、ブライス様!」
吹き抜ける風が、ブライスの背中に残る赤い鱗の跡を優しく撫でていく。
最強の祝福を受けた青年の物語は、ここからまた、新たな伝説として語り継がれていくのだろう。




