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AKASHA//ANOMALY  作者: わかめ
九年間の妻

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CASE-006 実行者

 真鍋拓也は、思っていたより普通の男だった。


 四十一歳。


 東都中央医療センター情報設備管理室所属。


 勤続十六年。


 重大な処分歴なし。


 勤務評価も良好。


 事故当日の記録を除けば、社会基盤を意図的に悪用する人間には見えない。


「社会安全庁の片瀬です」


「篠宮です」


「真鍋です」


 三人が面談室に座る。


 奈緒の前には端末。


 片瀬の前には何もない。


 真鍋はそれを一度見た。


「記録は見ないんですか?」


「必要になったら見ます。まず真鍋さんから聞きたいので」


「もう大体確認してるでしょう」


「確認していることと、本人から聞くことは別です」


 片瀬は椅子へ身体を預けた。


「水城隆司さんについて、聞かせてください」


 真鍋の視線が少しだけ動く。


「何をです?」


「どういう関係ですか」


「知人です」


「いつ頃から?」


「正確には覚えていません」


「現在のアーカーシャだと」


 片瀬が言った。


「水城さんとの明確な接触は、沙耶さんが亡くなった後の病院での接触くらいしか出てません」


「そうですか」


「でも真鍋さん自身の認識では、それ以前から知ってた?」


 少しの沈黙。


「……そうだったと思います」


「どのくらい?」


「七年くらいでしょうか」


「ロードバイク?」


 真鍋が片瀬を見る。


「はい」


「おかしいですよね」


「何がです?」


 奈緒が現在参照を表示する。


 七年前。


 ロードバイクイベント。


 真鍋拓也。


 同行者――三崎直人。


 その後の飲食。


 イベント。


 個人的な接触。


 すべて。


 現在は三崎直人。


「現在のアーカーシャでは、七年間付き合っていた相手は三崎氏になっています」


 真鍋は黙った。


「でも」


 奈緒が表示を切り替える。


 記録生成時点の人物参照。


 水城隆司。


「変更前監査では、水城氏です」


「……そこまで見たんですね」


 片瀬はその言葉を拾った。


「『そこまで』?」


 真鍋が一瞬止まる。


「監査まで確認した、という意味です」


「なるほど」


 片瀬はそれ以上追わなかった。


「じゃあ確認します。実際に七年間付き合っていたのは?」


 真鍋はしばらく黙ってから答えた。


「水城です」


「三崎さんではない」


「はい」


「現在の記録が入れ替わっていることも認識してる?」


「今見せられたので」


「分かりました」


     ◇


「次にCR-17について」


 片瀬が言った。


「知っていますね」


「古い人物継続管理規格です」


「使ったことは?」


「検証ならあります」


「直近では三十四日前」


 奈緒が補足する。


「その検証は何のために?」


「旧規格互換の動作確認です」


「当日の保守計画には含まれていません」


「自主的な確認です」


「事前に障害は?」


「ありません」


「特に異常はなかったけど、確認した」


「そうです」


「結果は正常?」


「検証結果をご覧になっているなら」


「成功しています」


 片瀬が言う。


「仮想人物AとBの過去参照を交換して、正常に再構成された」


「検証環境上では」


「その十二日後」


 片瀬は真鍋を見る。


「実在する三崎直人と水城隆司にも、ほぼ同じことが起きている」


 真鍋は黙った。


「現行環境からCR-17は直接発行できません」


「はい」


 奈緒が答える。


「ただし、互換検証時の仮想要求を高信頼本人確認証明として本番側へ再入力すれば、同等の再構成を成立させられます」


 真鍋の視線が完全に奈緒へ向いた。


「そこも確認したんですね」


「はい」


「事故当日の認証者も」


「……そうですか」


「真鍋さんです」


 沈黙。


 片瀬は急かさない。


 しばらくして真鍋が息を吐いた。


「私の認証が使われたことは否定しません」


「操作も真鍋さん自身ですか」


「それは――」


「認証だけではありません」


 奈緒が続ける。


 午後七時二十六分。


 地下設備区画入室。


 端末前滞在。


 操作認証。


 位置。


 生体。


「同じ時間、あなた自身が端末前にいたことも確認しています」


 真鍋は表示を見る。


「……分かりました」


「操作したのは?」


「私です」


「何を?」


「三崎直人と水城隆司の人物継続参照を再構成しました」


     ◇


「その理由を聞かせてもらえますか」


 片瀬が言った。


 真鍋は答えない。


 片瀬は少し待ってから話題を変えた。


「三十七日前」


「はい」


「変更前監査では、水城さんと九十六分、同じ飲食店にいた」


「そうですね」


「現在参照では、その接触も三崎さんとのものになっています」


「はい」


「実際に会っていたのは水城さん?」


「はい」


「どんな話をしたか覚えてます?」


「仕事や趣味です」


「他には?」


 真鍋は少し黙った。


「水城の金銭状況について」


「債務の話?」


「はい」


「どんな相談でした?」


「アーカーシャ上の債務を、自分の履歴から切り離せないかと」


「最初から他人へ移したい?」


「最初は、関連付けそのものを解除できないかという話でした」


「できる?」


「正当な訂正理由なしにはできません」


「それを説明した」


「はい」


「その後でCR-17を思い出した?」


 真鍋が視線を落とす。


「私が思い出しました」


「人物参照を交換すれば、債務を含めて過去履歴の帰属が変わる」


「はい」


「水城さんにも説明した?」


「しました」


「債務だけじゃなく、生活履歴まで動くことも」


「はい」


「それでも水城さんは実行を希望した?」


「はい」


 片瀬は一度頷く。


「三十四日前の試験は、その相談を受けた後」


「そうです」


「交換相手は?」


「決まっていませんでした」


「候補は探してた」


 真鍋の目が動く。


「十一人」


「……そこまで確認したんですね」


「今のアーカーシャでは、その検索履歴も三崎さんに付いてます」


 片瀬が言う。


「でも生成時参照を戻すと、水城さん」


「はい」


「条件を決めたのは?」


「私です」


「どんな条件?」


「年齢が近い。同じ性別。ノード世代が近い。重大な先天疾患がない。特殊な継続認証歴が少ない。生活圏も近い」


「婚姻状態は?」


「条件に入れていません」


「住居所有」


「入れていません」


「公開資産」


「それも」


 片瀬と奈緒が一度視線を合わせる。


「じゃあ」


 片瀬が言う。


「水城さんがそのへんまで調べてたのは、技術的な理由じゃない」


「私は指示していません」


「分かりました」


「候補名は真鍋さんも知ってた?」


「はい」


「三崎さんの適合度は?」


 真鍋は少し黙る。


「一番高かったです」


「十一番目の男性は?」


「二番目」


「だから二人とも何度か確認されてた?」


「少なくとも、私からは適合度が高いとは伝えました」


「でも事故前には三崎を使わなかった」


「はい」


「理由は?」


「奥さんがいたからです」


「沙耶さん」


「はい」


「配偶者本人が生きていれば、参照交換直後に不一致を訴える」


「そうです」


「記憶自体は証拠にならなくても、調査は始まる」


「はい」


「だから適合度が一番でも使えなかった」


「そうです」


「事故までは」


 真鍋が黙った。


     ◇


 片瀬は事故当日の時刻を表示した。


 午後六時十二分。


 事故。


 午後六時三十八分。


 三崎来院。


 午後七時十二分。


 沙耶死亡。


 午後七時二十六分。


 真鍋、設備区画入室。


「三崎さんが候補者本人だと気づいたのは?」


「救急受付の本人関係照合です」


「業務上見た?」


「はい」


「患者の配偶者が三崎直人と表示された」


「はい」


「候補の三崎と同一人物だと分かった」


「すぐに」


「沙耶さんが亡くなった」


「はい」


 片瀬は少し間を置く。


「その時点で、三崎さんなら使えると判断した?」


 長い沈黙。


「……はい」


「水城さんへ連絡は?」


「していません」


「三崎さんでいいか確認も?」


「していません」


「最終的に三崎さんを選んだのは真鍋さん?」


「はい」


 奈緒が続ける。


「ただし、水城氏とは事前に、条件に合う対象者が見つかった場合には参照交換を実行することで合意していた」


「……はい」


「三崎氏が対象になったことだけは、水城氏は実行前には知らなかった」


「私は伝えていません」


「水城氏から確認もなかった?」


「ありません」


「分かりました」


     ◇


「水城さんは、いつ交換が実行されたと知ったと思います?」


 片瀬が聞いた。


「配偶者死亡通知が来た時でしょう」


「なぜ?」


「それまで水城に妻はいませんでしたから」


「水城さん本人の記憶上は?」


「はい」


「現在の記録では、その独身だった九年間も三崎さん側へ行ってる」


「そうですね」


「真鍋さんとの七年間の交友も」


「はい」


「水城さんから見れば、事故後にアーカーシャを開いた瞬間」


 片瀬は二本の人生を見る。


「自分の過去だけじゃなく、真鍋さんとの付き合いまで消えてる」


「そうなります」


「それでも真鍋さんへ連絡しなかった」


「はい」


「真鍋さんからも」


「していません」


「でも五日後に病院で会ってる」


 真鍋が黙る。


「現在参照上、あの接触だけが新しい水城さんとの接触として残ってる」


「はい」


「何を話した?」


「……処理が成立したことを確認しました」


「戻す話は?」


「出ませんでした」


「水城さんから?」


「出ませんでした」


     ◇


「次に債務について」


 奈緒が言った。


「水城氏が抱えていた債務の規模は把握していましたか」


「大体は」


「現在参照では三崎氏に帰属しています」


「はい」


「水城氏から三崎氏へ移る側だけでなく、三崎氏から水城氏へ移る側も調べましたか」


「詳細までは」


「婚姻関係は知っていた」


「はい」


「沙耶さんの資産額は?」


「知りません」


「相続が発生することは理解していた?」


「……はい」


「実際の額までは?」


「知りませんでした」


 片瀬が聞く。


「候補者の婚姻とか資産まで水城さんが見てたことは?」


「後から知りました」


「真鍋さんが指示したわけじゃない?」


「違います」


「じゃあ、その理由は水城さんに聞くしかない」


「そうなります」


     ◇


「三崎さんが一番適合していた理由を、もう少し具体的に聞いていいですか」


 片瀬が言った。


「はい」


「ノード世代」


「同じ」


「年齢」


「二年差」


「身体」


「大規模な置換歴なし」


「継続再認証」


「なし」


「社会関係」


「比較的単純です」


「結婚してるのに?」


「婚姻は強い参照ですが一つです」


 奈緒が補足する。


「子どもなし。扶養関係限定。法人役員歴なし。複雑な共同資産も少ない」


「夫婦二人を中心に閉じてる」


「概ね」


 片瀬はそこで止まる。


「沙耶さんが亡くなったら」


「はい」


「一番強く不一致を訴える相手がいなくなる」


 真鍋は答えない。


「事故前は一番適合してても使いにくかった」


「はい」


「事故後、一気に条件が良くなった」


「そうです」


「だから死亡確認から十四分で動けた」


 真鍋は黙った。


     ◇


「最初に聞いた理由の話、もう一度いいですか」


 片瀬が言った。


「……はい」


「水城さんが困っていた。それだけで、ここまでやった?」


 真鍋はしばらく黙った。


「私は十六年、本人識別設備を扱ってきました」


「はい」


「昔の記録を今の人間へ繋ぐ。ノードを交換する。誤登録を訂正する」


 淡々とした声だった。


「仕事をしていると、人の人生が全部、参照の集合に見える時があるんです」


 奈緒が真鍋を見る。


「技術モデルとしてはそうです」


「はい」


「でも、それと本人の人生は同じではありません」


「分かっています」


 真鍋は苦く笑った。


「分かっていたつもりでした」


「記録は消えない」


「はい」


「出来事も書き換えない」


「はい」


「だから参照だけなら、後で戻せると思った?」


「……はい」


「取り返しがつくと」


「そう考えていました」


「今は?」


「間違っていました」


 短い返事だった。


 片瀬はそれ以上踏み込まなかった。


     ◇


「最後に、水城さんへどこまで説明していたか確認します」


 奈緒が言った。


「CR-17という名称や具体的な操作方法は?」


「教えていません」


「人物参照を交換すること自体は?」


「説明しています」


「債務を含む過去履歴が相手へ移ることも?」


「はい」


「候補を探すことにも水城氏は同意していた」


「はい」


「条件を満たす対象が決まれば実行することにも」


「はい」


「三崎氏を最終対象に選んだのは真鍋さん」


「はい」


「実行後、水城氏から訂正を求められたことは?」


「ありません」


「五日後に会った時も?」


「ありません」


「分かりました」


 片瀬は水城の最初の面談記録を思い出した。


 黒いネジ。


 箱根。


 冷蔵庫。


 結露。


 実際には生きていない九年間。


「実行後、水城さんが三崎さんの過去を、自分の経験みたいに話していたことは?」


「後から知りました」


「止めなかった?」


「……はい」


     ◇


 面談を終えると、葛城が廊下で待っていた。


「どうだった」


「操作したことは認めました」


「水城は?」


「計画自体には参加」


「三崎を選んだのは?」


「真鍋です」


「事故は?」


「関係なし。そこは変わりません」


「昔からの友人関係は?」


「変更前監査で水城。交換後は三崎側へ移ってます」


 葛城が鼻から息を吐く。


「共犯関係まで三崎に付け替わったわけか」


「結果的には」


「真鍋は?」


「執行局に引き継ぎです」


 鷺沢が後ろから言った。


「本人も認めた。証拠保全も必要だ」


「了解です」


「次は水城を呼ぶ」


「やっとですね」


「ああ」


「何を聞きます?」


 鷺沢が片瀬を見る。


「お前が決めろ」


「俺ですか」


「まだ引っかかってることは?」


 片瀬は少し考えた。


 債務。


 候補選び。


 真鍋との関係。


 技術。


 かなり分かった。


 ただ。


「なんで三崎さんの人生まで欲しがったのか」


「そこか」


「借金を捨てるだけなら、婚姻とか住居とか資産まで調べる必要ないです」


「真鍋の条件でもない」


 奈緒が言う。


「はい」


「それと」


 片瀬は続ける。


「交換後、水城さんは自分の過去が消えて、真鍋さんとの七年の交友まで三崎さん側へ行ってる」


「うん」


「なのに訂正しない」


「計画を知っていたからでしょう」


「それはそうです」


「他には?」


「三崎さんの九年間を、自分のものとして使い始めてる」


 黒いネジ。


 箱根。


 夫としての回答。


「記録にそう書いてあるから必要な範囲で演じただけなのか」


「……」


「本当に、その人生が欲しかったのか」


 鷺沢が言った。


「本人に聞け」


「はい」


     ◇


 水城への出頭要請が送信された。


 応答は早かった。


 翌日午前十時。


 例外事案課。


「逃げないんですね」


 ひよりが言う。


「逃げても位置は分かる」


 葛城が答える。


「そうでした」


「それ以前に」


 奈緒が言う。


「現在参照だけを見れば、水城氏の過去には真鍋氏との共謀関係も、債務もありません」


「全部三崎さん側」


「はい」


 片瀬は二本の履歴を見る。


 水城が実際に生きた九年間。


 今は三崎のもの。


 水城と真鍋の七年間の交友。


 今は三崎のもの。


 水城の債務。


 今は三崎のもの。


 一方で。


 三崎が実際に生きた結婚生活。


 今は水城のもの。


「これ」


 片瀬が言った。


「水城からしたら、現在のアーカーシャだけ見せられたら相当強いな」


「はい」


 奈緒が答える。


「『私の記憶にはありません。現在記録にもありません』で、入れ替え前の事実の多くを否認できます」


「会話内容も残ってない」


「はい」


「じゃあ」


 片瀬は水城への出頭通知を見る。


「昔のことを聞くだけじゃ、あんまり意味ないな」


「本人の記憶を証拠化するのは難しいです」


「交換後の行動を見るしかない」


「そうなります」


 片瀬は頷いた。


 明日。


 聞くべきなのは。


 水城が何を覚えているかではない。


 人生が入れ替わった後、水城自身が何をしたか。


 そこだった。

お読みいただきありがとうございます。


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