CASE-005 押しつけられた人生
「三千二百八十万円」
小峰ひよりが言った。
「何が?」
片瀬遼が顔を上げる。
「今、三崎さんに帰属してる保証債務です」
「今?」
「契約が作られた時は、水城さんです」
壁面ディスプレイに一件の契約が表示される。
連帯保証契約。
契約成立――二年八か月前。
現在参照。
保証人――三崎直人。
成立時参照。
保証人――水城隆司。
「またか」
片瀬が言った。
「契約内容自体には変更なし?」
「ありません」
奈緒が答える。
「原債務者、保証額、成立時刻、条件、全部そのまま。保証人の人物参照だけ現在は三崎氏へ解決されています」
「元々、水城が結んだ契約」
「はい」
「会社は?」
「水城氏の大学時代の知人が経営していた法人です」
「それも変更前監査?」
「はい。現在参照では、その交友関係も三崎氏側です」
片瀬は顔をしかめる。
「徹底してるな」
「水城氏の九年間をまとめて交換していますから」
ひよりが続きを出す。
「その会社、四十八日前に倒産しています」
「保証債務が確定したのは?」
「四十二日前」
「沙耶さんが亡くなったのが二十二日前」
「はい」
「変更前の水城と真鍋が飯食ったのが三十七日前」
「はい」
「真鍋の試験が三十四日前」
「そうです」
時間が並ぶ。
四十八日前。
保証先企業倒産。
四十二日前。
水城への保証債務確定。
三十七日前。
変更前参照で、水城と真鍋が長時間接触。
三十四日前。
真鍋がCR-17形式を試験。
二十二日前。
沙耶死亡。
同日。
人物参照交換。
「綺麗すぎるな」
片瀬が言った。
「綺麗に並ぶことと、因果関係があることは別です」
奈緒が返す。
「分かってる」
「保証額は?」
「上限三千五百万円。現在残債務が三千二百八十万円」
「他にもあるんだっけ」
「あります」
奈緒が別の記録を出す。
現在は三崎へ帰属。
成立時参照は水城。
「個人事業上の損失補填契約、四百八十万円」
次。
「共同設備リース残債務、百九十万円」
次。
「民事上の損害賠償請求。係争中。請求額八百二十万円」
「合計」
「最大四千七百七十万円」
片瀬が黙った。
「今は全部三崎?」
「はい」
「変更前は全部水城」
「はい」
「押しつけたいもの、見つかったな」
奈緒は少し間を置く。
「少なくとも、参照交換によって水城氏が負担を免れたものは確認できました」
◇
三崎から連絡が入ったのは、その直後だった。
『片瀬さん』
「はい」
『あの、これも俺の記憶違いなんですか』
「何がです?」
『借金です』
「ああ」
『ああ、じゃないですよ』
「すみません」
『三千万ですよ? 俺、保証人なんかになってません』
「確認しています」
『でもアーカーシャでは俺なんでしょう』
「現在は」
『現在はって何ですか』
片瀬は一瞬考えた。
「その契約について、今すぐ支払う必要はありません」
『……え?』
「社会安全庁側で人物参照の異常を確認しています。債権処理は一時停止を申請します」
『参照の異常』
「詳しい内容はまだ説明できません」
『俺、本当に保証人じゃないんですよね』
片瀬は言葉を選んだ。
「契約成立時点の参照では、あなたは保証人ではありません」
通信の向こうが静かになる。
『じゃあ』
「今確定して言えるのはそこまでです」
長い息。
『分かりました』
「すみません」
『いや』
三崎の声が少し落ち着く。
『……それだけでも、今までよりマシです』
通信が切れた。
「言い方として問題ありません」
横から奈緒が言った。
「聞いてたの?」
「業務通話です」
「評価しなくていいよ」
「誤認を生む表現なら訂正が必要です」
「はいはい」
◇
「でも」
葛城省吾が言った。
「債務を捨てたいだけなら、何で三崎なんだ?」
全員が会議スペースに集まる。
「誰でもいいよな」
「そうなんですよね」
ひよりも頷く。
「むしろ三崎さんって、沙耶さんがいる分だけバレやすい」
「事故前なら特に」
奈緒が言う。
「だったら、最初から三崎を狙ってたとは限らない」
片瀬が言った。
「別の候補がいた?」
「そこを調べます」
奈緒が、変更前の水城隆司に帰属していた検索履歴を監査状態から復元する。
「現在表示だけだと?」
ひよりが聞く。
「これらの検索行動も、現在は三崎氏側へ帰属しています」
「候補探した履歴まで三崎さんのもの?」
「はい」
「ひどいな」
「でも生成時参照は残ってる」
片瀬が言う。
「そこを見る」
検索履歴。
三十六日前。
一人。
三十五日前。
複数。
三十四日前。
さらに複数。
合計十一人。
「全部、当時の水城から?」
「監査参照では」
奈緒が答える。
「年齢は三十二から三十八。全員男性。ノード世代が近い。生活圏も近い」
「真鍋の試験前から探してる」
「はい」
「三崎もいる?」
「七番目」
「検索回数は?」
「三回」
「多い?」
「十一人中、三回以上確認されているのは二人です」
「もう一人は?」
「十一番目」
比較。
三崎直人。
三十四歳男性。
「共通点」
ひよりが言った。
「技術条件だけなら?」
奈緒が並べる。
ノード規格。
年齢。
医療履歴。
継続認証歴。
生活圏。
「どちらも適合性が高そうです」
「他は?」
片瀬が聞く。
婚姻状態。
住居。
扶養。
公開資産。
「二人とも既婚」
ひよりが言う。
「子どもなし」
「技術条件に必要?」
「現時点では分かりません」
奈緒が答える。
「真鍋側の仕様を確認する必要があります」
◇
「得るものも見るか」
鷺沢が言った。
奈緒が現在、水城へ帰属している三崎の旧生活を表示する。
婚姻関係。
共同住宅。
保険。
資産。
沙耶死亡後に発生した法的効果。
「相続」
片瀬が言った。
「はい」
沙耶の資産。
金融資産。
不動産持分。
積立。
個人財産。
「法定相続対象、概算四千六百万円」
ひよりが目を丸くする。
「水城さんが捨てた債務と近い」
「数値が近いこと自体には意味を置けません」
奈緒が言う。
「ただし、参照交換後の水城氏に経済的利益が生じたことは事実です」
「借金を押しつけて、相続人になる」
葛城が腕を組む。
「事故後に三崎へ決めた可能性は?」
「あり得ます」
片瀬は時刻を追う。
午後六時十二分。
事故。
午後六時三十八分。
三崎来院。
午後七時十二分。
沙耶死亡。
午後七時二十六分。
真鍋、設備区画へ。
「十四分」
「何がです?」
ひよりが聞く。
「沙耶さんが亡くなってから、真鍋が設備区画に入るまで」
「はい」
「その十四分で、三崎を探して、九年間を調べて、交換対象として検証して、実行まで決める?」
奈緒の視線が変わる。
「事故前に候補化されていたなら可能です」
「つまり三崎は、もう候補だった」
「監査上の検索履歴を見る限りは」
「でも事故前は使いにくかった」
「沙耶さんがいるため」
「事故で条件が変わった」
「はい」
◇
「三崎だけじゃないですね」
ひよりが言った。
「何が?」
「候補」
十一人の一覧。
「だったら最初の目的は、沙耶さんの人生を盗むことじゃないですよね」
「そうだな」
片瀬が言う。
「水城の債務をどこかへ移す」
「そのために交換できる相手を探してた」
「仮説としては自然です」
奈緒が言う。
「でも」
ひよりが二人の繰り返し検索対象を見る。
「何でこの二人だけ婚姻とか住居とか資産まで見てるんです?」
片瀬が止まる。
「真鍋の技術条件じゃないなら」
「交換後に何を得るか見てた?」
葛城が言う。
奈緒が答える。
「可能性はあります。ただし、検索意図は記録されていません」
「水城に聞くしかない?」
「最終的には」
「その前に真鍋だな」
片瀬が言った。
「候補条件を出した側」
鷺沢が頷く。
「まず実行経路を固める」
◇
久我が古い仕様書を出した。
「CR-17には昔、継続候補比較って機能があった」
「何です?」
ひよりが聞く。
「二人物の参照を交換した時、どれだけ不整合が出るか試す」
「候補一覧を出せる?」
「本来は二人を指定するだけだ」
奈緒が現行互換資料を調べる。
「残っています」
「一覧抽出は?」
「ありません」
「なら十一人を探したのは水城側」
「変更前監査では、そう見えます」
片瀬は三崎を見る。
三十四歳。
水城三十六歳。
近いノード規格。
身体条件。
生活圏。
「三崎じゃなきゃ駄目だったわけじゃない」
「検索開始時点では」
「でも結果として選ばれた」
「はい」
「事故が起きたから」
「可能性は高いです」
片瀬はもう一人の繰り返し検索対象を見る。
「これ、真鍋に聞けば分かるか」
「技術条件としてどちらが適合していたかは」
「じゃあそこまで待つ」
◇
「真鍋を呼ぶ」
鷺沢が言った。
「水城は?」
葛城が聞く。
「まだだ」
「真鍋から?」
「ああ」
「技術的な事実が固まったから?」
片瀬が聞く。
「そうだ」
鷺沢は壁面を指す。
「事故前に、真鍋の認証でCR-17形式の試験」
「はい」
「事故当日も真鍋の認証で互換検証」
「はい」
「直後に実際の参照交換」
「はい」
「さらに変更前監査では、水城と真鍋は七年来の関係」
「現在参照では、その関係は三崎側へ移っています」
奈緒が補足する。
「そこも本人に確認する」
「水城との計画まで?」
「真鍋がどこまで話すかを見る」
奈緒が面談準備を始める。
「執行局への共有は?」
「しておけ。今はまだ身柄確保まではしない」
葛城が頷いた。
「了解」
片瀬は十一人の候補一覧を見た。
「片瀬」
「はい」
「何見てる」
「候補です」
「何かあるか」
「まだ」
「面談まで見とけ」
「俺も入るんですよね」
「入る」
「時間あまりないですけど」
「全部理解しろとは言ってない。引っかかるものがあるかだけ見ろ」
「分かりました」
片瀬は十一人を順番に開く。
一人目。
二人目。
三人目。
技術条件は近い。
四人目。
五人目。
六人目。
七人目。
三崎。
十一人目。
指が止まる。
「奈緒」
「何です?」
「三崎と十一番目、検索回数多いんだよな」
「はい」
「婚姻、住居、資産まで見てる」
「そうです」
「真鍋の技術条件だったら消える仮説だな」
「はい」
「違ったら?」
「水城氏自身の選別条件だった可能性が残ります」
「……めんどくせぇ」
その直後。
面談室から通知が入った。
真鍋拓也、到着。
片瀬は画面を閉じる。
「続きは本人に聞くか」
「技術条件から」
「分かってる」
二人は席を立った。
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