表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: 志喜  陽斗
最終章「今この瞬間の温度」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/100

第95話「アーカイブの選別、あるいは過去の梱包」

段ボールを三つ用意した。

それぞれに、ラベルを貼った。

「重要度:高(永久保存)」

「重要度:中(スキャン後廃棄)」

「重要度:低(即廃棄)」

「始めましょう」蓮は言った。

「どこから」陽菜は言った。

「古いものから」

棚の端から取り出し始めた。

三年前のファイルだった。

一冊目を開いた。

「これは何の記録ですか」陽菜が言った。

「三年前、会社をクビになった当日の昼食の記録です」

「昼食の記録」

「はい。ファミリーレストランで、日替わりランチを食べました。価格は八百八十円でした」

「内容は覚えていますか」

「ハンバーグ、ライス、スープ、サラダです。でも」

「でも」

「味は、砂のようでした」

陽菜は少し止まった。

「砂のような味」

「当時の記録には、そう書いてあります。味の感触が全部、砂に感じられたと」

陽菜はファイルを見た。

「今、その記録を読むと、どんな気持ちですか」

蓮はファイルを見た。

「今の俺には、その感触が理解できます。でも、今の俺は再現できません。今のコーヒーの味が、砂には感じられないからです」

「それは、良かった」

「はい」

ファイルを「スキャン後廃棄」ボックスに入れた。

スキャンして残すには値する記録だった。

でも、物理的に持ち続ける必要はなかった。

作業が続いた。

ファイルを一冊ずつ確認した。

帝都物産関連の資料が出てきた。

永瀬修三の口座データ。

水野誠一郎の隠し物件の記録。

大河原の不正の証拠。

「これらは」蓮は言った。「法的な手続きが全て完了しています。高梨さんへの引き継ぎも終わっています」

「役割が終わった記録」

「はい。物理的な容量を占有するだけのデータです」

「捨てますか」

「シュレッダーにかけます」

「今の蓮さんに、怒りはありますか。これらを見て」

蓮はファイルを見た。

照合しようとした。

「……ありません」

「本当に?」

「はい。怒りが来るとしたら、彼らに対してではなく、あの頃の状況そのものに対してだったはずです。でも今は、あの状況があったから今日がある、という感触の方が強い」

陽菜はファイルを見た。

「この人たちへの怒りが、今は記録の一部になっているんですね」

「そうかもしれません。計算終了したタスクです」

シュレッダーを持ってきた。

ファイルを入れた。

音がした。

紙が刻まれる音だった。

三年前、帝都物産がシュレッダーにかけようとした書類を、蓮は読んでいた。

今日、蓮がシュレッダーにかける番だった。

「どんな気持ちですか」陽菜が言った。

「静かです」蓮は言った。「怒りでも悲しみでもなく、ただ静かです」

「それが一番いい状態ですね」

次のファイルを入れた。

エドワードの接触記録。

監視の記録。

廃校で対峙した日の記録。

全部、シュレッダーに入れた。

「これも捨てていいんですか」陽菜が言った。

「オムニ・データの件は、全て公的な記録として提出済みです。俺が持っている必要はありません」

「でも、あなたが苦労した記録でもあります」

「苦労した記録は、俺の脳にあります。紙は必要ありません」

シュレッダーが音を立てた。

過去が、細かくなっていった。

「永久保存」ボックスに入れるものが出てきた。

桐島からもらった付箋だった。

「明日また来い」と書いてあった。

三年前、最初の週に書いてもらったものだった。

「これは」陽菜が言った。

「最初の週です。当時、俺が何もわからなかった時に、桐島さんが書いてくれました」

「捨てませんね」

「はい。永久保存です」

次に出てきたのは、レシートだった。

古いレシートだった。

「これは」陽菜が言った。

「陽菜さんと最初に食事をした日の、レシートです」

陽菜は少し止まった。

「……取ってあったんですか」

「記録として」

「何を食べましたか」

「高級レストランでした。蓮の和牛を中心にしたコース料理でした。陽菜さんはデザートを半分残しました。でも、残した理由を言わなかったので、今でも不明です」

陽菜は少し間を置いた。

「……お腹がいっぱいだったんです」

「そうでしたか」

「七年分の謎が解けましたね」

「七年ではなく一年もたっていませんが」陽菜は少し笑った。「永久保存ですか、そのレシートは」

「はい」

「どうして」

「この日から、陽菜さんのことを記録するようになったからです。これが最初の記録です」

陽菜はレシートを見た。

「私の最初の記録が、デザートを半分残したことなんですね」

「そして、残した理由が今日まで不明だったことも記録されています」

「今日、解決しました」

「更新しておきます」

レシートを、永久保存ボックスに入れた。

一番最後に、小さな箱が出てきた。

陽菜との半年間の記録が入っていた。

向日葵畑の下見の写真。

コブシの花の押し花。

婚姻届のコピー。

「この箱だけは」蓮は言った。

「なんですか」

「俺が自分の手で運びます」

陽菜は少し蓮を見た。

「他の箱は業者に頼むのに」

「はい。これだけは、俺が持ちます」

陽菜は少し間を置いた。

「わかりました」

事務所が片付いていた。

三年分の記録の多くが、スキャンされるか、シュレッダーにかけられた。

残ったものは少なかった。

でも、残ったものは全部、重かった。

「軽くなりましたね、事務所が」陽菜は言った。

「はい」

「どんな気持ちですか」

蓮は部屋を見た。

棚が空になっていた。

以前は資料で埋まっていた棚が、今日は空白が目立った。

「空白があると、新しいものを入れられます」蓮は言った。

「そうですね」

「今まで記録でいっぱいだったところに、これからの記録が入ります」

陽菜はその言葉を聞いた。

「次の場所で、また始めましょう」陽菜は言った。

「はい」

「新しい座標で」

「新しい座標で」

窓から夕暮れが見えた。

今日の最後の光だった。

明日からは、別の場所から夕暮れを見る。

でも夕暮れは、どこから見ても夕暮れだった。

【記録:202X年8月〇日 17:52】

過去の記録、整理完了。

「重要度:高(永久保存)」:陽菜との記録、桐島からの付箋、その他十三件。

「重要度:中(スキャン後廃棄)」:業務記録の大部分。

「重要度:低(即廃棄)」:帝都物産関連、オムニ・データ関連、全廃棄完了。

空白、確保済み。

空白に、これからの記録が入る。


第95話 了


この作品が少しでも気になったら、★評価とブックマークをいただけると励みになります。次回更新の力になります。引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ