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【完結済】「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: 志喜  陽斗
第五章「清算と反撃の三週間」

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第66話「情報のビッグバン、あるいは予測モデルの死」

朝六時、蓮のスマホが鳴り始めた。

通知だった。

ニュースアプリ。金融情報。海外メディアの速報。

全部が、同じ件名だった。

蓮は画面を見た。

昨夜送信したデータが、世界を動かしていた。

【記録:202X年〇月〇日 06:04】

情報拡散確認。国内メディア、主要十一社が報道開始。海外メディア、英語圏五社、アジア圏三社が同時展開。

陽菜がオフィスに入ってきた。

外の空気をコートにつけたまま、スマホを見ていた。

「世界が」陽菜は言った。「あなたの記憶を読んでいます」

「正確には、俺の記憶を元に作成した書類を読んでいます」

「同じことです」陽菜は蓮の隣に座った。

震えていた。

興奮か、安堵か、あるいはその両方か。

「オムニ・データの株価は」

「市場開始直後にサーキットブレーカーが発動しました。売り注文が集中してストップ安です。現在も取引停止中」

「関連企業は」

「親会社が声明を出しています。『現在調査中』。関連した投資ファンドが二社、今朝の時点で出資引き上げを発表しました」

桐島が入ってきた。

「昨日まで沈黙していた取引先が、三社から連絡が来た」桐島は言った。「全部、『今後も取引を続けたい』という内容だ。昨日とは正反対だ」

「エドワードの圧力の根拠が崩れました」蓮は答えた。「彼らはエドワードに従うリスクと、従わないリスクを再計算している。今日の時点では、従わない方が安全という結論になっています」

「手のひらを返した、ということだな」

「はい。それも予測の範囲内です」

陽菜が義隆に電話した。

二コールで出た。

「見ました」義隆の声だった。「今朝、銀行の担当役員から『昨日の話はなかったことに』という連絡が来ました」

「わかりました」

「篠原くんに、伝えてください」義隆は続けた。「私の見る目がなかった。あの男のことを、最初から信じるべきだった」

陽菜は少し間を置いた。

「直接伝えてください、お父様」

電話が切れた。

午前九時、高梨から連絡が来た。

「令状を執行する。今から動く」

蓮は立ち上がった。

「一緒に行きます」

「来るなとは言えない立場だが」高梨は言った。「危険がある」

「記録します。現場の記録が必要な場面が来るかもしれません」

少し間があった。

「……わかった。ただし、捜査官の指示に従ってもらう」

「はい」

オムニ・データ日本支社のビルは、静かだった。

異様な静けさだった。

外には報道陣がいた。カメラが並んでいた。

でもビルの中は、音がしなかった。

高梨が先頭に立った。

捜査官が続いた。

蓮と陽菜はその後ろにいた。

エントランスを入った。

受付に社員が二人いた。

顔が白かった。

今朝の報道を見ていた目だった。

高梨が令状を示した。

「捜査令状です。ご協力をお願いします」

社員の一人が立ち上がろうとした。

もう一人が止めた。

両方とも、動けなかった。

エレベーターで上の階に行った。

フロアに出た。

デスクが並んでいた。

社員が十数人いた。

全員が、手を止めていた。

パソコンの画面が、一部消えていた。

シュレッダーの前に、誰かが立っていた。

でも動いていなかった。

シュレッダーに紙を入れかけたまま、止まっていた。

「そのまま止まっていてください」高梨が言った。

男は動かなかった。

「証拠隠滅になります」

男の手から、紙が落ちた。

捜査官が前に出た。

エドワードは、奥の個室にいた。

高梨がドアを開けた。

エドワードがデスクに座っていた。

スーツが整っていた。今朝も、それだけは整えていた。

でも目が違った。

昨日まであった余裕が、消えていた。

「エドワード・チェンさん」高梨は言った。「不正競争防止法違反、および個人情報保護法違反の容疑で、任意同行をお願いします」

エドワードは高梨を見た。

それから、高梨の後ろにいる蓮を見た。

「……来ましたか」エドワードは言った。

「来ました」蓮は答えた。

「昨日、令状の件は想定していなかった」エドワードは続けた。「お前の記憶力は把握していたが、その記憶を使って捜査令状を補完するルートまでは計算できなかった」

「十五年前の証人という変数が、俺の記録の中にあったからです」

「……その発想はなかった」

エドワードは立ち上がった。

抵抗しなかった。

捜査官がエドワードの横についた。

部屋を出た。

廊下を歩いた。

エレベーターの前で、エドワードが振り返った。

蓮を見た。

「なぜ、そこまでして私を壊したんだ」エドワードは言った。「私は君を高く評価していた。君の能力があれば、もっと大きな舞台で」

「壊したんじゃありません」蓮は答えた。

「では何だ」

「俺の中にあった三年前の記録が、今日という日付で終わっただけです」蓮は続けた。「三年前から今日まで、俺はただ覚えていた。覚えていたことが今日、法的な証拠になった。それだけです」

「それだけ、か」

「起きたことを記録しただけです。俺の意図で世界を動かしたわけじゃない。あなたたちが起こしたことが、記録されていただけです」

エドワードは少し間を置いた。

「……記録というのは」エドワードは静かに言った。「生きている間ずっと、追いかけてくるものなんだな」

「はい」蓮は答えた。「俺が三年間、追いかけられたように」

エレベーターが来た。

エドワードが乗った。

扉が閉まった。

オフィスが静かになった。

捜査官が各フロアで作業を続けていた。

高梨がエレベーターに乗る前に蓮を見た。

「終わったな」

「この件は」

「この件は、だな」高梨は少し笑った。「十五日残っている」

「はい。最後まで、お願いします」

「もちろんだ」

高梨が乗った。

扉が閉まった。

事務所に戻った。

桐島が「どうだった」と聞いた。

「エドワードは連行されました」

桐島は少し間を置いた。

「お疲れ様でした」

「ありがとうございます」

陽菜が蓮の横に来た。

「大丈夫ですか」

「はい」

「今日、どんな感情でしたか」

蓮は少し考えた。

「静かでした」

「静か」

「三年前、黒川部長に解雇された日も静かでした。今日も静かです。全部が起きて、全部が終わって、静かです」

陽菜はそれを聞いた。

「悲しくはないですか」

「何が」

「戦いが終わることが」

蓮は少し間を置いた。

「終わっていません。十五日あります」

「その後は」

「その後は」蓮は陽菜を見た。「記録の中身が変わります。過去のものではなく、今日以降のものが増えていきます」

陽菜は蓮を見た。

「私との記録も」

「はい。今日からの陽菜さんの記録が、三年前からの記録より多くなる日が来ます」

陽菜は少し目を細めた。

「……それを楽しみに、十五日頑張ります」

蓮はデスクに向かった。

ノートを手に取った。

最後のページが開いていた。

昨夜、送信ボタンを押す前に書いた一行があった。

『全記録、公共の益のために使用。完了』

ノートを閉じた。

静かな音がした。

紙の音だった。

【記録:202X年〇月〇日 14:22】

エドワード・チェン、確保。

オムニ・データ日本支社、捜査令状執行。

記録の公共化:完了。

カウントダウン:15日。

ノートが閉じた。

新しい記録は、明日から始まる。


第66話 了 


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