第63話「影の接触、あるいは二十一日の共犯者」
朝、高梨からメッセージが来た。
短かった。
「上からの差し止めが入った。令状の審査が止まっている。外からの圧力の可能性がある。対応を検討中」
蓮はそれを読んだ。
予測していた。
エドワードが「力」と言った時、司法への干渉は想定の範囲内だった。
でも、高梨に残された時間が削られていく。
蓮は高梨に電話した。
「高梨さん、一つだけ確認させてください」
「なんだ」
「十五年前の〇〇事件、あなたが担当していた案件です。その時、容疑者の証人として保護した若者がいます。証言が採用されて、案件が解決した」
「……覚えている。なぜ」
「その人物は今、警察庁の広報部にいます。名前は〇〇さん。三年前の組織図に名前がありました。高梨さんの判断で守られた人間が、今は別の立場にいる」
電話の向こうで、高梨が少し間を置いた。
「それは」
「彼に連絡できますか。直接の外圧を迂回して、情報を適切な場所に届けるルートが取れるかもしれません。高梨さんが助けた人間が、今日高梨さんを助ける」
「……篠原くん、お前は本当に」
「覚えているだけです」
「恐ろしいな」高梨は言った。「いい意味で。連絡してみる」
電話が切れた。
陽菜が横で聞いていた。
「十五年前の証人まで覚えているんですか」
「組織図に名前がありました。点が繋がりました」
陽菜は少し間を置いた。
「あなたの記憶は、味方を探すためにも使えるんですね」
「敵を探すためだけに使ってきましたが」蓮は答えた。「今は、味方を探せます」
昼前、桐島が電話を始めた。
一本目、二本目、三本目。
電話をしながら歩き回っていた。
声が低かった。内容は聞こえなかった。
四本目の電話が終わった時、桐島がテーブルに戻ってきた。
「オムニ・データの国内資金源、三本のうち二本を止めた」桐島は言った。
蓮が顔を上げた。
「どうやって」
「コンサル時代の知人と、昔のライバルを動かした。オムニ・データに資金を入れていた投資ファンドの一つに、俺の知人が役員として入っている。そいつを経由して、今回の件の不透明さを投資家に伝えた。リスク案件として、出資の見直しが始まった」
陽菜が「それだけで動くんですか」と言った。
「金は嘘をつかない」桐島は椅子に座った。「投資家は利益のために動く。リスクが見えたら逃げる。俺が電話一本で何百億かを動かせるわけじゃない。でも、疑心暗鬼を植え付けることならできる」
「桐島さん」蓮は言った。
「なんだ」
「俺が『点』で戦っているなら、桐島さんは『面』で戦っている」
桐島は少し笑った。
「お前に言われると照れるな」桐島は言った。「ただの電話だ。昔の縁を使っただけだ」
「昔の縁を覚えていたから、使えた」
桐島は少し間を置いた。
「……お前の影響か、最近俺も記録を大事にするようになってきた」
陽菜が小さく笑った。
夜、ドアがノックされた。
田辺商事の経由だった。
暗号化デバイスで事前に「会いたい人間がいる」と連絡が来ていた。
蓮は「通してください」と答えていた。
入ってきたのは、六十代の女性だった。
地味なコートを着ていた。目が鋭かった。
「初めまして。佐々木と申します」女性は言った。「永瀬会長の前秘書をしていました」
蓮は記憶を走らせた。
【照合:永瀬修三・秘書歴代リスト。帝都物産の役員資料より。佐々木〇〇、現在六十二歳。永瀬の秘書を十八年務めた後、三年前に退職。退職理由、記録なし】
「どうぞ」蓮は言った。
佐々木は座った。
「単刀直入に話します」佐々木は言った。「エドワード・チェンに関する情報を持っています。永瀬会長が現役の頃から、オムニ・データとの接点を私は傍で見ていました。その中で、エドワード本人も把握していない場所に、オムニ・データの隠しサーバーがあります」
部屋が静かになった。
「なぜそれを知っているんですか」陽菜が言った。
「十年前、永瀬会長とエドワードが初めて取引した際の書類整理を私がしました。その時、サーバーの所在地が書かれた覚書を見ました。エドワードは毎回、自分の手元に残さない書類がある。代わりに、信頼できると思っていた人間に預けていた」
「永瀬会長に」
「はい。でも会長が逮捕されました。その書類は、まだあの場所にあるはずです」
「なぜ今まで」蓮は言った。
佐々木は少し間を置いた。
「私は十八年、永瀬会長に仕えました。会社の不正を知っていました。でも動けなかった。あの頃の私には、立つ場所がなかった」佐々木は続けた。「あなたが帝都物産を壊した。永瀬会長が裁かれた。それを見て、初めて動けると思いました」
「今、動く理由は」
「エドワードに切り捨てられた人間が、他にもいます」佐々木は蓮を見た。「篠原さん。あんたの記憶力は地獄のようだと聞いています。でも、あの男を止めるためなら、その地獄に乗りたい」
蓮は佐々木を見た。
「サーバーの所在地を教えてもらえますか」
「条件があります」
「なんですか」
「私が見た書類、あなたは覚えていますか。三年前の帝都物産の資料の中に」
蓮は少し考えた。
「佐々木という名前が出てくる書類が一通あります。永瀬会長の個人支出の明細です。贈り物として処理されている項目の中に」
佐々木が少し目を細めた。
「それが、私への口止め料です」佐々木は言った。「永瀬が逮捕された今、その記録は私にとって不利です。裁判で使われれば、私の立場が危うくなる」
「つまり」
「その記録を、今回の件の証拠として使わないでほしい。それが条件です」
部屋が静かになった。
蓮は少し考えた。
「その記録は、今回のオムニ・データの件と直接関係ありません」蓮は答えた。「使う必要がない記録は、使いません」
「約束できますか」
「俺の記憶に、例外はありません。でも、使う必要のない記録を使ったことも、一度もありません」
佐々木はしばらく蓮を見た。
「……信じます」
佐々木はコートのポケットから、折りたたんだ紙を出した。
「サーバーの所在地です。建物の正確な住所と、フロアの番号があります。当時の覚書のままです。移動していなければ、今もあるはずです」
蓮は紙を受け取った。
読んだ。
【記録:所在地、照合開始】
三年前の資料に、その住所が出てきた場所があった。
帝都物産の不動産関連資料。一行だけ出てきた住所。当時は意味がわからなかった。
今、意味がわかった。
「一致します」蓮は言った。「この住所は、三年前の資料にも出てきています。当時は用途不明でした。今、繋がりました」
佐々木は立ち上がった。
「私にできることは、これだけです」
「十分です。ありがとうございます」
佐々木が出ていった。
ドアが閉まった。
事務所に四人が残った。
蓮はホワイトボードに書いた。
サーバーの住所。
それから「19」という数字。
カウントダウンが、二日進んでいた。
「次の手が決まりました」蓮は言った。
「サーバーを押さえる」高梨が答えた。電話で繋いでいた。「令状の問題はあるが、佐々木さんの証言があれば動ける可能性がある」
「動ける日数は」
「十七日で計算してください。最初の二日は準備に使う」
「わかりました」
電話が切れた。
陽菜がホワイトボードの「19」を見た。
「十九日で、終わりますか」
蓮はホワイトボードを見た。
今日一日で、協力者が増えた。
高梨の人脈。桐島の資金ルート。田辺商事の情報網。佐々木の証言。
全部が、繋がっていた。
「二十一日は」蓮は静かに言った。「壊すのには、十分な時間だ」
笑顔ではなかった。
でも、口元が少し動いた。
冷徹で、確かな動きだった。
陽菜がそれを見た。
「今、少し笑いましたか」
「笑いましたか」
「笑いました」陽菜は言った。「初めて見た、その顔」
蓮は少し間を置いた。
【記録:202X年〇月〇日 23:41】
協力者リスト更新。高梨・桐島・田辺・佐々木。
サーバー所在地、確定。
カウントダウン:19日。
「明日から、加速します」蓮は言った。
第63話 了
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