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第43話 実験結果

「ママー!」

 カサドンのお父さんと話しているところに、両手をのぞみと優花に繋がれたルドルフがやってきた。

「ルドルフ、お行儀よくしてた?」

 私が声を掛けるとルドルフは走ってきて、私の膝に顔をすりつけた。


 気がつけばカサドンのお父さんは驚愕されている。上の歯と下の歯の間隔が2.5センチ位ひらいている。

「ルドルフ、カサドンのお父様よ、ご挨拶なさい」

「こんにちは、ルドルフです」

「こ、こんにちは。いつの間にお子さんを?」

「あ、事情がありまして、養子として育てています」

「はあ」

「あのね、ぼく、本当のお母さんが死んじゃって、ママたちに育ててもらったの!」

 お父さんが困惑しているので、とりあえず言い訳しといた。

「夫の両親、私の両親にも経済的に援助してもらって本当に申し訳なく思っています。あと平日昼間は恩師のおうちにルドルフを預かってもらっていて、正直なところ私たち夫婦はまわりの人達に助けられて生きています。だから偉そうなことはなんにも言えないんですが、智樹くんと真美ちゃんには幸せになってほしいと思っています」

「ありがとうございます。私もその思いは同じなんですが、なんとも不安で」

「そうですよね、本当に私達、親不孝で……」

 ルドルフが割り込んできた。

「ママ、わるいことしてるの?」

「悪いことをしてるわけじゃないんだけど、ママのパパとママに心配かけてるってことだよ」

「そうなんだ」

「残念だけどね」

 するとカサドンのお父さんがルドルフに話しかけた。

「ルドルフくん、世の中うまくいかないこともあるんだよ。だけど親としては、子が夢を諦めるは辛い、そう言う意味ではルドルフくんのママとパパは大丈夫だよ」

「そうなの?」

「うん、そうだ、そのうちうちに遊びにおいで。聖女様、物理学校にもいらしてるんですよね」

「はい、週1回ですが」

「今は梨がおいしいですよ」

「はい、ぜひ、伺います」


 カサドンのお父様達が帰られたあとも、私は実験ホールの案内を修二くんとやり続けた。わりあてられた仕事だから当然真面目にやったわけだが、私にはもう一つの仕事があった。それは、例の効果についてである。


 昨日もそうだが今日も私はスマホを肌身離さず持ち歩いている。位置情報アプリで私の位置情報は修二くんのスマホでわかるようになっている。その位置情報と動かしっぱなしになっているチョッパー分光器のデータを比較すれば、「聖女効果」が距離の関数として明らかになるはずだ。いったいどれだけ実験に近づいたらアウトなのかがわかれば、私の行動ももう少し自由になる。2日にわたってしっかりデータをとったのだから、それなりの結果は出ていると期待している。


 そんなわけで一般公開2日目も無事終わり、片付けにも積極的に精を出した。のぞみと優花をのぞいて、澤田先生とか吉岡先生とか助っ人勢は皆帰ってしまった。なんといってもここは東海村、のんびりしていると帰れなくなると言うか翌日の仕事に支障が出る。ルドルフも新発田一家とすでに帰宅している。多分いまごろ夕食をお呼ばれしているだろう。すべての作業が終わって制御室の時計を見ると、もう7時半である。私はなんとなく、制御室での私の定位置、すみっこのソファーに座った。とくに何も考えていなかった。日頃、理論の私はデスクワークが主体であり、この2日間のようにずっと動き回ることは滅多にない。だから足はみごとにむくみ、じんわりと疲労を感じていた。


「おーい聖女様、なにしてんの? こっちこっち」

 榊原先生から声をかけられた。みるとチョッパー分光器のシマには人だかりができている。人数からするとSHEL中性子部門の常駐スタッフが全員いるように見えるし、宮崎先生もいらっしゃる。ヨロヨロと歩いていくと、チョッパー分光器の端末の前には修二くんが座らされていた。

「じゃあ唐沢くん、例のデータ、よろしく」

 榊原先生の指示で、修二くんはスマホを操作し始めた。時刻と結びつけた私の位置情報を榊原先生のノートパソコンに転送するのだ。榊原先生も端末でいろいろとデータをダウンロードし、ご自身のノートパソコンに転送している。しばらくして榊原先生は仰った。

「このデータは僕が責任持って解析する。ちょっと時間がかかると思うから聖女様は楽しみに待っていてくれ」

 というわけで、この日は解散となった。

 

 3日後私は榊原先生に呼ばれ、実験棟の制御室に向かった。翌日から陽子加速器の運転が再開され、問題がなければ中性子散乱実験も始まるということで、制御室には人が多い。全国から共同利用のユーザーも来ているから知らない顔も多い。

 そんな中、私は制御室ハズレのソファーで苦虫を噛み潰したような榊原先生を前にしていた。腕を組んだ先生は、なかなか口を開かない。私は例の「聖女効果」の実験結果が出たと期待してやってきたのだが、無言を貫く先生を前に違う話で呼ばれたのかもと考え始めていた。そのうち修二くんもやってきて、私の横に座った。先生をせかしてもいけないと思い私も黙っていると、榊原先生はやっと口を開いた。

「あの例の効果ね、実験は失敗だった」

「そうですか、分光器でデータがとれてなかったとか、私の位置情報がおかしかったとかですか?」

「いや、分光器は正常にデータをとっていたし、位置情報のデータもとくにおかしくはない。ただ、聖女様と分光器との距離、それとデータの荒れ具合になんの相関もみられない」

「そうですか、じゃあ私は分光器に近づいても問題ないと」

「いやちがう、聖女様が遠くにいてもデータが荒れ狂っているときもあるし、逆に真横にいてもデータがきれいなときもあるんだ」

「そうですか」

 私はそれなりにがっかりした。これではやはり、実験室に近づくのは無理である。


 何日かして明くんが電話してきた。

「聖女様、『聖女効果』の実験失敗したんだって?」

「うん、よく知ってるね。修二くんから?」

「いや、榊原先生からチョクに聞いた」

 あの先生も余計なことを言うものである。明くんは勝手に話を続ける。

「ていうかさ、その実験、意味ないよね」

「どういうこと?」

「だってさ、札幌から東海村のコンピュータにログインしただけでデータやられちゃうんだろ、距離の関数になってるわけないじゃん」

「あ」


 そういえば修士の1年のとき、修二くんが東海村に出張して実験したことがあった。そのとき私はこっそりと札幌から東海村のコンピュータにログインして、実験データをだめにしかけてしまったのだ。札幌からでだめなのだから、SHELの敷地内でうろちょろしたところでまともなデータが取れるはずがなかった。

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