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第42話 実験ホールご案内

 一般公開2日目は私の講演は無く、ずっと一日物質・生命科学実験棟でお客さんたちの案内である。私は1日め午前に引き続き、実験ホール内の案内係を志願した。もちろん例の効果の検証のためというのが表向きの理由で、本心としては日頃見れない実験機材を私自身が間近で見させてもらうためである。


 見学者を数人ずつのグループに分け、SHEL側の人間がついて内部を案内する。付き添いは2人、グループの前と後、要するに迷子を防ぐためだ。前側の人間が説明、後ろ側ではいつも人数を数えてチェックする。放射線管理区域に一般人を入れるのだから、施設側の気の使い方は尋常ではない。私は当然のことながら修二くんとペアで案内する。ぶっちゃけ女性が喋ったほうがうけがいいので私が先導役である。

 

 実験ホールに入るとすぐ、チョッパー分光器がある。実はチョッパー分光器は測定するエネルギー領域や分解能にあわせて何台か設置されているのだが、修二くんが携わっている、つまり札幌時代のぞみのサンプルで実験したのはまさしく目の前の分光器だ。

「こちらはチョッパー分光器と言いまして、特定のエネルギーを持つ中性子線を試料にあて、飛び散った中性子線の方向とエネルギーから、試料の内部情報を得る装置です。たくさんの科学者がいろいろな研究をしていますが、私達はこの分光器で高温超伝導体の性質を探っています」

 眼の前にいる男の子が質問した。

「高温超伝導体の性質を調べることで、なにがわかるんですか?」

「電気というのは、流れるときにかならず熱を出し、それでエネルギーを損してしまうんですが、超伝導体ではエネルギーの損がありません。ただ、普通マイナス270度くらいまで冷やさないといけないんですが、より高い温度で超伝導になる物質のほうが扱いやすいです。問題はそういう高温超電導がどうしておきているかよくわかっていないので、わかればもっと高い温度でできるようになることが期待されます」

 男の子は目を輝かせているが、その後ろのお父様っぽい人にはおわかりいただけたか確信がもてなかった。


 隣の分光器は私はまだ関わっていないが、いずれはと思って勉強はしている。

「こちらの分光器では、先程の分光器よりより小さいエネルギー領域で、より細かく調べることができる分光器です。生命現象とかかわる物質の研究とか、リチウム電池の改良などの研究とかにも使われています」

 すると先程質問した男の子のお父様みたいな方が質問した。

「さきほどあなたは高温超伝導体の研究をされているとおっしゃっていましたが、あなたならこの装置をどう使いますか?」

「そうですね、高温超伝導体の磁性を調べるのに、たとえば磁気的なゆらぎを評価するにはこういった高分解能なマシンが有効かと思います。ただ、有機物などに比べて測定にかかる時間が大幅に長いので、実験計画を通すのが大変そうです。税金で運用されていますので、お金の無駄遣いは許されません」

「なるほど」


 その他いくつかの分光器を案内し、実験ホールを見渡せる2階で施設の規模を実感してもらう。私はここから見る景色が好きである。修二くんに言わせると今は静かだということだが、それでも機材を維持するため連続運転されている真空ポンプなどの騒音が聞こえてくる。ここで科学者達が真理を探り、技術者たちが新しいマテリアルを評価している。早く私もプロとしてこういった現場の一人になりたい。今の私は親のお金でここにいさせてもらえるだけなのだ。


 感慨にふけりながら実験ホールから外にでたところで皆さんに告げる。

「実験ホールは以上です。会議室内の展示をご自由に御覧ください。なにかありましたら私達を含め、係のものにお尋ねください。ありがとうございました」

 修二くんと並んで頭を下げると、お客さんたちは会議室へと移動していった。ただ、質問してくれた男の子とお父様は私達の前に残り、お父様が声をかけてきた。

「あの、失礼ですが去年まで札幌にいらした唐沢修二さんと杏さんですよね」

「はい、そうですが」

「申し遅れました、私、笠井智樹の父です。智樹がお世話になっております」

 なんとカサドンのお父様だった。

「こちらこそお世話になっております」

「私も大学時代、カサドンと呼ばれてたんですよ」

「はははは」

 カサドンと同じく筋肉質な体つきをされているが、男性にもてるのではと聞くのは流石にはばかられた。


 休憩時間にカサドンのお父様と話をした。

「今日は甥っ子の隆がここを見たいと言い出しましてね」

「よくご存知でしたね」

「智樹がふきこんだんですよ。日本一の実験施設で聖女様が旦那様と研究してるってね」

 あいつは親戚関係にも私の二つ名を広めているらしい。

「親バカだとはわかってるんですが、あいつ頭は悪くないと思うんですよ。ですがなんか意思が弱くてですね……」

 わかる気がする。

「それが聖女様のおかげで学問に打ち込む気になり、なんだかお嫁さん候補もできたみたいで」

「あの、真美ちゃんとはお会いしたんですか?」

「ええ、4月に紹介されましたね。大変いいお嬢さんなんですが……」

 真美ちゃんになにかご不満があるのだろうか。

「真美さんはすでに社会人、それに比べて智樹は大学院生、それにまだ博士課程まで進学すると言うんですよ」

 わからなくはない。

「真美さんと一緒になるんなら経済的に自立したほうがいいと思うんですが、それを言うと聖女様のことを持ち出すんですよ」

「すみません」

「いや、責めてるんじゃないんです。失礼ながらお二人は院生でありながらご結婚されている。そういう意味では対等です。うちのは……」

「なるほど」

「いや、真美さんは気にされてないとおっしゃってましたし、真美さんのご実家にもそう仰っていただいたんですが、やっぱり申し訳なくて」

「おっしゃることはわかります。ですが二人の結びつきはとても強いので、大丈夫だと思います」

「そうですよね、お二人は智樹と真美さんの最初っからご存じですもんね」

 それだけではない。向こうの世界でネリスがなかなかマルスに出会えず苦しんでいたこと、出会ったと思ったらマルスが重傷で、マルスの看病のため危険な地に残るとまで言っていたことなどを思い出した。

 ただそれを言うわけにもいかず黙っていると、修二くんが話し始めた。

「僕も現在収入がないという意味では智樹くんと同じです。学位をとっても収入が安定するまでどのくらいかかるかわかりません。杏は納得してくれていますが、杏の実家には申し訳ないと思っています。もちろん僕の両親も同じ思いだと思います。ですからお父さん、智樹くんも同じ気持ちで頑張っていると思いますよ」

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