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第41話 一般公開のステージ

 一般公開が始まった。午前中は物質・生命関係の公開の手伝いをやっていた。私は誘導係、のぞみが実験教室担当なのは例年通りだ。ただ、実験教室は優花も手伝っているし、物理学校から来た6人も加わっている。見ていると子どもたちに人気があるのは瑠夏ちゃん明里ちゃんで、のぞみと優花はお父さんたちに人気がある気がする。ちょっと手が空いたときにそれをのぞみに言ったら、

「わかいもんはええのう」

と真美ちゃんみたいなことを言った。


 そして私は案内係として実験ホールへの案内もやっている。なぜなら今年もチョッパー分光器だけは稼働させてあり、私が近づいたり遠ざかったりすることとデータの状況を観測するのだ。これで例の「聖女効果」と距離の相関が明らかになれば、私がどれくらい実験室に近づいていいかが明確になる。お客さんを相手にするのも楽しかったが、私自身が対象の実験がなされていると思うとそれもまた楽しかった。


 ただ、今年の私は午後に講演みたいなのに呼ばれた。講演は午前中から2時間おきに色々なテーマで行われる。最初は加速器を用いた研究全般、午後はテーマをしぼっての講演だ。大きく分けて原子核、生命科学、物質科学になるが、物質科学はマテリアル開発が多い。ぶっちゃけた話、私の研究でも高温超電導はともかく、低次元性反強磁性体の話なんて実用というよりは学問的興味でやっていることなので一般の理解は得にくく、研究資金も調達しにくい。一方生命科学やマテリアルなどは研究資金を得やすい。とにかく税金を突っ込んで研究をしている訳だから、納税者の理解を得る努力は研究者にとって重要である。


 私に与えられたテーマはちょっと代わっていて「SHELにおける物性理論」というざっくりとしたものになった。しかも私が一方的に話すというものでなく、物理学校から来てくれた瑠夏ちゃんと明里ちゃんが聞き手として対談形式でおこなうことになった。二人には私の研究経歴とか関わった論文とかを何日か前に渡してある。まじめな二人だからちゃんと読み込んでいるだろう。だから打ち合わせなんかするとわざとらしくなると考えて、二人には「なんでも聞いて」とだけ言っておいた。司会は優花に頼んだ。さらに共同研究者としてのぞみと修二くんにも出てもらうことになっている。


 実のところ、これだけステージ上に女性をたくさん並べ、裏のテーマの女性と研究ということについてもさり気なく触れることができると目論んだ。 


 私達の出番は午後2番目である。ステージに出る前にちょこっとのぞくと、満員ではないが結構入っている。よく見ると若い女性が多いから、今年も澤田先生が扶桑から高校生あたりを送り込んできたのだろう。

 時間になり、最初に瑠夏ちゃんと明里ちゃんがステージに出た。


「みなさんこんにちわ。物理学校の3年生の佐藤瑠夏です」

「同じく物理学校3年の池谷明里です。今日はここSHELで研究している唐沢杏さんに、こちらでの研究についてお聞きしようと思います」

「唐沢さんは、扶桑女子大卒業後札幌国立大学で修士号を取得、現在は大学院大学の博士後期課程の1年生としてこちらSHELにて研究しています」

「専門は、物性理論、具体的には高温超伝導現象の発現機構を中心に活動されています。では、唐沢さん、どうぞ!」


 呼ばれたのでステージに上る。お辞儀して指定の席にすわる。机にはPCがセットされ、スクリーンにはPCからの出力が投影されている。とりあえずざっくりと研究内容を説明する。一通り説明したところで、瑠夏ちゃんが質問を始めた。

「唐沢さんは女子大出身ですが、どうして大学院は札幌へ移られたんでしょうか」

「扶桑女子大の恩師に勧められました。私は扶桑女子大の附属中学校からの内部進学でしたので、外の空気を吸ってこい、ということです」

 明里ちゃんが聞いてくる。

「外に出られたうえでのご感想は」

「一言で言えば、出てよかったです。同じ研究分野であっても、研究者が違えばアプローチが異なります。また、一つの大学で全ての分野がカバーできるわけではないので、違う大学に行けばその分視野が広がります」

「その中で、SHELの中性子散乱実験に出会ったということですか」

「そうですね、今から百年以上前に見つかった普通の超電導は、磁気的な現象と相性がわるいんですね。しかし四十年くらい前に見つかったいわゆる高温超電導は、どうも磁気的な性質にむすびついているらしい。中性子線は、とても小さな磁石のビームとも言えます。ですから高温超電導を調べるのに適しているんです」

「ですが唐沢さんは理論の研究をなさっているんですよね」

「そうですが、物理の研究において、理論と実験は車輪の両輪です。ここならば実験の最新の結果を見て自分の理論を検証できる、また、自身の疑問点を直接実験チームにぶつけることができるんです」

「なるほど」

「実際、一昨年札幌にいたとき、私は同期の院生と、サンプル作り、測定、理論的予測と解析で手分けした研究を行いました。サンプルは札幌で作ってもらいましたが測定はSHELの分光器を用いました」

「なにか新しいことはわかりましたか?」

「正直言って、高温超伝導はまだまだ未解決な部分が多いことがわかった、って感じですね」

「なるほど、よくわかりました、で、今はこちらで理論研究をしているということですね」

 明里ちゃんはうまいことまとめようとしたようだが、私はここでつい、いたずら心を出してしまった。

「ええ、充実した環境で研究しています。何と言っても夫と一緒ですから」

「は、はあ」

「実験を近い位置で見ながら研究するために私はSHELに来たんじゃないんです。今は夫である唐沢修二といっしょに研究するために、こちら東海村へ来ました!」

 会場がどよめき、動揺した明里ちゃんは言葉を失い、瑠夏ちゃんは強引に質疑応答に移った。


 ぱっと会場から一つ手が挙がった。扶桑の附属高校の制服を着ている。

「あの、ご主人とは札幌で学生結婚されたということですか?」

 瑠夏ちゃんが、

「あのプライベートなことは……」

と仕切ろうとしたが、私はそれを押さえて返答した。

「そうですが、正確には彼が東海村へ移動することが決まってから、結婚しました」

 また挙手があった。別の扶桑の生徒である。

「あの、お相手の方とは、研究を通して出会ったのですか」

「いえ、出会い自体は大学の時、東京で合コンしたときです」

「では偶然、札幌で一緒になったと」

「え~、ちょっとそのあたりはよくわからないんですが、札幌へ進学する私を彼が追いかけてきたっぽいような……」

 別の質問も出る。

「札幌でお付き合いされているされているときに、夫となる方の移動が決まったのですか?」

 よく見れば真美ちゃんである。

「いえ、付き合ってはいなかったのですが、移動の話を聞いていても立ってもいられずお付き合いすることになりました」

「それからご結婚まではどういう」

「実は彼は私より1年早くSHELに移動することになりまして、私としては別々に生きていくのが耐えられず、入籍に至りました」

「それでは1年間、別居されたのですか」

「はい、つらい日々でしたが、今は幸せです」

 私はすばやくPCを操作し、スクリーンには修二くんと二人でチョッパー分光器の前でピースサインしている写真を出した。


 私のセッションはそのまま終わった。なお、今の時代であるからこのセッションはネットで生中継された。同接数は知らない。もちろん動画は投稿サイトにもアップされるはずだが、編集のリクエストは出していない。


 家に帰ったところでルドルフに言われた。

「ママ、かっこよかったよ!」

「うん、ありがとう」

 ルドルフが来て見ていたのはわかっていたが、ちょっと恥ずかしくなった。

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