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第38話 作文

 10時になった。菅野先生が会議を始める。

「澤田先生、吉岡先生、おはようございます。ご提案いただいたセミナーですが、SHEL側の案は、聖女様からご説明します」

 いきなり話を振られたが、とにかく話を始めた。

「おはようございます。とりあえずの素案として……」

 悠長に挨拶などしていると澤田先生からドヤされるのは目に見えているから、とっとと説明を始めた。すると澤田先生から質問が出た。

「必要経費の方はどうなっとりますか?」

「宿泊費と懇親会の費用の方は、過去の実績から言ってこれくらいですが、交通費の方は乗り合いバスなのか、タクシーなのか、チャーターバスなのかで大きく代わってしまいます」

「う~ん、年度の途中なのと学内の公平性の問題から、扶桑から出せる金額はゼロではないけれど、たいした金額にはならんな。物理学校はどうでっしゃろ」

 吉岡先生が返事する。

「う~ん、僕は私学に移って時間が短いからよくわかりませんが、似たようなことになると思います」

「そやろな、駅から研究所までは時間にもタクシーでええんやないか。定員一杯にのれば、バスより安いかもしれん」

「それはそうですね」

「しかし、所内の移動は、たいへんやろな」

 菅野先生は、

「う~ん、つくばの方は、歩いてもたいしたことないと思います。ですが東海村は大変ですね。そうだ、東海村に関しては、小河所長にちょっと聞いてきます。それ以外のことについて話していてもらえませんか」

と言って、所長室を出て行った。


 澤田先生が吉岡先生に呼びかけた。

「吉岡センセ、この計画、どう思われますか」

「う~ん、短時間につくったにしてはよくできているんじゃないですか」

「時間割自体は、こうしかならん気がしますな」

「そうですね」

「吉岡先生は、同行されるんですか?」

「講義がかち合わなければ、行きたいんですけどね」

「そうでしょう。センセが行かれたらSHELの人たちは喜ぶと思いますわ」

「ハハハ、澤田先生こそどうなんですか」

「う~ん、いそがしいんで、五分五分っちゅうとこですな」

「いや、これを口実に少し休まれたらいかがですか」

「それ、いいですな。しかし、ワテはなんか引っかかるんですわ」

「ええ、なんかわかりませんけど、なんかSHELに意図がありそうな気がするんですわ」

「この話があってからそんな日数無いですから、とくに無いんじゃないですか」

 この件で、私と修二くんは目を見合わせた。榊原先生の目論見が見抜かれているのだ。


 菅野先生がもどってきた。

「皆さん失礼しました。原子力の小河所長に相談したんですが、2日目の東海駅からSHEL構内、帰りの東海駅までのバスチャーターに関しては、研究所で予算とれるそうです」

「そのかわり、原子炉関係、見学させろっちゅうことですな」

「おっしゃるとおりです。ご協力ください。ただ、研究炉を見学してもらえば大丈夫です」

「なるほど」


 ここで「研究炉」とは原子力発電の研究をする原子炉と言う意味ではない。そう言うのは実験炉という。研究炉は、原子炉で発生する中性子線を取り出して物質にあてて実験するための原子炉だ。修二くんは中性子線の発生源として加速器を利用しているが、中性子散乱実験の歴史は原子炉の「研究炉」のほうが古い。おそらく小河所長は、研究所がもつ研究炉を見学させることで採用関係の予算をまわしてくれるのだろう。


 つづいて日程の話になった。

「SHELとしては基本的にそちらの日程に合わせますよ。よっぽどのことがない限り大丈夫です」

「そうでっか、吉岡先生のご都合は?」

「そうですね、僕個人で言えば水曜の夕方から合流可能であれば、水木だと助かりますね」

「ああ、水曜午前は講義があるのですね」

「そうですね」

「ワテはどうにでもなりますわ。じゃあ、11月中旬の水木と言う方向でどうでっしゃろ?」

「物理学校もその方向で調整しておきます」

「ほな、連絡係はそこの二人でええですな」


 大枠は決まった。菅野先生はビデオ会議を切るとすかさず、

「企画書を書いてしまおう。日付は空欄にしておけばいいから。テンプレートは大垣さんからもらってね」

 大垣さんからテンプレートをメールで送ってもらい、さっそく作り始めた。見本は会議前に見ていたのがたくさんあるので、使いやすいものを片っ端から写していく。二人がかりでやっていると、国立の研究者も役人であることがよくわかる。ふとため息をつくと菅野先生がコツコツと足音をたててやってきて、

「う~ん、どれどれ」

と言って見てくれた。

「先生は日々、こういうお仕事をされているのですね」

「お役所仕事は嫌かい?」

 早くも気持ちを見抜かれている。

「でもまあ、これも物理だよ」

「これも物理ですか」

「そうそう、こういう仕事で仲間を増やしたり、知識を共有したりできるからね」

「仲間っていい言葉ですね」

「だよね、仲間の大切さ、君ならよくわかっているだろう?」

「はい」


 菅野先生に励まされながらなんとか企画書をつくったが、一番大変だったのはこのセミナーの目的と言うか意図だった。合コンのためとはさすがに書けないから、いわゆる「作文」を苦しみながら書いた。


 一日菅野先生のところで仕事をしてみての感想は、まずしょっちゅう色んなところから電話がかかってくる。ご自身の研究をいつやっているのかと思うくらい、次々と電話がかかる。見ているとほとんどその場で対応を決めて対処している。とにかく一つの特徴は「先延ばしにしない」ということだ。聞こえてくる電話の内容からすると、即断できないものについては関係部署にすぐに電話して対応を頼んでいる。

 そしてはつらつと電話に出て、対応しまくる姿は夕刻まで変わることがない。その体力にも感心した。

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