第39話 恩師の到着
ルドルフの勉強は順調でもう大学レベルに到達していた。こないだ覗いたら大学レベルの微分積分をやっていた。無限小関連の証明を、むずかしい顔をしながらやっていた。そんなルドルフが楽しみにしているのは、SHELの一般公開である。今年も9月の秋分の日を含み2日間で行われる予定で、ルドルフは2日とも行くと意気込んでいる。
私のほうは菅野先生と繋がりができたせいで余計な仕事が増えた。女性の研究分野への進出について私にスピーチしろというのである。私はそれに条件を2つつけた。
1つ目は、助っ人として優花とのぞみを呼んでほしいということだ。のぞみは例年一般公開のヘルプに来ているし、優花も研究開発でがんばっている。菅野先生は最初渋い顔をしていたが、私達3人で扶桑のホームカミングデーで講演したことを話すとOKしてくれた。
2つ目は修二くんである。講演の間は修二くんを講演会場に来てもらうことを要求した。もちろん会場のみんなに修二くんを自慢するためである。
ただ、一般公開の日には扶桑から澤田先生、物理学校から吉岡先生が学生を何名かつれて来てくれるということになった。名目はセミナーの下見であり、菅野先生はなにやら二人にどっかで話してもらおうと画策している。
一般公開の直前に、東京は駒場で学会があった。本当は川崎の実家から4日間すべての日程通いたかったのだが、SHELの一般公開が迫っているので自分のセッションだけ出てトンボ帰りする羽目になった。修二くんのおうちにも行きたかったのだが、どうしようもない。細かいことを言うと、私のセッション、修二くんのセッションは日が違った。だから私の日は修二くんに東海駅まで送り迎えしてもらい、修二くんの日は私が修二くんを東海駅まで送り迎えに出た。のんきに参加できた広島の学会が懐かしい。
そんなこんなで一般公開の前日午前、私は東海駅に来ていた。澤田先生と優花、のぞみの出迎えである。今日から3日間、私は澤田先生と吉岡先生の運転手も務めなければならない。
改札前で待っていると、澤田先生がお姿を現す前に到着がわかった。轟く大阪弁のせいである。
「もう秋分やのに、まだまだ暑いな」
「先生、暑い中ありがとうございます。まずSHELの菅野先生のところまでご案内します」
「さよか、よろしゅうたのみます」
先生の荷物をうけとろうとすると、
「そんなことはせんでええ」
と叱られた。そして「景色がええほうがええ」とおっしゃって助手席に乗り込んだ。
学問的にはものすごくお世話になった澤田先生だが、大学の外でご一緒するのはまだ2回目である。同行するのぞみや優花と気軽に会話しているが、私としては大先生なのである。その大先生で驚いたのは、SHELの入口でのことである。
「先生、すみません、入構手続きがあるので一度車から降りてください」
と声をかけると気軽に助手席から降り、さっさと守衛さんのところへ行く。
「扶桑女子大の澤田と申します」
と自分から名乗り、腰も低い。守衛さんの質問にも丁寧に答え、守衛さんも笑顔である。研究室では院生・学生たちが気を使って走り回っていたのがうそのようである。その私の気持を読んだのか先生は、
「あのな、扶桑の中ならワテはえばっていられるが、外ではあかん。守衛さんも仕事、こっちも仕事、笑顔一つでお互い気持ちよう仕事できるんであれば、安いもんやないか」
とおっしゃった。
車で構内を走り、まずは管理棟の菅野先生のところに澤田先生を連れて行く。ノックして入室すると、菅野先生だけでなく小河所長までいらして待ち構えていた。
「澤田先生、わざわざお越しいただきまして、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそお世話になります。あの、神埼いや、唐沢が迷惑かけていませんか?」
「いやいやもうすっかりSHELの戦力ですよ。そちらのお嬢さん方は?」
「ああ、ふたりとも扶桑の卒業生ですがヘルプに呼びました。こっちが木下優花、柏で超強磁場やってます。でこっちが緒方のぞみ、札幌で高温超電導のサンプルづくりが専門です」
これには小河所長がくいついた。
「超強磁場の経験があれば、原子炉とか核融合炉の研究にもつながるね。あと高温超電導のサンプルをやっていれば、強相関系のサンプルも知ってるんでしょ。大洗も紹介できるよ。ふたりとも学位取ったら、うち来ない?」
いきなりの青田刈りである。澤田先生は澤田先生で、
「ええお話やないか、あんたらが就職したら、扶桑の子達の就職先も増えるがな」
などと言っている。菅野先生は、
「さすがは澤田先生、扶桑で囲い込みとかはされないんですね」
と感心していた。それに対する澤田先生の答えは、
「扶桑は小さいですから、そんなに人員を抱え込む余裕はないんです。むしろ就職先の心配のほうが大きいですわ」
だった。
「それより、吉岡先生はいつご到着でっか?」
それには私が答える。
「2時過ぎに東海駅着の予定です」
「ほな、それまでこの子達借りてもよろしいですか」
「ええ、もちろん」
「ほなら、唐沢さん、わてらを昼食で接待せえ」
「は、はい」
ということで、車にもどった。
私は好き嫌いが激しい(生魚がだめ)なので、こういうとき役に立たない。運転しながらのぞみに聞いた。
「のぞみ、お魚が美味しい店、知ってる?」
「私に聞く?」
「うん、私、まったくわからん」
「駅前になんかあったよ」
「わかった」
「わてはどこでもええで、いや、あこでええ」
先生が指さしたのは、こじんまりとした活魚をうたった店だった。
「ああいうとこが、うまいんや」




