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第21話 親バレ

 梅雨の間、水曜日以外の平日はSHELでの研究、水曜日は物理学校でのバイト兼ゼミ、もちろんルドルフは新発田先生のおうちである。週末は榊原先生のお嬢さんあかねちゃんに召喚される。あかねちゃんのところには新発田先生のお嬢さんたちもやってきたりするから、週末の榊原家はたいへんなことになっていた。天気が悪いとお外で遊ぶわけにもいかないからリビングが戦場と化す。いつの間にかあかねちゃんも戦車仲間になり、子どもたち4人が迷彩柄の服で暴れまわる。

 その戦場がおちついておやつを食べているとき、あかねちゃんが私に言った。

「る~くんは幼稚園来ないの?」

「ああ、そうね、幼稚園ね」

 正直なところ、全く考えていなかった。日々の研究と生活に追われ、ルドルフもまったく不満をもらさないものだから、新発田先生ご夫妻に甘えっぱなしになっていた。ルドルフは見た目と異なり大食いだから、昼食代・おやつ代も大変なことになっているに違いない。

 今更ながら幼稚園をさがさないといけないらしい。


 若干おちこんでいると、心にルドルフの声が響いてきた。

『ママ、ぼく幼稚園行きたくない』

『嫌なの』

『ちがう、行く暇がない』

『どういうこと?』

 ルドルフが答える前に、新発田先生が表情をあらためて話しだした。

「聖女様、唐沢くん、ルドルフくんは算数を勉強しているんだ。ぼくが教えている」

「そうなんですか」

「もうすぐ小学校のが終わる」

「早いですね」

「早い、だが目標が高い」

「目標ですか」

「うん、電磁気学を習得したいそうだ」

 それでわかった、ルドルフは電磁気学を学び、その知識からステルス性を手に入れたいのだ。

「手をおかけして、申し訳ありません。それでしたら私達でも教えられると思いますが」

そう謝ると、しほさんが言った。

「ちがうのよ、新発田が教えたいのよ。新発田から楽しみを奪わないでね」

「は、はあ」

 新発田先生はさらに、

「まあ僕も教えていて楽しいし、ルドルフくんは君たちの研究のじゃまになりたくないんだよ。その気持をわかってやってほしい」

とおっしゃった。


「ルドルフ、おいで」

 ルドルフはトコトコと私のところにやってきた。私はルドルフを抱きしめた。言葉は出なかった。

『ママ、ぼくこっちの世界に来てよかったよ』

『そうなの?』

『だって、聖女様にだきしめてもらえるなんて、あっちじゃ無理だからね』

『そっか』


 幸せな気分に浸っていたら、修二くんのスマホに着信した。修二くんは「ちょっと失礼」と言って、部屋を出てスマホに出た。つづいて私のスマホも着信する。父である。私も先生たちに断って部屋を出て電話に出る。

「杏、おまえ、子どもできたんだってな。ちゃんと説明しろ」

 完全にバレている。どこで情報が漏れたのかわからないが、早めに両親に対応していなかったのは間違いなく失敗だ。修二くんへの電話もおそらく同じ内容だろう。とにかく私は時間稼ぎすることにした。

「お父さんごめんなさい。ちゃんとなるべく早く説明する。だから一回電話切っていい?」

「いいが、すぐにしないと俺はそっち行くぞ」

「わかってる。修二くんのご両親にもちゃんと話すから」

「わかった。とにかく早くしろ」

「うん」


 廊下で修二くんと顔を見合わせる。

「杏」

「うん、バレた。そっちも?」

「うん、バレた」

「どうしよっか」

「うん、まあ先生たちに相談しよう」


 リビングに戻ると、ルドルフが飛んできた。もちろんルドルフは私達の心が読めてしまうからごまかしが効かない。

「杏、榊原先生にも全部話したほうがいいと思う」

「あかねちゃんたちには」

「無理だろう、大人の話をしている間、ルドルフに相手していてもらおう」

 こういうとき、修二くんは冷静な判断ができる。わたしは心の動揺に弱いから本当に頼りになる。

「あの、大事な話をしたいので、子どもたちは別の部屋で遊んでもらっててもいいですか」

 榊原先生にお願いした。

「おい、あかね、みんなとあかねの部屋で遊んでいなさい」

「は~い、みんなこっちよ」

 トコトコと列を作って子どもたちは出ていった。ルドルフは最後尾で、部屋をでるときこっちを向いて手を振った。


 リビングに大人6人がそろった。どう話し始めたものか悩んでいると、新発田先生が口をひらいた。

「どうせ君たちのご両親にルドルフくんのことがバレたんだろう。早めに話しておけばよかったが、話しようがなかったんだよな」

 新発田先生のおっしゃるとおりである。

「まあ君たちは悪いことはなんにもしてないけれど、話が話だから」

 すると榊原先生が口を挟んだ。

「新発田先生、どういうことですか」

「ちょっとねぇ、荒唐無稽と言うか、ちょっと信じがたい話なんだよ」

「ほう」

 新発田先生は私達の方を向いて言った。

「君たちが話しても、榊原先生は信じてくれないだろう。私から話すよ。あ、ご両親にも私から話すから」


 それから新発田先生は私達の事情を詳しく榊原先生に伝えた。


 一通り話を聞いた榊原先生は、しばらく何も言わなかった。ようやく口を開いて、

「しかしとても、信じられる話ではないですな。我々は物理屋ですよ」

と言った。それに対して新発田先生は、

「わかります。まったくそうなんですが現実問題として眼の前にルドルフくんはいるし、戸籍謄本もみせてもらったし、住民登録もされてるんですよ。ルドルフくんは4才、聖女様が結婚してまだ2年目、隠し子とか無理でしょう。実際戸籍は養子になってますし」

「う~ん」

「それでですね、僕は今ルドルフくんに算数教えてるんですが、一月もかからずに小学校の算数おわりそうです。それよりもなによりもですね」

 ここでなぜだが新発田先生は言葉を切った。

 そして私の顔をじっと見てから言った。

「聖女様が物理で理解できない力をもってるの、先生しってるじゃないですか」

「それってまさか」

「あの効果ですよ」


 そうなのだ。修士1年目に、修二くんは札幌からSHELに出張して実験した。私は実験中にこっそりSHELの実験用コンピュータにログインして実験途中のデータを覗いたのだが、その覗いていた時間だけデータがどうしようもなく荒れていた。私がログアウトするとデータがきれいになってしまうのだ。みんなはそれを「聖女効果」と呼ぶ。


「あれは不思議でしたね」

 しみじみと榊原先生はおっしゃった。そして言葉を続けた。

「まあわかったよ。信じるよ。ただし去年、あの効果の測定、やらしてくれなかったろう。あれ、もう一度やろう」

「わかりました」

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