第19話 ゼミ増員
「先程はありがとうございました」
学食で吉岡先生と昼食をとっていると、午前の演習の授業で質問してきた学生がお礼を言ってきた。
「どうにかなりそう?」
「はい、あとで計算してみます。あの、ご一緒してもいいですか?」
吉岡先生はにこやかにうなずいているので、私もにっこりとする。二人は質問してきた人が佐藤瑠夏ちゃん、そのお友達が池谷明里ちゃんと名乗った。
「あの、せ、唐沢さんは扶桑女子大から札幌国立大に進学されたんですよね。どうしてですか」
明里ちゃんが質問してきた。
「うん、実はね、扶桑の先生がすすめてくれたんだよ。私、中学から扶桑だからもう長すぎるってね」
すると吉岡先生が驚いたように言った。
「そうだったんだ、あの澤田先生がよく手放したなって思ってたんだよ」
「澤田先生は卒業大学は扶桑ですが、そのあといろんなところに行かれたそうです。ひとつのところに居続けるのはよくないと言うお考えでした」
「それじゃ君は、院の進学の際に素粒子から物性に変えたのかな」
「いえ、私は最初っから物性です。そもそも超伝導をやりたくて物理に来ましたから」
「そうなんだ、物性なのに素粒子のゼミ出てたんだ。勉強熱心だね」
「そんなんじゃないですよ。澤田先生に強制的に参加させられました。厳しかったですよ」
「厳しかったって、学生むけのゼミだろう」
「そうじゃないんです。参加者は澤田先生、林先生、伊達先生、宮崎先生、それに私でしたから」
「なにそれ、林先生って、扶桑で超伝導のサンプル作ってる林くんだよね」
「そうです」
「で、伊達先生って、あの伊達先生?」
「そうです。あの伊達先生です」
瑠夏ちゃんが割り込んできた。
「すみません、伊達先生って方はすごい方なんですか」
「ああそうだよ、日本の超強磁場のボスだよ」
「せい、あ、杏さんはそんな人達とゼミやってたんですか」
「まあ」
「というわけで君たち、この唐沢杏さんは扶桑女子大の秘蔵っ子なんだよ」
「秘蔵っ子だなんて、そんな」
「いやいや、澤田先生は方方で君の話ししてるよ」
「はあ」
瑠夏ちゃんがもう一度質問してきた。
「それで、せ、あ、杏さん」
「あのさ、さっきから、『せ』とか『せい』とか聞こえるんだけど、そのあと『じょ』じゃないよね」
「あ」
「誰に聞いたのかな」
「……」
「誰に聞いたのかな」
「吉岡先生です……」
私は吉岡先生の方を向いた。
「先生」
「いや、ぼくは君の経歴ぐらいしか話してないよ、例の効果とか、学会の話とか、東海村へ行った経緯とか、話してないからね」
「先生、それ今バラしてるのとかわんないですよね」
すると明里ちゃんが質問した。
「そうですそれです。なんでまた東海村に行かれたんですか?」
もうヤケクソだ。
「あのね、今日2年生の学生実験の手伝いに来てる唐沢修二は私の夫なの。修二くんが東海村に移動することになって、私はついて行ったの!」
女子学生二名は「キャー!」という黄色い声を出し、私達は学食中の注目を集めてしまった。もちろん学食中の人の動きがとまり、シーンとなった。
ちょっとして学食がもとの喧騒をとりもどしたころ、吉岡先生は厳かにおっしゃった。
「きみたちわかったかい、聖女様は物理だけでなく、愛にも生きているんだよ」
「先生……」
吉岡先生は視線をそらした。
瑠夏ちゃんは吉岡先生に言った。
「先生、私卒研は先生のところにします」
「いいけど、聖女様はうちのメンバーじゃないよ」
「ですけど、ゼミに参加するんですよね」
「まあね。あと、僕は年だから、院生はとらないよ」
「じゃあ院は、札幌がいいですか? 東海村がいいですか?」
さすがに私は割り込んだ。
「佐藤さん、東海村は大学院大学で確かに修士課程もとってるけど、若い人すくないよ」
「じゃあやっぱり札幌ですかね」
「いやいや、柏もあるし、仙台も大阪も魅力的だと思うけど。あと、大岡山もあるしね」
「わかりました。落ち着いて考えます」
そして瑠夏ちゃんは明里ちゃんとうなずきあってから吉岡先生に聞いた。
「先生、今日の午後、これから4年生のゼミをなさるんですよね」
「そうだけど」
「わたしたちも参加してもいいですか。あの、邪魔はしませんので」
「べつにいいけど、単位でないよ」
「わかってます。勉強したいだけです」
「じゃあ2時にうちにおいで。何時までっていえないんだけど、予定大丈夫?」
「「はい」」
「先生、ゼミの参加者増えちゃいましたね」
「そうだね、きっかけはともかく、積極的な学生は大歓迎だよ」
「そうですね、元気な学生がいて、いい大学ですね」
「君もそう思うかい?」
「はい」
物理学校は名前も素敵だが、学生もすばらしいようだ。




