その1040 『買い手売り手』
「決局受けちゃうんだね、船長は」
屋敷を出たところで、クルトがそうレパードに囁く。まだ、誰か聞いている可能性があると思っているのだろう。
「嫌だったか? 久しぶりに報酬も弾むし、きな臭い動向を調べるにも良さそうだと思ったがな」
レパードの返しに、クルトは
「まあね、良いとは思うよ。机に向かって調べることだけが全てじゃないしね」
と答える。
実際、クルトやブライトであれば、発明や研究で見えてくることもあるだろう。だが、イユなど他の船員が手持ち無沙汰になるのも事実だ。薬や食料調達と他国からの追跡を逃れる以外の、前向きな行動ができるならばそれは確かに有り難い。
「それなら、問題なしってことかな? フェンドリックが言っていたとおり、ラビリを待つ間、薬屋にレッツゴーだね!」
ブライトが片手を振り上げる動作をする。
フェンドリックとの話が終わったので、先に命の妙薬を取りに行くことになったのだ。薬はフェンドリックが一筆認めてくれたおかげで、もらい放題である。それが嬉しかったのか、ブライトの動作を真似て刹那も片手を振り上げた。
「れっつごー」
誰もブライトに合わせようとしないと思っていたのか、当のブライト本人がそれを見て目を輝かせる。
「おぉ、れっつごー!」
嬉しそうに何度も手を振り上げるブライトに、
「れっつごー」
と刹那も付き合う。
「……これは、なんて素晴らしい光景。まさに可愛さの塊!」
遠くから感動の声が聞こえてきて、思いのほかラビリが早かったと知った。これであれば少しばかり待ってもよかったかもしれない。
「ラビリ。丁度いい。そのまま外出できそうか?」
刹那の振り上げ動作を間近で見たかったのか、猛スピードでやってきたラビリに、レパードが声を掛ける。
急ブレーキを掛けたラビリは、敬礼の姿勢を取ってみせた。
「うん! そうなるかと思って許可ももらってきているから。泊まりは無理だけど、皆の顔は見たいなって」
「そうか。悪いが先に薬屋に行く。そのあとで俺らの船に一緒に行くぞ」
「うん!」
そう張り切って声を掛けたラビリの前で、刹那が敬礼の姿勢を取ってみせる。刹那なりに、ラビリの反応を見て遊んでいるのかもしれない。
だが、刹那にとっては軽い気まぐれ程度のことでも、ラビリにとっては電撃的だったようだ。
「はぅ! 私の、私の真似を! 可愛すぎるぅ!」
歯止めの効かないラビリに、クルトは呆れたように声を掛けた。
「……相変わらず過ぎるんだよ、姉さん」
薬屋は、峡谷の壁を切り抜いて作られた、洞穴の中にあった。レパードが扉を開けると、カランカランと鈴の音が鳴り、
「いらっしゃいませ」
という女の声が聞こえてくる。
イユの視界に最初に入ってきたのは、薬棚だ。左右の棚にも、その奥にも隙間なく薬が並べられている。見たことのない薬もあれば、刹那がよく使っている薬もある。品揃えの良さがそれを見るだけでよく伝わった。
棚の向こう側から、店主らしき恰幅のよい女が歩いてくる。
「あらあら。ラビリ様に、そちらの子は以前会ったねぇ! 薬がまたたくさんいるのかい?」
思いのほか親しげな様子に内心、ほっとした。世捨て人などと言われていても、こうして会えば普通の人間である。
「うん。命の妙薬欲しい」
「フェンドリック様のお手紙もあるから、融通してくれると嬉しいです」
刹那とラビリが応対しているのを横目に、イユの関心は陳列された棚に移った。
目にした棚には水色の透明な薬瓶が、一列に並んでいる。ラベルにはそれぞれ薬の名前が付いていた。
『アスピリ』『レンドル』『ケトチフェン』。ラベルの貼り方の問題で全ての名前が正しく見えたわけではない。ただ、一カ所に止めただけでこれだけの薬があるのだ。迷いなく薬を買い集める刹那を見ていると、式神の記憶力は底なしではないのかと思えてくる。
「これだけの薬、用意するのも大変そうよね」
ぽつりと呟いたのが聞こえたらしい。店員の女に声を張り上げられた。
「そうなんだよ! これだけの品揃えを賄えるのはうちぐらいなものさ。主人が森の方に採取しにいっているのもあるけれど、やっぱり時折くる商船の影響だね」
世捨て人なんて聞いていたから、外からの船と交流があると聞いて驚いた。
「ここにも商船は来るのね」
と確認すれば、
「なしじゃやっていけないからね。小さめな飛行船だが、定期的に来てくれるよ。だからか、ちょっと値は張るがね」
と返ってくる。確かに全くゼロの交流では立ち行かないだろう。峡谷の人間にとって商人は必要な存在だ。買うだけの話ではないとはすぐに気がついた。生業を立てるため、薬をはじめとした商品を彼らは売る必要がある。おそらくは商船が買い取るのだろう。
「さてと、それじゃあ今聞いたものを包んでくるからね。もう少しお待ちよ」
女はそう言うと、店の奥へと入っていった。




