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カルタータ  作者: 希矢
第十一章 『分かつとも』
1041/1041

その1041 『悔しいね』

 薬を包んでもらったイユたちは、早々に店をあとにする。強い風を肌に感じながら、谷の上へと登っていくと行きに通った門が見えてきた。

 門番の男に会釈され、ブライトが手を挙げて答える。フードが外れかけて慌てて抑えていたのが、彼女らしい。

 再び霧のなか、泥濘んだ道を歩いていく。森には生き物がいるらしく、鳥の鳴き声が時々聞こえた。


 ――ここの鳥はお寝坊さんなのね。


 と、イユは感想を呟く。イユたちなどもうタラサに着く頃だというのにと。

「って、何、あの船」

 その姿が見えたらしい、ラビリから声が上がった。

「姉さんは発掘の時から見ていたでしょ」

 さぞ当たり前のように言うクルトだが、その顔はどこか誇らしげだ。

「いやいや。……本当に飛ぶようになったんだねぇ」

 ラビリは否定したあと、しみじみと感想を零す。ラビリが船内の、特に厨房を中心に掃除をしていたのは記憶に残っていた。今では鶏小屋も兼ねている厨房をみたら腰を抜かしそうである。

「そういえば、あのときラビリが帰ったのって、ブライトが魔術書を盗んだ行為を見逃した『魔術師』が処刑されたって話だったわよね」

 確認をとったイユの前で、ブライトのフードがぴくりと動いた。

「うん。インセートの当主のジャスティス・レイドワースが処刑されたんだよ」

 インセートと言われると、ブライトと会った図書館、ダンタリオンが浮かぶ。

「ジャスティスが……」

 ぽつりと吐かれたブライトの呟きを拾った。

「何、知り合いだったの?」

 ブライトはフードを外してイユへと振り返った。その顔が少しばかり寂しそうにも見える。

「一回会っただけだよ。でも、悪い人には見えなかったかな」

 処刑されるほど、という枕詞がつくのだろうとは言われなくても伝わった。

「悪い人ではないのでしょう。ただ、ブライトを手伝っただけで」

「うーん、手伝ってくれたわけでもない気が……」

 ブライトの反応を見てか、レパードが会話に入る。

「単にそいつは責任を取らされたってことだろ」

 ダンタリオンの貴重な魔術書をみすみすブライトに盗まれたのだ。示しをつけるのに、落としどころが欲しかった、ということらしい。

 イユとしては内心首を捻りたくなる。ブライトの話では魔術書の盗難を手伝ったわけでもないというのに、犯人でもないその男は処刑されたのだ。イユがその男の立場ならば、理不尽極まりないことである。

「……そうみたいだね。そして、それを皮切りに、イクシウスでは徐々に『魔術師』が処刑されていっているみたいだから」

 暗い話を持ち出したと思ったのか、ラビリは切り替えるように続けた。

「それより、早く中に入りたいんだけど良いかな?」

「うん。確かにいつまでもぼさっと立っているわけにもいかないよ。ほらほらっ」

 クルトがそう肯定し一同を急かすようにして前へと歩く。確かにブライトが振り返ったタイミングで、全員の足が止まっていた。

「タラサに着いたら、まずいろいろと驚くと思うわよ」

 空飛ぶ車椅子のことを思い出して、イユはラビリにそう宣言した。




 期待通り、という以上にラビリは驚きの声を発した。

「なっ、なっ、なっ! 厨房に畑? 温泉? いつからセーレはリゾート施設になったの!」

 なかでも最も衝撃だったのは、温泉の存在らしい。

「成り立ちを考えると、セーレも客船ではあったがな」

 一通り船内を案内したレパードがぽつりと告げる。食堂の一画でようやく席に着いたところだったが、ラビリはまだ落ち着かないらしくがばっと立ち上がって、向かいにいるレパードへと乗り出そうとした。

「それにしたって、高級過ぎるよね? 温泉だよ、温泉。入るだけで美人になるとかいう!」

 果たして温泉を故郷に持つアグルはそんなことを言っていただろうかと思い返す。

 ラビリの横の席で静かに水を飲んでいたクルトが、水を差した。

「部屋自体は狭くなってるよ。シャワールームもないから」

 けれども納得まではいかないらしい。突然テーブルに顔を突っ伏したと思いきや、ラビリは暫く戻ってこなかった。それから、切り替えたのか、ガバっと身を起こす。

「……うぅ。知らない間に、皆が温泉三昧なのは解せない……。でも、これまで起きたことを考えれば、それぐらいはいい気がする」

 これまでに起きたことと、そう何気なく呟くラビリの顔は、深刻なものに変わっている。恐らく、医務室のことを思い出したのだろう。実際、こう口にした。

「……というより、想像以上に酷い有様だよね。怪我の程度まで詳しく聞いてなかったとはいえ……、こんなの」

 許せないと、その拳をふるふるとさせた。

「薬があれば良くなるはずよ」

 刹那とは医務室を覗いたタイミングで薬を処方するべく分かれている。その医務室にはワイズもいたが、眠っていたのでそっと退散した。ジェイクやヴァーナーも同様で、ラビリからしたら馴染みがあるだけにショックが強い様子であった。

「そうかもしれないけれど、全部が全部良くならないとも思うから……、悔しいね」

 悔しいという最後の言葉に、ラビリの思いがひしひしと伝わってきた。元々この事態を回避するためにラビリは情報を集めているようなものなのだ。それが、改めて酷い状況を見て酷く堪えたらしい。

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