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英雄派遣  作者: 軌条
第四話 臓器工場
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天使の庭(6)

 アラディンの銃火を浴びてゾフィーの肉片が壁まで飛んだ。蜂の巣になった彼女はしかし全く怯まない。それはこの施設で出会った魔物と同じだった。


 しかし決定的に違う点がある。ゾフィーは肩を抉られ血を失い肉を零しても、その欠損を瞬時に回復した。肉が盛り上がり、傷をあっという間に塞いでしまう。アラディンが舌を巻いている。


「エステルさん、僕の手には負えないようだ。頼むよ!」

「わ、分かりました。援護お願いします!」


 エステルの剣とゾフィーの肉体が激突する。押し負けたのはゾフィーのほうだった。驚異の再生能力を有するゾフィーであっても、一時的に肉体を斬り飛ばされ、血を失えば、少しは怯むし、動きを制限される。圧倒的に攻め続けることができれば脅威ではない。エステルはそれを確認すると、自信を持って踏み込んだ。


 剣圧でゾフィーの肉体を吹き飛ばし、近くにいた彼女の仲間たちが逃げ惑った。彼女はゆっくりと起き上がると、首をコキコキと鳴らした。


「なるほど、英雄様には我々が束になっても敵わないと理解できました。降伏します」

「えっ……?」


 まだまだ戦いは続くと覚悟していたエステルは拍子抜けだった。銃を構えていたアラディンもぽかんとしている。


「降伏、ですか?」

「はい」


 ゾフィーの躰がみるみる縮んでいく。肌の質感が戻っていき、翼も引っ込む。元の可憐な少女の姿に戻った彼女はにこりと笑んだ。


「今回の騒動の首謀者として出頭します。ご同行願えますか」


 その言葉に驚いたのはエステルやアラディンだけではなかった。後ろに控えていたドゥリトルや、彼女の仲間たちもそうだった。仲間の一人がゾフィーに訊ねる。


「ゾフィーさん、降伏なんて……。俺たちも一緒に」

「いけません。首謀者はこの私。責任を取るのも私だけで十分です。あなたがたは私に脅されて従っただけ。そうでしょう?」

「そんなこと……!」

「いいですか。どうせ反乱を起こしたところでいずれ鎮圧されるのは目に見えていました。それが分かっていながら私たちは決起した。その意味をもう一度考えてください」

「しかし……」


 ゾフィーはそれ以上説明をしなかった。エステルたちに向き直る。


「ここに来たのが英雄様で良かった。これが半端な戦闘員だったら、私たちは本当に、人を殺してしまっていたかもしれません」

「ど、どういう意味です?」

「私たちにも意地はある。狭い世界で生きてきただけに、この力で他者を屈服できないものかと考えていました。力で解決できるものなら、これほど簡単な話もない……。もちろん甘い考えでしたが」


 エステルはこの言葉にゾフィーの悲愴な覚悟を見た気がした。


「――世界でも最強の英雄派遣会社の英雄様が相手となれば、力試しには申し分がありません。あなたのような戦士が、3000人も控えているというのでは、とても勝ち目がありませんから」

「ああ……、私は、英雄全体の中では標準的な能力ですよ? もっと強い人はたくさんいます」

「そうですか。それを聞いてぞっとしますね。やはり降伏するのが賢い選択のようです」

「ゾフィーさん、あなたは……。いえ、あなたがたは……」

「どうぞ連れていってください。ドゥリトルさん、後のことはよろしくお願いします」


 しかしドゥリトルはかぶりを振った。


「馬鹿を言え。貴様だけに行かせるわけがないだろう」

「でも……」

「ゾフィー。貴様はRA社の本質をまるで分かっていない。英雄派遣会社は比較的クリーンな集団だが、他にもっと悪辣な業者を雇っている可能性もあるのだぞ」


 エステルには事情が掴めない。横にいたアラディンに訊ねる。


「あの……」

「なんのこっちゃ分からない。そう言いたいんだね?」

「はい」

「僕も分からない。けど、依頼は魔物の駆逐だったわけで。ゾフィーさんだけを連れていっても、依頼を完了したことにはならないね」


 ゾフィーはアラディンを見据える。


「私たちはもう抵抗しません。どうか大目に見てはもらえませんか」

「それを決めるのは依頼主だ。そしてきみたちは依頼主の不利益になりかねない。その存在自体がね……、そうなんだろう?」


 ゾフィーはアラディンから視線を逸らすことができないようだった。じんわりと汗をかいている。


「あなたは……。どこまで知っているのです?」

「それは僕も知りたいねー……、この辺で答え合わせをしておきたいんだ。エステルさんも事情を知りたがっているだろうし」


 エステルは頷いた。ゾフィーはそれを見て、ドゥリトルや、部屋にいた他の人間を見た。


「……分かりました。この培養施設でいったい何が行われていたのか、ご説明いたします。とは言っても大体事情を掴んでおられるとは思いますが、そう、答え合わせですね」


 ゾフィーは淡々と話を始める。


「RA社が誇る培養施設、通称天使の庭……。部外の人間は、ここが人間の臓器を培養している施設だと思っているようですが、実際は違います。培養しているのは臓器ではなく、人間そのもの」

「人間、そのもの……?」

「我々のことです。英雄様も見たでしょう。私の同胞、あるいは私が異様な再生能力を有していることを。あれは何も魔物の姿を取らなくとも発揮される能力なのです」


 ゾフィーが仲間からナイフを受け取った。それで彼女は自らの腕を傷つけた。


 けして浅くない傷だが、血が少量出ただけで止まった。のみならず傷が塞がる。瘡蓋というよりも肉が盛り上がりそれを埋め、すぐに滑らかな肌に戻る。


「……臓器売買のシステムは、非常に簡潔です。私たちの再生能力は万能です。臓器を必要としている人間からRA社に連絡が入ると、係の人間が我々の躰にメスを入れて臓器を取り出し、それを患者に提供する」

「ち、ちょっと待ってください。他人の臓器なんて提供されても拒絶反応が出るでしょうに」


 ゾフィーは頷く。


「普通はそうです。しかし、私たちの躰は特別なんです。誰の躰にも適合する黄金の臓器(パナシア)の所有者とされています」

「誰の躰にも適合って……。それも改造の成果ですか?」

「これは改造ではなく先天的なものですよ。この施設で生まれましたから。遺伝子から操作されていたのだと思います。私、社会的には存在していないことになっているはずです」


 人間の証明を社会から与えられていない。臓器培養施設の部品でしかないんです。そうゾフィーは言った。


 エステルはここでようやく理解した。人間の境界とはどこにあるのかと尋ねたゾフィーの真意を。臓器を抜き取られ、それでも生き続ける彼らは、日々入れ替わる躰のパーツを目の当たりにして、自分の存在について疑問を抱いたはずだ。社会的にもその存在が確認されていない彼らが、どのように自己を確立するのか。他人に臓器を提供し続けるだけの人生を強いられている。昨日まで見慣れていた右腕が、今日は全く別の、再生したての腕に変わっている。そんなこともあっただろう。


「なんと、おぞましい……」


 エステルは思わず言ってしまった。ゾフィーの笑顔を見て慌てて付け足した。


「ああ、いえ、ゾフィーさんのことではなく……、この会社の所業が」

「大丈夫です。私はこれまで施設の人間を悪魔か何かのようにしか感じられませんでした。私たちの命を刈り取りにきた悪魔……。でも、ドゥリトルさんのように、私たちに良くしてくれる人も、たくさんいます。私たちがこうしてきちんと会話して、人間らしく振る舞えるのも、ドゥリトルさんたちが教育してくれたおかげなんです」


 ドゥリトルはかぶりを振った。


「こんなことは間違っている。人間の尊厳を損なうような、このような行いは常軌を逸している。私は必死に上層部に駆け合い、やがて埒が明かないと確信すると外部告発しようと準備を始めた。下手に外部に秘密を漏らしても、ここの会社の連中は証拠を隠滅しかねない。周到な準備が必要だった。だがその動きを察知され、この天使の庭に軟禁状態になった」

「そうだったんですか……」


 依頼人のチェンバレンは、ドゥリトルが諸悪の根源のように説明していた。確かにドゥリトルはRA社にとって不利益となるような行動をしていた。だがそれにしても。


 エステルは義憤と嫌悪感ではちきれそうだった。先ほど倒した魔物たち。彼らはゾフィーと同じように、この施設で生まれ、非人道的な生活を続けるように強いられた存在だった。そんな彼らを殺してしまった……。


「アラディンさん、帰りましょう」

「帰ってどうするつもり?」

「RA社の非道な行いを告発するんです! よくもまあ、私たちに依頼を寄越せたものです。ばれないとでも思っているんでしょうか」

「依頼人の不利益になるようなことはできない。僕たちは依頼人の意向に沿う形でしか武力を発揮できないんだ」

「そんな……」


 エステルには信じられなかった。今の話を聞いてもまだ、依頼がどうこうと言うつもりか。


 アラディンは微笑む。


「まあまあ、エステルさん、落ち着いて。それより、ゾフィーさん、きみはまだ話していないことがあるね?」

「え?」

「理解できないことが幾つかある。RA社がいくら英雄派遣会社を信頼し、依頼人の利益を守るだろうとふんでいても、部外の人間をここに送り込むのは相当危険(リスキー)なはずだ。そうしなければならない理由があったはずだよね?」

「それは……」

「それに加えて、ゾフィーさんたちがドゥリトルさんの協力で魔物化したといっても、本当に反乱が成功するとは考えていなかっただろう。何かきっかけがあったはずだ。たとえば」


 アラディンはチェンバレンから貰った見取図を取り出した。


「ここにその正解が書いてある、とか……」


 ゾフィーは唖然としていた。


「驚きました。英雄様、あなたはいったいどこまで見通しておられるのですか」

「全て推測だよ。それと、重ねて言うが、僕たちの任務はこの施設に存在する全ての魔物の排除……」


 アラディンは不敵に笑った。


「僕にしてみれば、きみたちはどうも魔物に見えない。でも、もし、きみたちとは別に討伐すべき魔物がいるというのなら、その所在を教えてもらいたいなー。どう?」


 アラディンの言葉にゾフィーはしばらく呆けていた。そしてぐっと俯く。


「……ドゥリトルさん、ここは任せてもよろしいですか」

「ゾフィー……」

「私は英雄様たちと一緒に奥に向かいます」

「しかし……」

「いいのです。できれば私たちの手で決着をつけたかった。けれど、それはどうやら無理。ならば……」


 ゾフィーが歩き出した。彼女は部屋から出ていく。エステルとアラディンは顔を見合わせ、頷き合った。ゾフィーの後を足早に追う。







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