オンバルル(2)
オージアスは違和感に襲われていた。探知魔法によってその存在が確認された6人の人間。それらは完全に戦闘態勢に入っていた。6人の中には魔術に長けた者も含まれているらしく、オージアスの探知の触手に敏感に反応し、逆にこちらを威嚇してきた。どうも警戒され過ぎている。巨人に蹂躙されてそれを警戒しているというのなら、オージアスにこれほどの敵愾心を燃やすはずがない。
戦って負けるとは全く思っていなかった。しかし問題はそこにはなく、オージアスたちは彼らを保護する立場にあるということにあった。
なまじ向こうの腕が立つので、敵ではないと説明するだけの暇がない可能性がある。交戦の際、相手を傷つけないようにしなければ。
「アミ、さっさと行かないか。相手の様子を確認しに行ってきなさい」
「は、はい」
「大丈夫だ。吾輩の相棒が負傷撤退したと知れ渡ったら、吾輩の名誉にも傷がつく。きみが危なくなったら助ける」
「ありがとうございますっ!」
「あるいはきみが任務を放擲して失踪したと報告する為に跡形もなく消し飛ばすかもしれない。どちらにせよきみが敵に苦しめられることはない」
「あ、あああ、ありがとうございます……?」
アミは震えながらも、枝から枝へと機敏に移動した。そして密林の緑にその姿を溶け込ませる。オージアスは、アミが全て片付けてくれるならそれに越したことがないと考えつつも、あまり期待していなかった。E級英雄は良くも悪くも尋常の人間の範疇に収まる戦士たちだ。望外の戦果を要求するのが酷というもの。
それにしてもなぜこの任務にE級英雄など寄越したのか。足手纏いと言っていい。B級とE級を組み合わせるなんて、どうかしている。オージアスはぶつぶつ文句を言いながら、ゆっくりとアミの後を追った。
しばらく行くと、交戦の気配を感じ取った。数秒後、戦いが終わったことを悟る。オージアスは驚いていた。
「やるじゃないか、あの小娘」
オージアスが向かうと、6人の男女が服を剥かれて樹上から吊り下げられているのを発見した。鋼鉄製のワイヤが張り巡らされ、彼らはまるで巨大な蜘蛛の巣に引っ掛かり捕食されるのを待っているかのように、身動き一つできないでいる。
「あ、オージアス様。とりあえず捕まえておきましたよ」
アミが笑顔で言う。オージアスは頷いた。
「これはきみがやったのか?」
「はい。獣の狩りをするのと同じ要領で吊るしてみたんですけど……。ちょっと乱暴でしたかね?」
見たところ、6人に目立った外傷はなく、恐怖の感情が顔に張り付いている。オージアスはかぶりを振った。
「やり過ぎだとは思わないが……。下ろしてやれ。吾輩たちは彼らの敵ではないんだ」
「す、すみません。お話が通じなくって」
アミが手元のワイヤを操作すると、吊るされていた6人がゆっくりと地面に下りていった。着地と同時に拘束が緩む。6人はしかし、立ち上がろうともしなかった。アミとオージアスを交互に見比べ、自分たちが今後どう料理されるのか危惧しているようだった。
「安心したまえ、諸君。吾輩は諸君の味方だ」
オージアスは言う。
「オンバルルに降り立った巨人を駆逐する為に参上した、英雄派遣会社のB級英雄オージアス。そしてそこの不躾者はE級英雄のアミだ。英雄派遣会社の名は聞いたことがあるだろう?」
6人の顔は硬直したままだった。オージアスはその表情を探りながら喋っているが、ここにもやはり違和感を覚えた。
助けに来たというのに、この反応の薄さは何だ。もしや言語が違うのか? いや、幽体で助けを求めてきた魔術師の言語は、全世界の共通語たるオランデア語だった。その可能性は薄いが……。
「吾輩たちはまだこの地に降り立ったばかりだ。ゆえに情報が欲しい。きみたち、この地で何が起こったのか説明してもらえないだろうか」
オージアスの言葉に、6人は鉄仮面でもかぶったかのように無反応だった。警戒心のこもった眼差しを向けてくるのみ。
「喋りたくない、ということか。それならそれでいい」
オージアスは古今東西のあらゆる魔術、魔法、呪術を駆使する。どのような任務にも柔軟に対応できるその実力から、社員からの信頼も厚い。戦闘、調査、護衛、あるいは拷問といった仕事も、そつなくこなすことができる。
オージアスはアミを横目で見た。
「おい、アミ、ちゃんと証言してくれたまえよ」
「えっ?」
「色々と面倒なのだよ、禁呪の使用には制約がつく。任務遂行にどうしても必要だったと認定されない限り、仕事先での禁呪の使用は厳罰に処される」
「き、ききき、禁呪ですって? そんな、オージアスさん、何をするつもりなんですか」
「大袈裟だな、きみは。ちょっとここの連中の心の中を覗くだけだ」
オージアスは他人の心の中を覗き見ることができる。禁じられた呪術の一種である。元々は他人の精神を破壊あるいは洗脳する為の技術だが、それを応用してオージアスが使いやすく改良した。
「こ、心の中を……」
「この連中が黙秘するというのなら、心の中を覗き込むしかない。探知魔法によれば、この近くに他に生き残りはいないようだから……。仕方のないことだ、そうだろう?」
「そうかもしれませんが……」
「よし、決まりだな」
オージアスは6人に向き直った。そのとき初めて気付いたのだが、アミと喋っている間に、6人の表情が一変していた。
焦りと恐怖。汗をかき、少し震えている者もいる。
「やめてくれ」
一人の男が言った。彼からは相応の魔力を感じる。魔術を遣うことができるらしい。それだけに、オージアスの只ならぬ気配を察知し、今の言葉がただのハッタリではないことを確信したのだろう。
「心を読むことを、かね? だったら自分の口で状況を説明したまえ」
「それはできない」
「どういう意味だ」
「とにかくできない。やめてくれ。お願いだ、やめて……」
男の声がかすれた。オージアスは訝しげに思った。そして半秒後、オージアスは6人に取り巻く邪悪なオーラに気付いた。
気付くのが遅かった。男の表情の変化に気を取られ過ぎていた。慌てて6人を保護するべく光の防護壁を築こうと即席魔法を発動したが、間に合わなかった。6人を黒い靄が覆い、一斉におぞましい断末魔をあげた。
6人の顔色が一気に黒ずむ。血を抜かれたように全身が萎れ、異臭を放ちながら肉が溶けていった。アミが樹上で悲鳴を上げる。危うく地上に落ちそうになっていた。
「こっ、これはっ!?」
「死の呪いだな……」
オージアスは鼻を押さえながら言った。6人の男女は絶命し、当然のことながら、もう話を聞けなくなった。
「し、死の呪いですか?」
アミの質問にオージアスは頷いた。
「あらかじめ呪いをかけられていたんだろうな。一定の条件下になると発動するように仕掛けられていた……」
「事前に止められなかったんですか」
オージアスはじろりとアミを睨んだ。
「吾輩を責めているのかね?」
「とっ、とんでもないです!」
「これを仕掛けたのが、オンバルルの人間なのか、それとも巨人なのか定かではないが……。相当な手練れだな」
「巨人が呪いをかけるなんてこと、あるんでしょうか?」
「量は質を凌駕する。魔術の基本だ」
オージアスはしみじみと言う。
「人間一人では、一度に扱える魔力の量は限られている。基本的には術者の体重とその魔力の量は比例する。もちろん個人差が大きいがね。巨人ともなれば、それだけで多くの魔力を扱うことができることを意味する」
「そうなんですか……、へえっ。勉強になりました!」
アミが感心したように言う。
「巨人が相手なら、強力な魔術を遣うかもしれないんですね」
「まあ、巨人に相応の知性があれば、の話だがね」
「巨人が多くの魔力を扱えるというのなら、小人なんかだと、人間と比べて少ない魔力しか扱えないということなんですね」
「小人?」
「ああ、いえ、もしもそんなのがいるとしたらの話です」
アミが無邪気に言う。オージアスは頷いた。
「小人か。ふん、巨人からすれば吾輩たちが小人だろうだがな……。しかしこの近くに巨人の気配はないな。敵はどこにいるのか……」
「異世界からオンバルルに押し寄せてきたんですよね? もうとっくにどこかに行ってしまったのかも……」
「その可能性はあるな」
オージアスは6人の骸を直視し、じっと考え込んだ。この星には何か異様なことが起こっている。無残にも殺されたこの死体が、それを如実に物語っていた。




