『鳳山城郭破滅』
鳳山の港を血で染め上げた一万の海賊船団は、止まることを知らぬ怒濤の勢いで王宮へと押し寄せていた。
「門を閉じろ! 門を閉じろーーっ!」
王宮の外郭を守る重厚な鉄門の向こうで、新国軍の守備隊が悲鳴のような叫び声を交わしていた。 しかし、彼らがかんぬきを掛けようとしたその瞬間、セシリアが凄まじい脚力で石畳を蹴り跳び、門の隙間に鋭い突撃を打ち込んだ。
「遅いわよ!」
しなやかな体躯から繰り出された曲刀シミターの一閃が、門兵の喉元を正確に切り裂く。 鮮血が吹き飛ぶと同時に、背後に続いていた海賊の巨漢たちが肩を怒らせて鉄門へぶち当たった。
――ドォン!!
重厚な鉄門があっけなく内側へ跳ね飛ばされ、開かれた破口から、刺青を彫り込んだ荒くれどもが雪崩れ込んだ。
「ひ、ひぃぃっ! 悪魔だ! 海の悪魔どもが化けて出てきたぞ!」 「逃げろ! 王宮はもうおしまいだ!」
新国の兵たちは、正規軍の統制など影もなく、武器を投げ打って蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。彼らの前に立ちふさがるのは、苛烈な海上で命を張ってきた本物の無法者たちである。陸の平和にぬくぬくと浸っていた兵どもに、彼らの牙を受け止める術はなかった。
「ふふ、あっけないものね。これなら案外、日暮れ前には片がつきそうだわ」
セシリアは刃についた血を優雅に払い、腰に手を当てて不敵に笑った。 その背後からは、日傘を優雅に挿したセレスティア親王妃リゼリアが、優美な足取りで追いついてくる。侍女たちが掲げる長槍が、彼女の周りを完璧に護衛していた。
「セシリア、油断は禁物ですわ。崔厳という男、主君を弑逆して国を奪うほどの野心家です。追い詰められた鼠が何をするか分かりません」
リゼリアの落ち着いた声に、セシリアは「分かっていますわ、姉様」と可愛らしく舌を出した。
「でも大丈夫です! 港を落とした時点で、あいつの逃げ道は完全に潰しましたもの。あとは玉座の間へ上がり込んで、あの逆賊の首を美味しくいただくだけですわ!」
二人の貴婦人に率いられた一万の異形の大軍は、豪華絢爛な燕国の旧王宮を、踏み荒らしながら奥へ奥へと進んでいった。
◇
その頃、王宮の最深部――玉座の間。
重厚な扉を固く閉ざし、豪華な調度品や金銀の装飾品をこれでもかと積み上げて目張りをした部屋の中で、新王を騙る崔厳はガタガタと全身を震わせていた。
「馬鹿な……! なぜだ! なぜ海から軍が来る!?」
床に散らばる酒杯と豪奢な衣服の山。数時間前までの勝ち誇った笑みは霧散し、その顔には生気のない死人のような蒼白さが張り付いていた。
「崔厳様! もうダメです! 外郭も中庭も破られました! 敵の先頭はすでに玉座の間の前の廊下にまで達しております!」
側近の叫びに、崔厳は目を血走らせて相手の胸倉を掴み上げた。
「黙れ! 予は新国の王だぞ! 燕国を乗っ取り、帝国の皇帝アラリックをも返り討ちにした男だ! このような海賊どもの手によって倒されてたまるか! 兵を集めろ! 刺し違えてでも防ぐのだ!」
「し、しかし……兵たちは皆、武器を捨てて逃げ出しました! もう誰も残って……」
側近の言葉が途切れた。
――ドカァァン!!
豪快な爆発音とともに、玉座の間の重厚な装飾扉が、内側に積み上げられていた金銀の調度品ごと吹き飛んだのだ。
激しい木くずと煙が充満する中、崩れ落ちた瓦礫を踏みつけて歩み寄ってくる人影があった。
「あらあら、少々手荒な真似をしてしまいましたね。お掃除が大変そうですわ」
煙の向こうから現れたのは、優雅に日傘を畳む美しき女性――リゼリアであった。
そしてその傍らには、血に濡れた曲刀を肩に担ぎ、妖しく微笑む女海賊姿のセシリア。 その背後には、ギラギラとした欲望の目を光らせた海賊の荒くれどもが、びっしりと立ち並んでいた。
「な……女……!?」
崔厳は開いた口が塞がらなかった。 己の王国を滅ぼしにきた悪魔の軍勢の頭領が、うら若き極上の貴婦人と、妖艶な女海賊だったとは、夢にも思わなかったのだ。
「無礼者め……! 予を誰だと思っている! 新国の王、崔厳であるぞ! どこから湧いた泥棒猫どもか知らんが、予の前にひれ伏せ!」
狂乱した崔厳が、腰の宝剣を抜いて叫んだ。 だが、セシリアは退屈そうに欠伸を噛み殺すと、一瞬で踏み込んだ。
「声がうるさいよ、逆賊」
「ひぐっ……!?」
――閃光が一筋。
崔厳が掲げた宝剣は、指ごと高々と宙を舞った。 鮮血が天井を染め、崔厳は切断面を押さえて床に転がり回り、獣のような悲鳴を上げた。
「ぎゃあああああっ! 手が、予の指がぁぁぁっ!」
「静かになさい」
リゼリアが冷ややかな視線を見下ろした。彼女の侍女が、床に転がる崔厳の首筋に冷たい長槍の穂先を突きつける。
リゼリアは優美にドレスの裾を持ち上げると、床に崩れ落ちる崔厳の前に歩み寄った。
「貴方は大きな勘違いをなさっていましたわね、崔厳殿」
「な……なにを……」
「帝国の皇帝アラリック陛下を足止めし、陸の山道を塞げば安全だと思い込んでいらした。けれど……我が夫、セレスティア親王イリアード殿下の視界は、そのような小さな山国に留まってなどいません」
リゼリアの瞳に、深い誇りと愛しさが宿る。
「殿下は、この東海の海すべてを、セレスティアの庭としておさめていらっしゃいます。陸が塞がれているのなら、海から撃つ。至極当然の道理ではございませんこと?」
「あ……セレスティア……! あの湿地帯の……小僧が……!」
「敗者に見苦しい言い訳は不要ですわ」
リゼリアは冷たく言い放ち、セシリアに向かって頷いた。




