『銀蓮と双頭鷲の旗のもとに』
「セシリア。この者の首に首輪をつけて、犬として晒しなさい。新国という偽りの国の終わりを、全土に示します」
「はい、姉様!」
セシリアが曲刀シミターを高く掲げる。 崔厳の絶叫が玉座の間に響き渡り――そして、一瞬の静寂が訪れた。
燕国の主を殺し、国を乗っ取った不義の宰相・崔厳は、下着一枚に首輪をつけられ、四つん這いで歩かされることとなったのだ。
「あなたの名前は今日から『ポチ』ね。わかったの? 忠犬ポチ」
「ひ、ひぃぃ……っ!」
セシリアに足蹴にされ、崔厳は四つん這いのまま情けなく涙を流すのだった。
◇
王宮が陥落し、崔厳が首輪をつけられて鳳山の城門付近を四つん這いで歩かされているという報は、怒濤の波紋となって旧燕国全土へと広がった。
王都を奪われ、首魁を失った新国軍は完全に瓦解した。各所で足止めされていた守備隊や、山岳地帯に潜んでいた張魁の残党も、前後を断ち切られた絶望から次々と武器を捨てて降伏したのである。
そして――王宮陥落から五日後の朝。
鳳山の平原を、眩い黄金の光が照らし出していた。
南の街道から、地鳴りのような行進音が響いてくる。 先頭に立つのは、黒鉄の甲冑を纏った皇帝アラリック。そしてその傍らには、白馬に跨がるセレスティア親王イリアード。
ヘクスハイムの砦で不死鳥のごとく復活を遂げた帝国軍六千は、途中の敵の残党を蹴散らしながら、電撃的に鳳山へと到達したのだ。
「……あれが、燕国の王都か」
アラリックは馬上で目を細め、目の前に聳え立つ鳳山の巨大な城壁を見上げた。 城門の頂には、すでに新国の旗はなく、代わりに――セレスティアの「蓮の花」の軍旗と、帝国の「双頭の鷲」の旗が、仲良く風になびいていた。
「見事だな、イリアード」
アラリックは隣の弟を見て、苦笑混じりに呟いた。
「お前の妻たちが、海から一万の海賊を率いて王都を直接攻め落とすと聞いた時は、我が耳を疑ったぞ。余が陸で苦戦している間に、背後から国を一つ丸ごと飲み込んでしまうとは……」
イリアードは照れくさそうに微笑み、首を振った。
「僕も驚きました。リゼリアもセシリアも、僕の想像以上に大胆で……頼もしい妻たちです。ですが、これで無駄な流血を最小限に抑え、速やかに討伐を完遂することができました」
「ふん、お前という男はどこまでも計算高い」
アラリックの言葉には、先日の敗北の棘はもうなかった。 あるのは、困難を共に乗り越えた実の弟に対する、絶対的な信頼であった。
◇
城門が開かれ、中から軍勢が出迎えてきた。
先頭に立つのは、革の胸当てに曲刀を挿したセシリアと、華麗なドレス姿のリゼリアである。二人は皇帝と親王の前に進み出ると、優雅に頭を下げた。
「皇帝陛下、そしてイリアード殿下。お召し物のお手入れはお済みですか? 王宮の庭園は、すでに私どもの手で綺麗に清掃させておきましたわ」
リゼリアの優雅な挨拶に、アラリックは思わず破顔した。
「ハハハ! これは頼もしい義妹いもうとを持ったものだ! 親王妃リゼリア、そしてセシリアよ。其方たちの奇策と勇猛、帝国を救う大功であった! 朕ちんからも深く感謝する!」
アラリックは馬から下りると、二人に対して惜しみない賛辞を送った。 そして、イリアードのもとへ歩み寄ると、その肩を強く抱きしめた。
「イリアード。余の不覚から始まったこの親征だったが……お前と、お前の率いるセレスティアの力のおかげで、帝国の威信は保たれた。心から感謝する」
「勿体ないお言葉です、兄上」
イリアードもまた、兄の背中をしっかりと叩いた。
「僕はただ、兄上が戴くこのアルストラーナ帝国が、不義の徒によって踏みにじられるのが許せなかっただけです。……さあ、参りましょう。新しい燕王を擁立し、東方の秩序を立て直すときです」
そこへ、下着一枚で首輪をつけられ、四つん這いにされた崔厳が連れてこられた。
「陛下。これを陛下に上納させていただきます。名前は『ポチ』です。……これポチ! 陛下にご挨拶しなさい」
セシリアにチョンと足蹴にされた崔厳は、ボロボロと涙をこぼしながら叫んだ。
「わ、わんっ……!」
「おい、ポチ! ずいぶん余の手を煩わせてくれたものだな。お前をラーナに連れて帰るゆえ、楽しみにしておれ」
崔厳の顔を冷ややかに覗き込んだアラリックを、イリアードはさりげなく王宮へ案内した。
二人の若い英雄が手を携えて王宮へと足を踏み入れる姿を、後方で見守っていた帝国兵もセレスティア兵も、さらには海賊たちまでもが、割れんばかりの大歓声で祝福した。
「「「皇帝陛下万歳! セレスティア親王殿下万歳!!」」」 「「「アルストラーナ帝国万歳ーーーッ!!」」」
敗北のどん底から立ち上がり、海と陸からの鮮やかな挟撃によって成就された完全なる勝利。 その歓喜の声は、鳳山の空を突き抜け、東海の水平線へとどこまでも響き渡っていった。




