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車内

 先輩の腕が4本か5本くらい俺の身体に絡みついている。恐怖とかは今のところ感じないけれども、正直なところを言うと。


「先輩、重いです」


 主に追加の腕が。普通の人間としての腕より細く長く、先端がカギ爪のようになっている。とはいえただ硬くなっているだけという訳ではないので、ただの蜘蛛とも違うのだろうか? それとも蜘蛛の種類によってそうなっているのだろうか。とにかく人の腕よりも華奢に見えるが、随分と重量感がある。


「随分と失礼なことを言ってくれるね? 私だって、生まれて約20年、人として生きてきたんだ。常識とかに関しては、人間のほうが近い。というか獣帯としての知識はその『呼び名』くらいしかないんだよ?」


 先輩は人間の腕を使って、俺の首回りや頬、それから額を撫でてくる。体温はかなり低く、不健康さを感じさせるほどにひんやりとしている。人の腕のほうに関しては圧力がかかっていないのもあるが、こちらはおそらく蜘蛛の腕とは違い、普通の人間の腕と同じ重さだろう。


「あーあ、傷ついちゃったなー、これは何かお詫びを貰わなきゃだよなー?」


 明らかに演技っぽい言い方をしながら、先輩は俺の首回りを撫でまわしている。ヒゲの剃り残しを撫でられたり、唇を指先で撫でてきたり、なんというかセクハラではないだろうか。


「先輩が密着してくるから照れ隠しだってことに気付いてほしいですね?」


 先輩の言い方に返すように、こちらも大げさに、照れたフリだとわかるように顔を背ける。……もしかしたら、俺は本当に照れていたのかもしれないけれど、この方向を向いていたら鏡は見えないし、窓の反射ではあまりよく見えない。


「ふーん、そっかそっか。じゃあそういう事なら、食事に連れて行ってくれたら許してあげよう?」


 部長のクシャミと苦笑いの声が聞こえたが、先輩は無視して俺に絡みついている。おそらく助け船は期待できないだろう。


「金額的な都合であまり期待しないでくださいよ。バイトのほうだって、ある程度は貯蓄に回しておこうと思っていますし」


「ああいや、お金は私が出してもいい。なんなら実家のほうからそれなりの量の仕送りは貰っているしね? 私はただ一緒に食事をしてほしい。それだけだよ?」


 ウチに来て、マツリ達と一緒に料理を食べようとは言いにくい雰囲気である。


「……マツリの許可を取ったら、ですね」


「へ? あー……別に昼食でも良かったから、帰り時間とか気にする必要はなかったんだけれども……ふふん、そっかそっか。君は私とディナーに行ってもいいとは思ってくれているんだね?」


「まずい言質を取られてしまったのかもしれない」


「声に出していう事ではないだろうに……まあいいか、部長。夕方に少し車を出してくれると助かるよ」


 部長は何も言わず、片手を少しあげて親指を立てる。うん、もう何も言うまい。まあ逆に考えるなら、夕食代が浮いたととることもできるだろう。先輩が奢ってくれるというのも言っていたから、その言葉に甘えてしまおう。……いや、マツリに連絡は入れておかないと怒られてしまいそうだな。


「そういえば君はさ、どうしてあの子の事を受け入れることができたんだい?」


 話が終わったと考えたのだろうか、部長が声をかけてくる。その助け舟はもう少し早く欲しかった。


「あー、どういうことですか?」


「ほら、いきなり人外娘が家にいてさ、あなたを守るーだとか言われても。普通は警戒して通報したり、あるいは追い出したり信用できる人を探したり。素直に受け入れるのは難しいよねって話さ」


「んー、あー……そういう事ですか」


 そのことに関しては、少し思うところがないわけではないけれど。


「あの時のあの様子は、多少ふざけているとは思ったんですけれども。少なくとも、嘘を言っていたり、何かしらの冗談だったりはしない、という確信みたいななにかがあったんです」


「ふぅん……まあ、君はいろいろ変なのに好かれやすい性質みたいだし。その直感っていうのは、大正解の一等くじまで引き当てたわけだ」


「誰が変なのですか、誰が」


 先輩が部長に文句を言うが、笑ってスルーしていた。


 車はバイト先、即ち部長の家についた。

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