移ろい
また遅くなってしまいました。
私は人と妖怪の混血だった。混血といっても、両親のどちらかが、とかそういった直近の親族ではなく、曾祖母が絡新婦だったらしい。らしい、というのは会ったことがないからである。祖母がかなり元気なので、おそらく死んでいないんじゃないかとは思っている。まあ妖怪なので討伐されたのでは……と思ったこともあるが、直感でなんとなく大丈夫だと判断している。
祖母と母は外見上は普通の人間だった。2人とも年齢の割にはかなり若々しいが、人間からかけ離れた状態にはならなかった。隔世遺伝というやつなのだろうか。私は人間と蜘蛛、好きな時に好きな姿をとることができる。人間としても妖怪としても、好きな生命を生きられるということ……まあ人間としての常識や生活を学び、妖怪としては何一つ学んでいなかった。即ち、ただ寿命が長いだけの人間として生活するものだとばかり思っていた。健康診断では普通に人間だったし、まあ問題ない、そう考えていた。
彼に遭うまでは。
欲求が抑えきれなくなった。人間としての理性的な恋愛感情ではなく、獣の抑えがたい暴走のような欲求。肉欲とも食欲とも区別がつかないような渇望。
それでも妖怪としての胆力と、人間としての理性。それでなんとか、抑え込むことができていた。どうにかなっていた。執着していたとは思うが、それでも一応はなんとかなっていた。
彼が学友と飲み会を終えた後の日、彼が何者かに襲われたこと、それからさらに別の何者かが彼に憑いたことで。
自分の力の使い方を理解した。無自覚の枷がなくなった、と表現しても良いのだろう。
私は混血だった。だから妖精も魔神も、最初から干渉することができた。彼に危機感を感じさせるため。彼に先に憑いた女に対して、彼から離れるように仕向ける為。
彼を狙っているのは、私と彼に憑いたあの牛だけではない。そもそもの最初に、何者かが彼に向けて手を出していたはずだ。でなければ、彼と牛が関わるきっかけになった事件はそもそも起きていないはずなのだ。
私と、あの牛と、正体のわからない何者か。少なくとも3つが、彼を狙っている。
「で、わざわざ普段は来ない昼食時に声をかけてきて、何の用なんですか」
「いや、そうだな……あえて言葉にするのは恥ずかしいし、もしかしたら君が気づいてくれていたらよかったと思ったのだが……そうだな。私は君に惚れている。いや、惚れているという程度のものではないな。自分のものにするためには私の命も他者の命も何でも投げだせるという覚悟だ」
「……重すぎませんか?」
惚れているといわれた時点で吹き出すかと思ったし、そのあとの重すぎる宣言に咽そうになった。
「まあ、今君の隣にいる子は最後のライバルだからね。真っ先に殺すようなことはしないから安心してくれ」
今日はメイド服ではなく、この前に購入した私服を着ているマツリが一緒にいる。周囲からの視線をとんでもなく感じていたが、俺が隣にいたからだろうか、声をかけてくるような人はいなかった。
「物騒ですね、先輩」
「私以外にも物騒な輩に目をつけられているっていう事を自覚したほうがいい。そっちの乳牛にも守り切れるとは限らないだろう?」
「一部はあなたが犯人のような気もしますが」
「ちょっと黙っててくれよ。危害が及ぶようなことはしていないんだから。まあ先日のアレに関しては君のことを探しに行くのは想定外だったんだし……あんまり手の内を明かすつもりはない。そのかわり君たちの手の内を探るつもりはない」
「信用できるとでも?」
「してもらうつもりはないさ。ただの意思表明。あくまでも自分を抑えるためのね。私にとっての敵は……まあ、説明はあとでしよう」
先輩が横を見る。その視線の先を見る。
トラックのように大きな妖精がいた。粘土細工で作った顔を、アスファルトに擦り付けて破壊したような顔をしていた。顔しかなかった。
「部室は私の結界が張ってある。信用してくれるなら、2人ともついてきてくれるかい」
午後の授業、直近の1コマが休みで良かった。
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