036 熱射病は一晩苦しむ
あらすじ
奴隷として買われた後、2年暮らした開拓村ヘルウェイをあとにして移動中。
盗賊とか倒したけど、旅はまだまだ続く。
盗賊の接近に気づくのが遅れたダグラス団とヒーリアは正座でお説教された。
― 036 熱射病は一晩苦しむ ―
馬車での移動は、最初の二週間は順調だった。
お尻が痛くなったけど、それは我慢可能範囲だから良い。
砂漠地帯に差し掛かったあたりから僕的に限界が来た。
熱いのだ。
どうやら僕は暑さに弱いらしい。
っていうか汗がダラダラでるのが我慢ならない。
マリアお母様の所で暮らしたことで、贅沢になっていたようだ。
妹達もそろそろ辛くなってきてるのではないだろうか。
なのに…
ビレーヌも妹達も、隙を見ては僕の隣に座ってくるんだよね。
しかも、くだらないことを話しかけてくる。
僕は熱いの!
何もしたくないの!
今もなんかデルリカがくだらないことを散々話してきてる。
僕、すっごい生返事。
っていうか、ほっといてくれー。ぼーっとして何も考えられないよ。
「お兄ちゃん聞いてますの?お兄ちゃんはワタクシにだけ優しくないですわ。」
「そうなんだー。」
「お兄ちゃんはワタクシの事が嫌いですの?」
「そうなんだー。」
「…お兄ちゃん?お兄ちゃんはホモが大好きですわ。」
「そうなんだー」
ガタリと立ち上がるデルリカ。
マリアお母様の所にフラフラと歩み寄る。
「お母様、お兄ちゃんが壊れましたわ!どうしましょ!」
「安心なさい。長道は暑さで頭が働いてないだけですよ。夜になって寒くなれば元に戻ります。」
デルリカは<空間収納>から水筒とタオルを出すと、魔法でそれを凍らせ僕のおでこに押し付けてきた。
冷たい!
「気持ちいい!ひゃあ、冷たいって最高!」
デルリカが心配そうに覗きこんでくる。
「お兄ちゃん、大丈夫ですか?」
「あ、デルリカ。冷やしてくれてありがとう。デルリカも冷たいの使わなくて大丈夫かい?」
「正気に戻りましたのね。よかったですわ。先ほどお兄ちゃんは暑さのあまりホモ大好きとか言ってましたのよ。」
「そんなバカな!う、嘘でしょ!おかしいですよデルリカさん!」
里美を見る。
ニヤニヤしていた。
「言ってたよー。デルリカお姉ちゃんがホモ好きでしょって聞いたら、大好きーって答えてたよ。」
「マジか…、ヤバイな。夜になって寒くなったら暑さ対策を考えないと。」
デルリカがまた魔法でタオルを冷やしてくれる。
「お兄ちゃん、お顔が赤いですし目もトロンとしていましてよ。お水を飲んでください。魔法で風をおこしますので、涼んでくださいね。」
冷やしたタオルで一瞬覚醒したけど、また僕はぼーっとしだす。
頭も痛くなってきた。
涼しくしてもらって助かる。
「ありがとうデルリカ。デルリカには助けてもらってばっかりだな。可愛くて優しくて優秀で、僕にはもったいない妹だよ。」
頭を撫でた。
さわったらデルリカの頭が暑い。
この子よく平気だな。魔王だからか?
見ると、嬉しそうにほっぺたを赤くしている。
「お兄ちゃんがワタクシを褒めるのって初めてですわ。」
「うそー、いっつも可愛い可愛いって言ってると思うけどな。」
ジト目のマリアお母様と目があった。
「長道、あなたもしかして頭の中で考えたことと声に出したことの区別がついていないのですか?わたくしも長道がデルリカを褒めているところなんて見たことありませんよ。まあ、長道はいつもデルリカが可愛くてしょうがないって表情はしていたので、わたくしも何も言いませんでしたが。」
「マジっすか…。デルリカも康子も里美も、毎日褒めちぎってる気でいました。」
康子は余裕の表情だ。
「声には出ていませんでしたが、お兄様のお顔を見ればわかりましたから。」
さすが康子さん、フォローも流石です。
ビレーヌが必死な顔で近寄ってくる。
「わたくしの事はどのように思ってくださっていますか?」
「ビレーヌのこと?普通に可愛いんじゃないかな。」
デルリカの目に哀れみが浮かぶ。
「お兄ちゃん、それじゃビレーヌさんが可愛そうですわ。もっと言い方があるのでは?」
でも嬉しそうに「はい!普通に可愛くてうれしいです!」って言ってるからいいじゃん。
それにビレーヌは妹じゃないし。普通に可愛いくらいでしょ。
里美も後ろで「ビレーヌちゃんが不憫」とか言ってるけど気にしない。
しょせん9歳児。13~14歳くらいになったらイケメンに恋して「長道様、寿退社をさせていただきます。退職金をください。」とか言い出すはずだから。適度に距離を保たないとねえ。
デルリカに介抱してもらいながら過ごして夜になる。
まだ頭痛と吐き気がするけど、寝てはいられない。
あすも日が昇れば熱くなる。
だから夜のうちに対策を練らなくちゃ。
「高麗、デーク南郷。暑さ対策のモノを作りたいけど何かアイディアない?」
人工精霊の高麗がメイド姿で現れた。半透明で。
『長道様、何か作らなくても私が冷風を出しますが?』
「…高麗さん?だったらなんで昼間に僕がつらそうにしている時にやってくれなかったの?」
『命じられておりませんので。』
「はあ…、スマ子やエプロン子の半分くらいでいいから気が利いたら良いのに。まあいいや、じゃあ明日はお願いね。」
そういって高麗をみたら、両手で顔をおさえて消えていった。
次に、殺し屋のような目をした人工精霊、デーク南郷が出てくる。
デーク南郷は目さえ隠せば美少女だ。女子高生みたいな服装をしている。
『気が効かなかったのは俺も同じだ。』
いきなり出てきて何を言い出すんだろう?
「まあそうだね。まあ良いよ。明日は頼むよ。」
デーク南郷は僕を射殺しそうな目で、黙って睨み続けてくる。
ちょ、怒ったのか?
やめて、デークににらまれるとマジ怖いから。
「デーク、なんか言いたいことあるの?聞くよ、だからいきなり変な事とかしないでね。」
とくに射殺とかしないでね。
『気温調整の道具も作っておく。構わないか?』
「あ、うん。これからずっとデスシールで暮らすんだから今から道具もそろえておけると嬉しいな。素材は適当に使って。売るほどあると、なお嬉しいよ。」
スーっとデークも消えた。
ふう、無言で射殺されるかと思った。
テントの中でごろりとした。
「頭痛くて気持ち悪い。熱射病だなこりゃ。」
そこに里美が入ってきた。
「お兄ちゃん、夕飯持ってきたよ。まだ辛い?」
「ありがとう里美。気持ち悪くて食欲がないから少しでいいよ。」
すると、里美は食事のチャーハンみたいなものをスプーンで僕の口に運んできた。
「無理にでも食べないとだめだから。私が食べさせてあげるんだから残せないよ。」
長い黒髪を掻き上げながら微笑む。
幼女のくせに大人っぽいな。ちょっとドキッとしたかも。
諦めてパクリと口に入れる。
飲み込もうとすると喉が抵抗したが、なんとか飲み込んだ。
甲斐甲斐しい里美のお陰で一人前の食事を食べ終わると、気持ち悪くて横になる。
頭が痛いから目を開けているのもつらい。
目を瞑ると、里美は僕の隣で寝ころんだ。
「あのねお兄ちゃん。私がアイドルになるのを諦めたとき、ぜったいスーパーアイドルになれるって励ましてくれたのはお兄ちゃんだけだったんだよ。一生懸命に私へレッスンしてくれて、一生懸命アイドルについて研究してくれて、一生懸命プロデュースしてくれたの。」
「へー、僕は前世でも妹大好きだったんだね。」
「もう私の事が大好き過ぎだったよ。売れた後、私はいろんな人に作曲やプロデュースの誘いを受けたけど全部断ったの。お兄ちゃんの歌と演出以外だけに操をたてたんだから。」
「里美も大概にお兄ちゃん好きだな。」
「当然だよ。でもそれが正解だったと思うんだ。わたしが70歳まで歌姫でいられて世界中で売れたのは、お兄ちゃんが大好きで、お兄ちゃん以外の凡人と組まなかったからだと思うの。私の才能はお兄ちゃんに作られたもので、私のアイドル人生はお兄ちゃんの才能だったよ。」
「マジか。僕ってすごかったんだね。」
「お兄ちゃんは世界で一番すごかったよ。私に才能があったとしたら、お兄ちゃんだけを信じたことかな。私ね、私が売れてなかったとき、芸能界に適当な扱いをされた事を最後まで根に持ってたんだ。ただの小娘だった私がスーパーアイドルになれるって信じて一緒に走ってくれたお兄ちゃんこそ世界一の才能があったと思う。」
「べた褒めだな。」
「そうだよ、私にとって世界で一番凄くて大好きなのはお兄ちゃんだから。だから私はこの世界で何が起きてもお兄ちゃんを助けるから。だから安心してね。」
「そっか…。ありがとう里美。」
「暑さで辛かったのに気づかなくてごめんね…。」
「僕が自分でどうにかするべきだったんだから、里美が気にしないでよ。」
すると、何とも言えない笑顔が帰ってきた。
孫を見るお婆ちゃんみたいな笑顔。
「そんなこと言わないでよ。お兄ちゃんを支える妹っていうのも悪くないんだから。」
上手く言えないけど、里美が本心からそう言ってるのは分かった。
「そっか。じゃあ何かあったらよろしくね。」
「うん。」
僕にとって里美は、ただ可愛いだけの妹だけど。
里美にとっての僕は、ただのお兄ちゃんではないようだ。人生の恩人的な大きな存在らしい。
僕に記憶が戻れば、相応に対応してあげられるのに。
はやく失った記憶を取り戻したいと心底思った。
お読みくださりありがとうございます。
次回
デスシール騎馬帝国のオカマvs長道




