ぬくもり
見られるという行為は、僕にとって気持ちのいいことではない。
自惚れではなく、他人から見られるだけの功績は挙げているので、見られること自体はいい。
少なからず、あるはずの承認欲求も満たされる。
あまり承認欲求があるという実感はないが。
前提として、僕は個人主義で、人のことは割となんだっていい。
だから、見られることも、どうだっていいはずなんだけど…さすがに見られすぎると、鬱陶しく感じるものだ。
——黒い物体。
それは何が何だかわからないが、密集している。群れで生活しているのだろうか。生き物であれば。
黒いその物体は、目だけが存在していた。人間のような眼鏡をつけていたり、片眼鏡だったり、単眼だったり。
よくよく観察すると、流し目やつり目、たれ目なんかもある。一番多いのは流し目。
眼帯をつけているものを見かけた。
ものもらいだろうか、そいつは三つ目だったから一つくらい見えなくても、問題はなさそうだった。
一番多かったのは七つ目で、気持ち悪いなと思った。七つ目でも、目の形が統一されているわけではなく、たれ目やつり目があった。整形したら整えるのだろうか。そもそも整形という概念は、此奴らにあるのだろうか。
美醜感覚はどうなっているのだろう。
そもそも、意思があるか自体不明だけれど。
大きい目の黒い物体がいた。子どもなのだろうか。そいつが、黒色の眼帯をした時は、吹き出しそうになった。厨二病という概念が、此奴らにもあるのだと。
「最近楽しそうですね、家入さん」
そんなことを同僚に言われた。
どうも、僕は表情が顔に出やすい。変に思われただろうか。まあ、なんだっていいけれど。
僕は実験がしたいなと思った。
わからないことは、なんでも調べる質なので、図書館に行ったり、有休を使い、古い、そういう伝承があるところを訪ねたりもしていた。
祓いたいわけではない、ただ、知りたいという知的好奇心が僕の足を動かした。
それでもわからなかったので、僕にだけ起こった幻覚なのだろうかと思った。だって、他の人には見えないのだから。
だから、実験がしたくなった。
手袋を二重にし、黒い物体に触れた。
特に何もなさそうだが、念のため。
柔らかくて、ぶよぶよしている。
「なあ、お前たちは、どこで眼鏡とかを持ってくるんだ?」
不規則に瞬きをするだけで、そいつらは答えない。
当然だ、目しかないのだから。
「…目、くり抜いていい?」
僕が言うと、目に見えて焦っていた。
目は口程に物を言うとはこのことだ。
「…一つだけダメ?」
七つ目に交渉したが逃げられてしまった。
「交渉するのがいけないと思わないかい、厨二病?どうせ何も言わないのだから、勝手にしてしまってもいいと思うんだが」
黒い眼帯の子どもは、目を閉じた。
「いいってこと?」
黒い物体は、僕の腹に突っ込んできた。
ダメらしい。
「なるほど。意思があるんだな」
体当たりされた服を見た。
溶けているとか、そういうわけでもないらしい。
服に付着しているもので、調査をしてみたが、既存の有害物質はなさそうだ。
黒い物体に一日タオルを被せて、それから付着したものを見てみたが、やっぱりない。
長い時間触っていると害があるもの、というわけでもないらしい。
というより、『ない』のだ。
タオルにあるのは僕の指紋くらいで、此奴ら関連で付着するものはない。
やはり幻覚なのだろうか。
「家入さん」
例の同僚だ。同僚というか、後輩だな。
名を明智という。聡明そうな苗字だし、実際その通りで、おまけに顔もいい。
ただ、なんとなく態度が鼻についた。
「僕に何か用か?」
「家入さんの最近の動向を見ていて、思ったのですが」
「なんで僕を見てるんだよ」
「そりゃあ、みんなの憧れですから。家入さんは」
まあ、それを言われるだけの功績は、僕にはあるけど、此奴の言い方はなんとなく嫌味っぽかった。
「なんか…こう、黒い生命体、見えてます?」
「…何の話だ」
見えてると言ってもいいし、むしろ情報交換をしたかったが、同じものが見えているのが此奴と言うのも癪に障ったのでとぼけた。
「薬でもやっているんじゃないのか」
「最近やめました」
冗談に聞こえない。
「触れられないので幻覚だと思ったのですが、インターネットで、『最近』目撃情報が相次いでいたんですよね。だから、特定の人に見えるのではないかと」
インターネット。
そうか、僕はあんまり好まなかったけど、そういう手もあるのか。
「まあ、あなたが見えるかどうかはさておき」
絶対見えることわかってて言っているな、此奴。
「人呼んで、そいつらは『ぬくもり』というらしいです」
「…ぬくもり?」
「そいつらが人肌くらいに暖かったので、そうらしいですよ」
僕は二重に手袋していたから、触感くらいしかわからなかった。
やっぱり直に触っても問題ないのか。
というか、好奇心旺盛な奴が多いな。危ないとは思わないのか(ブーメラン)
「ぬくもりは…なんなんだろう」
「触感や温度があるので、幻覚ではないと思うのですが、何なのでしょうね」
「…」
一年後、仕事をやめた僕は、研究所を立ち上げた。
僕は金遣いが荒いほうではないし、実家もそこそこ裕福なので、立ち上げられた。
もちろん、ぬくもり研究施設だ。
「行動力すごいですよね、家入さん」
「お前、なんで着いてきたんだ?明智」
「あなたを尊敬しているからですよ」
変な奴に好かれてしまった。
僕と人間を繋いだのは、同じ種族の第三者の人間ではなく、第三者のぬくもりだった。
終




