第085話 三度目の用紙
三者面談は、九月十二日から十六日までだった。
八組は三十九人いる。五日で割ると、一日に八人ずつになる。
一人あたり二十分で、六時間目のあとから始まる。
僕は十四日の四番目だった。四番目というのは、待ち時間が長いほうになる。
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四番目なので、廊下で三十分ほど待った。
椅子が二つ並べてある。母が左で、こちらが右になる。
前の組の声が、扉の隙間から少し漏れた。中身までは聞こえない。
聞こえるのは、担任の声の高さと、笑い声が二回入ったことだけになる。
うちの二十分に、笑い声は一度も入らなかった。
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母は、九年ぶりに紺のスーツを着てきた。
九年ぶりというのは、写真で確かめた数だ。
最後に着たのは、僕の中学の入学式になる。そのときに買ったものだと思う。
思うだけで、訊いてはいない。
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スーツは、裾の丈が少し短くなっていた。
短くなるはずがないので、たぶん母のほうが変わっている。
肩のところが、前より合っていない。生地に、たたんだ折り目が一本残っていた。
その一本を、僕は昇降口で見ている。見て、何も言わなかった。
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母の靴は、黒いパンプスだった。
これも同じものになる。かかとの内側の革が、片方だけ剥げている。
廊下を歩くと、右のほうがわずかに高く鳴った。
その音で、こちらは後ろを振り返らなくても、どこにいるか分かる。
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面談室は、三階の小さい部屋だった。
机が一つあって、担任が向こう側に座る。こちらと母が並んで手前に座った。
立派な部屋ではない。机と椅子のほかに、棚が一つあるだけになる。
母は、鞄を膝の上に置いた。置いてから、両手を鞄の上で重ねる。
その形のまま、二十分ほとんど動かなかった。ちゃんと座っている。
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膝の上の鞄は、黒い革のものだった。
角のところが白くなっている。これも中学の入学式から使っている。
母の手は、その鞄の上できちんと重ねてあった。
右の親指の爪だけが、短く切ってある。台所で欠けたのだと思う。
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担任は、紙を三枚出した。
一学期の成績が一枚。模試の結果が二枚になる。
模試は五月と七月の二回で、どちらも封を切っていないほうが家にある。
学校には控えがある。控えのほうが先に開いていた。
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担任は、数をきちんと読み上げた。
一学期の順位が三〇一で、学年は三一八人いる。
五月の模試の偏差値が四十五・二で、七月が四十四・六になる。
第一志望の判定は、二回ともEだった。
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Eというのは、いちばん下の記号になる。
合格の見込みが二十パーセントに満たない場合につく。紙の隅に、小さくそう書いてある。
その説明を、担任は読まなかった。読まなくても分かるからだと思う。
母のほうが分かっていたかどうかは、こちらには出せない。
Eという記号を、そのとき恥ずかしいとは思わなかった。
思わなかったことのほうを、いま書いておく。
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母は、はい、と三回言った。
一回目は成績の紙のところ、二回目が模試のところになる。
三回目は、担任が顔を上げたときだった。
三回とも、同じ高さの声だった。高さが同じなのを、こちらは数えている。
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中学の面談では、母が答えていた。
佐久間先生が三度訊いて、二度は母が答えている。あのときは、母のほうが先に出た。
今度は出ない。担任が数を読んでいるあいだ、母は一度も口をはさまなかった。
はさまないでいることを、そのときは分かっていない。
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担任が、母のほうを見た。
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「お母さんは、どうお考えですか」
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「本人に任せています」
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母の声は、はい、のときと同じ高さだった。
嘘ではない。母は嘘をつく人ではない。
その日、母はそう思って言っている。思っているとおりに言うのが、この人のやり方になる。
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いつからですか、と訊こうとした。
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窓のところに、丸い時計が掛かっていた。
秒針の音が、部屋の中でいちばん大きい。誰も喋っていない時間があったからになる。
その時間が何秒あったのかは出せない。数えようとして、数字が出てこなかった。
出てこないのに、音のほうははっきり残っている。
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膝の裏が、椅子の縁に当たっていた。
当たっているところだけが熱い。ほかは冷たかった。
手のひらに、汗が出ている。制服のズボンで拭いて、また出た。
三回拭いた。三回目に、母がこちらを見ていないことを確かめている。
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担任が、用紙を一枚出した。
志望校を書く欄が三つある。四月のものと同じ形式になる。
もう一つ下も書いておきましょう、と担任は言った。
言い方は柔らかい。柔らかいので、断る形が作れなかった。
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僕は、その場で書いた。
第一志望は変えていない。第二と第三を、下へ動かした。
書くのに二分かからない。四月のときと同じ速さになる。
速く書けるのは、選ぶ手順が身についているからだ。
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書いた三つのうち、名前を口に出したことがあるのは一つも無い。
どれも紙の上でしか見ていない。行ったことも、写真を見たこともなかった。
どういうところなのかを、担任は説明しない。訊けば説明したと思う。
訊かなかったのは、訊いたあとで理由を言わされるからになる。
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三度目になる。
一度目が一年の十二月で、二度目が三年の四月だった。
三度とも、下を選んでいる。上へ動かしたことが一度も無い。
動かし方を、こちらは片側しか知らなかった。
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母は、その用紙を見ていない。
書いているあいだ、視線は机の木目のほうにあった。
見せなさいとも、何を書いたのとも言わない。
担任が受け取って、そのまま挟んだ。挟む音が一回した。
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面談は、二十分より少し短かった。
最後に、担任が体調のことを言う。夏の疲れが出る時期です、という言い方になる。
母は、ありがとうございます、と言った。四回目の声になる。
言うときに、しっかり頭を下げた。下げる角度が、正月に伯母へ挨拶するときと同じだった。
立ち上がるときに、鞄が膝から落ちかけて、母は片手で押さえた。
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帰りは歩いた。
学校から家まで、バスなら十二分になる。歩くと二十二分かかる。
母は、バス停の前をそのまま通り過ぎた。理由は言わない。
こちらも、乗りませんかとは言っていない。
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二十二分のあいだ、母は成績の話をしなかった。
した話は、二つある。千尋の吹奏楽のコンクールが十月にあること。
もう一つが、夕飯を何にするかだった。魚と肉のどちらがいいかを訊かれた。
魚と答えている。答えたのが自分の声だと、少し遅れて分かった。
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世間では、こういう帰り道で親が何か言うものらしい。
もっと頑張れとか、大丈夫なのとか、普通はそのあたりになる。
母は言わない。九年間、点のことで何か言われたことが一度も無い。
言われないのが、うちでは当たり前になっていた。
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その夜の夕飯は、鮭だった。
ほかに味噌汁と、ほうれん草と、切り干し大根が出る。皿の数は四つになる。
四つというのは、いつもと同じ数だ。増えても減ってもいない。
母は、いつもと同じ順で運んできた。運ぶ順まで同じだった。
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千尋が、面談どうだったのと訊いた。
母は、ふつうよ、と答えた。それで話は千尋のほうへ移る。
移し方が、正月に伯母と話すときと同じだった。
同じやり方を、こちらはこの家で何十回も見ている。数えたことは無い。
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父は、その日も遅かった。
面談があったことを、父は知っていたと思う。母が電話で言ったはずだ。
帰ってから訊かれてはいない。次の日も、そのあとも訊かれなかった。
訊かれないので、家の中で面談は起きなかったことになる。
Eのついた紙を出さないままにしておくのは、だらしないやり方になる。
だらしないと言われたことは無い。学校の控えがあるので、出す必要がそもそも無かった。
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紺のスーツは、次の日には掛かっていた。
廊下の、母の部屋の入口のところにハンガーで下がっている。
カバーが掛けてあった。中学の入学式のときも、同じカバーだったと思う。
三日ほどそこにあって、そのあと見えなくなった。
しまうところを、僕は見ていない。
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九月から十二月まで、母はあの日の数を一度も出さなかった。
三〇一も、四十四・六も、Eも、家の中では一度も出なかった。
出さないでいられるのは、忘れたからではない。母は数を覚えている人だ。
覚えていて、出さない。そのやり方を、この人は九年かけて身につけている。
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母は一度も、嘘をつかなかった。
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本人に任せています、というのも嘘ではない。
九年のあいだに、母が本人に任せた場面を、僕はいくつか挙げられる。
どの色の鉛筆にするか。どちらの塾のかばんを使うか。何時に寝るか。
挙げてみると、三つとも小さい。小ささのことを、そのときは考えていない。
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三度目も、下から選んだ。




