第082話 同じ教室
三年の教室割りは、四月六日の朝に貼り出された。
昇降口の右の壁で、紙が十枚並んでいる。理系が四クラス、文系が六クラスになる。
僕は八組だった。三十九人いる。
名簿の十九番目に自分の名前があって、二十番目が宮内遼になる。
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三年続けて同じクラスになった。
同じ組になる確率を、その場で出そうとした。
出しかけて、やめた。組の分け方が成績と教科でできている以上、くじではない。
くじでないものに確率を使うのは、間違ったやり方になる。
間違ったやり方だと分かったので、途中で手を止めた。
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席は名簿順だった。
僕の右のうしろが宮内になる。
二年のときは、いちばん遠い角にいた。話したのは、たぶん十回に満たない。
三年は近い。近いので、聞こえてしまうものが増えた。
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四月のあいだに配られた紙を、僕は数えている。
進路希望調査が一枚、模試の申し込みが四枚、年間の日程表が一枚。
奨学金の案内が二枚、学校推薦の説明が三枚、健康調査が一枚になる。
ほかに教科ごとの計画表が九枚あった。合わせて二十一枚だ。
二十一枚とも、宮内にも配られている。
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年間の日程表には、入試までの日数が印刷してあった。
四月六日の時点で、二百八十九日ある。
その数を見て、こちらは一日あたりの割り算をはじめた。
やる量を日数で割る。割ってから、割ったものをどうするのかが出てこない。
普通は、そこで一日ぶんに直して表にする。二年前なら、こちらもそうしていた。
表を作る手が、その日は動かなかった。
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宮内は、その紙を見ないでたたんだ。
たたんで、ファイルに入れる。ファイルは青くて、去年と同じものになる。
入れてから、前の席の人と部活の話をはじめた。
バスケットボールの予選が六月にある。三年は、そこまで続ける人が多いらしい。
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宮内は朝練に出ている。
週に四日で、始業の五十分前に体育館へ入る。
教室に来るときは、髪が濡れている日と、濡れていない日がある。
濡れている日のほうが多い。数えたのは四月の二十日ぶんで、十三日あった。
朝練のある日でも、しっかり寝ているように見える。授業で眠っているところを、三年で二回しか見ていない。
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数えている、と気づいたのは、五月に入ってからになる。
髪が濡れている日を数えても、こちらの使い道が無い。
二年前は使い道があった。四十分と十二分を並べて、差を出していた。
差を出して、そのあと何をしたのかを、いまは思い出せない。
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測るのをやめたのがいつからかは、はっきりしない。
やめようと決めた日が無いので、区切りが見つからなかった。
測る道具を、こちらはまだ持っている。持っているのに、当てる先が消えている。
当てる先が消えても、手のほうは動く。だから髪の乾き方を数えていた。
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宮内は、こちらのことを何も訊かない。
どこを受けるのかも、部活をやめたことも、三年のあいだ一度も話題に出ていなかった。
やめたのを知っているかどうかは、こちらには判断がつかない。
知っていて訊かないのか、知らないのかで、あの人の側には何も足されずに済む。
足されないでいられるのが、あの人のやり方だと思う。
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毎時間、プリントが前から回ってくる。
僕が受け取って、うしろの宮内へ渡す。
渡すたびに、はい、と言われる。声は小さい。毎回言う。
一日に六時間として、四月と五月で四百回を超えているはずだ。
数えかけて、途中でやめた。数えても、やはり当てる先が無い。
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こちらは、はい、を言えていない。
受け取るときに何も言わずに手だけ出す。それを二か月続けている。
言おうとした日が何日かあった。手が先に動いて、口が遅れる。
遅れているうちに、紙はもう向こうへ渡っている。
はい、を言えないのを、恥ずかしいと思ってはいない。
思っていないことを、五月に一度だけ確かめている。確かめ方は、口に出してみることになる。
誰もいない教室で、はい、と言ってみた。声は出た。出るのに、人がいると出ない。
出ない理由は、いまも書けないままだ。
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進路希望調査は、四月十三日が締め切りだった。
第一志望から第三志望まで、三つ書く欄がある。
僕は、去年の十二月に書いた紙を思い出して、そのまま同じ三つを写した。
写すのに二分かからない。考えたところが一つも無い。
二度目の用紙は、一度目より速く書ける。速く書けるのを、上達とは呼ばないと思う。
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宮内が何を書いたかは、見ていない。
見ようとすれば見えた。回収のとき、束の上から三枚目にあった。
見なかったのは、見たあとで何をするかが決まっていなかったからになる。
二年前なら、見て、並べて、差を出していた。
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三年の四月から、母が玄関へ出てくるようになった。
二年までは、台所から声だけがした。いってらっしゃい、の一言になる。
四月からは、廊下を歩く音がして、母が玄関に立っている。
立って、こちらが靴をはくのを見ている。何も言わない日が多い。
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足音は、台所から玄関まで七歩ぶんある。
速い日と、そうでない日があった。速い日のほうが、たいてい機嫌がいい。
九年前からそうだった。当てられるようになった時期は、覚えていない。
当てられることを、こちらは能力だと思っていない。家にいれば身につくものだと思っている。
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四月から五月までで、母が玄関に立たなかった朝は三日だけになる。
三日とも、千尋のほうに用があった日だ。
用があるときは来ない。用が無いときに来る。
その形が、二か月で一度も崩れなかった。
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なんで出てくるんですか、と訊こうとした。
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母は、行ってらっしゃい、を玄関でも言う。
台所から言っていたころと、言い方が同じだった。
同じ言い方を、こちらは十七年聞いている。聞いているのに、その日の声だけを思い出せない。
思い出せるのは、廊下の音のほうになる。
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母は、三年になったことについて何も言わなかった。
いよいよね、とも、大事な年ね、とも言っていない。
三年になれば、当たり前のように誰かが何か言うものだと思っていた。
言われなかった。担任も、四月の面談で成績の話をしない。
面談は一人あたり七分で、三十九人ぶんを二日に分けてやった。
世間では、こういう年の親はもっと何か言うものらしい。
予備校の保護者会の案内が来ていた。母は、それにも行かない。
立派な予備校ではない。駅の東口の、四階建ての小さいところになる。
保護者会は年に三回あって、三年は六月と九月と十一月にある。
二年のあいだも案内は来ていた。行かないのが、うちでは普通になっている。
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案内の紙は、台所の棚に立ててあった。
封を切ってある。読んではいる。
読んだうえで行かないのを、こちらは責める形を持っていない。
持っていないので、何も言わないままになった。
母は一度も、行ってやろうか、と言わなかった。
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五月の連休に、母が僕の机の上を拭いた。
参考書を一冊も動かしていない。積んである順のまま、下だけを拭いてある。
母はきちんと拭く人だ。台所も、風呂場も、隅のほうから先にやる。
やっているところを、こちらはあまり見ていない。見るのは、済んだあとの床になる。
積む順は、こちらが決めたものだった。決めた理由は、たぶん無い。
順を崩されていたら、気づいたと思う。崩れていないので、拭いたことに三日気づかなかった。
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教室では、宮内が窓ぎわで昼を食べる。
購買のパンが多い。二個か三個で、飲み物が牛乳になる。
こちらは弁当だ。母のつくったものを、教室のうしろのほうで食べている。
二年の秋から、弁当は小さいほうの箱になっていた。
小さいほうの箱でも、中はきちんと詰まっている。
三段に分かれていて、玉子焼きが二切れ、あとは前の日の煮物が入る日が多い。
残したことは無い。残すと、次の日に量が減る。減ったことに気づくのは、三日目くらいになる。
小さくなった理由を、母は言っていない。訊いてもいない。
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五月の模試は、五月二十一日にあった。
会場は学校で、三年の全員が受ける。八組は三十九人とも受けた。
同じ教室で、同じ時間に、同じ問題を解く。
解いたあとで、僕と宮内の紙は同じ封筒に入る。
同じ封筒に入って、同じところへ送られていく。
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結果は六月に返ってきた。
数は、ここには書かない。書かなくても、順に並ぶことは分かる。
並んだところで、二年前のように差を出す手が動かなかった。
動かないので、紙は封筒に入れたまま押入れへ入れた。
封を切らないままにしておくのは、だらしないやり方になる。
だらしないと言われたことは、九年間で一度も無い。言われる前に、こちらが切っていたからだ。
封を切っていない紙が、その年から溜まりはじめる。
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宮内は、いい人だ。
三年間、こちらを下に置いたことが一度も無い。
置かれていないので、返すものが出せない。二年前と、そこは何も変わっていなかった。
変わったのは、返せないことを気にしなくなったほうになる。
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同じ教室にいて、同じ紙を配られている。




