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自慢の息子  作者: 智珠
第五部 沈黙

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第077話 二時間が無くなる

 十月から、放課後に二時間が空いた。


 空いた、というのは、こちらの言い方になる。実際には、そこへ別のものが入った。


 入ったのは、机につく時間だ。


            *


 去年の二月に、僕はこう書いている。


 教室には順位がついた。予備校にも順位がつく。家には紙が残る。


 判定されない時間が、一日に二時間だけある。


 その二時間が、十月に無くなった。


            *


 机につく時間は、判定される時間だ。


 進んだページが数になる。解いた問題の数も数になる。数は紙に残って、順位へ変わる。


 走っていたときは、変わらなかった。日誌に書いても、それは順位にならない。


 同じ二時間が、行き先を変えただけだ。行き先が変わると、こちらの立ち方まで変わる。


            *


 十月の一日は、こういう形になった。


 朝に出て、授業を受けて、放課後は教室に残るか、図書室へ行く。


 二時間やってから、予備校のある日はそちらへ行く。無い日はまっすぐ帰る。


 帰って、風呂に入って、机につく。寝る時刻は、去年より遅い。


 この形に、判定されない場所が一つも入っていない。


            *


 図書室は、放課後に三十人くらい残る。


 学年は混ざっている。三年が多い。十月は受験の前で、席が埋まる。


 僕の席は、いつも同じ位置になる。窓から二列目の、いちばん奥だ。


 同じ席に座る人が、こちらを入れて四人いる。四人とも、決めたわけではないと思う。


 四人の並びは、四月から十月まで一度も入れ替わっていない。


            *


 窓の下がグラウンドになる。


 放課後になると、そこから声が聞こえる。長距離の三人は、コースのほうへ出るので声が遠い。


 短距離は近い。スタートの合図と、笛と、数を読む声が聞こえる。


 読んでいる数は、こちらの席まで届かない。届くのは、声のかたちだけになる。


            *


 その音を、僕は十月のあいだ毎日聞いていた。


 聞こえるのが困る、とは思わなかった。席を替えていない。


 替えられたはずだ。空いている席は、いつも五つか六つある。


 替えなかった理由を、こちらは書けない。


            *


 窓の外を見た回数を、僕は数えていない。


 数えるのをやめた癖が、こういうところにも来ている。


 見た記憶はある。何回見たかが出てこない。


 出てこないことに、そのころは慣れはじめていた。


            *


 走らなくなってから、寝つきが悪くなった。


 前は、布団に入って十分もかからなかった。疲れているからだと思っていた。


 十月からは、三十分や四十分かかる日がある。長い日はもっとかかる。


 時計を見ていないので、正確な数は無い。


            *


 疲れて眠っていたのだと、そのとき初めて分かった。


 自分で眠っていたのではない。身体のほうが勝手に止めていた。


 止めるものが無くなると、そこは自分でやることになる。


 自分でやり方を知らない。教わったことも無い。


 九年間、寝る時刻は表に書いてあった。書いてあるだけで、寝る方法は書いていない。


            *


 ちゃんと寝なさい、と言われていたら、たぶん同じだったと思う。


 言われても、方法は増えない。増えるのは、言われたという事柄だけになる。


 言われていないので、こちらは自分がだらしないのかどうかも決められない。


 決められないものは、そのうち考えなくなる。考えなくなったのが十月からだ。


 考えないでいるほうが、手順は回った。手順が回るあいだは、外から何も見えない。


            *


 体重は、十月のひと月で二キロ落ちた。


 五十八キロが五十六キロになる。量ったのは、風呂場のはかりだ。


 走らなくなって落ちる、というのは、こちらの中では話が合わない。


 合わないのに、数はそうなっている。合わない数を、僕はそのまま書き留めた。


            *


 母は、その月に僕の夕飯を少し増やした。


 弁当は減らしたのに、夕飯は増えている。二つが逆の方向へ動いた。


 言われていない。訊いてもいない。


 量ったのはこちらだけで、母は数を持っていないはずだ。持っていないのに、動かし方が合っている。


            *


 合っている、と書くたびに、僕は同じところで止まる。


 母は数を見ていない。見ているのは、皿の残り方と、顔と、たぶん袖の余り方になる。


 こちらは数しか見ていない。数しか見ていない人間が、数の合っている理由を説明できない。


 説明できないので、当たり前だということにしている。


            *


 母が皿を見る時間は、たぶん一秒もない。


 下げるときに、上から一度見るだけになる。それで残った量が入る。


 こちらは、答案を三回見て、順位を三回計算して、それでも分からない。


 同じ家の中に、二つのやり方が並んでいる。並んでいることに、その秋まで気づかなかった。


 気づいてからも、こちらのやり方は変えていない。


            *


 どこを見て決めてるんですか、と訊こうとした。


            *


 部室の前を通る道を、僕は十月から変えた。


 昇降口から校門まで、二つ道がある。短いほうがグラウンドの横を通る。


 長いほうは校舎の裏で、四十歩くらい遠い。


 十月からは、長いほうを歩いている。


 変えた日を、僕は覚えていない。ある日、そちらを歩いていた。


            *


 三浦とは、その月に三回すれ違った。四月からの半年で、通算十一回になる。


 三回とも、廊下になる。三回とも、向こうが先に気づいた。


 おう、と言われて、こちらは、うん、と返す。それで終わる。


 二年前の水道のところの話も、九月の廊下の話も、二人とも出さない。


 出さないのは、たぶん出す用が無いからになる。


            *


 岡田とは、十月に一度も会わなかった。


 同じ校舎にいて、一度もだ。学年が違うと、階が違う。


 会わないでいるのは難しくない。難しくないことに、こちらは少し驚いた。


 驚いた、という言い方が合っているのかどうかは分からない。ほかの言い方が出てこない。


            *


 十一月の予備校の確認テストで、教室の順位が二十三番に上がった。


 九月が二十六番なので、三つ上がっている。


 二時間ぶんが入って、三つになる。


 二十点空けて四つ下がったのと、だいたい同じ大きさだ。


 入れても出しても、この辺りでは同じくらいしか動かない。


            *


 その紙を、僕は机の右の端に置いた。


 置くと、朝には無くなって、夜には同じ位置に戻る。


 三つ上がったことについて、母は何も言わない。四秒見て、返してくる。


 下がったときと、上がったときで、見ている時間が同じになる。


 同じであることに気づいたのは、その十一月だった。


            *


 世間では、こういうときに何か言うのだと思う。


 上がったら、よかったね、と言う。テレビの家ではそうなっている。


 うちでは、上がっても下がっても四秒だ。四秒は正確な数ではない。数えたわけではない。


 数えていないのに四秒だと書けるのは、その長さが身体に入っているからになる。


 入っているものを、僕は九年かけて測ってきた。測って、どこにも使っていない。


            *


 十月の終わりに、机の上のものを並べ替えた。


 左に教科書、右に問題集、真ん中にノート。前から同じ並びだった。


 その並びを、一度だけ崩してみた。理由は無い。


 崩したまま、二日たった。二日目の夜に、元へ戻した。戻すのに三十秒かからない。


 戻したときのほうが、手が速かった。


            *


 ちゃんとやっている、という言い方は、その秋にもう出てこない。


 やっているかどうかを、こちらが判定できなくなっている。


 判定するには、数が要る。数はある。数はあるのに、動かない。


 動かない数を前にして、しっかりやっている、とは書けない。


 書けないので、何も書かないままにしていた。


            *


 立派にやっているように見えるのは、外側だけになる。


 起きる時刻は動かしていない。休んだ日も無い。提出物も出している。


 二年の四月から十月までで、遅刻が零、欠席が零、未提出が零だ。


 三つとも零のまま、順位だけが二八三にいる。


 零が三つ並んでいても、それは順位の紙に印字されない。


            *


 母は一度も、部活をやめたことに触れなかった。


 やめてよかったとも、続けたらとも言われていない。


 時間、どうするの、の一度だけになる。あれが最初で最後だった。


 最後だったと分かるのは、いま数えているからになる。そのときは分からない。


 分からないものを、こちらはその冬まで持ち歩いた。


            *


 十一月に入って、日が短くなった。


 図書室を出るころには、もう外が暗い。暗い中を、長いほうの道で歩く。


 校舎の裏には街灯が二つある。二つのあいだが、いちばん暗い。


 その暗いところを通るとき、足音が自分のぶんだけになる。


 二時間ぶんの音が、その秋から一つも聞こえなくなっていた。


            *


 判定されない時間は、一日にどれくらいあるかを数えた。


 電車の四十五分と、風呂の十五分と、寝る前の何分かになる。


 電車では単語をやる。片道で百二十語、往復で二百四十語になる。やるので、判定の側へ入る。


 風呂は入らない。寝る前も入らない。合計で二十分くらいだ。


 二時間が、二十分になった。


            *


 二十分では、足りるも足りないも分からない。


 分かるほど長くない。長さで足りるかどうかを測る癖が、こちらにはある。


 癖のほうが先に働いて、二十分という数だけが出た。


 出た数を、僕はその日のうちに書いた。書いた紙は、どこにもとってない。


            *


 せっかく空いたのに、という言い方は出なかった。


 空いたのはこちらの都合で、誰かがくれたものではないからになる。


 もらったものにしか、せっかく、は使えない。使い方だけは、きちんと入っている。


 入っているのに、使う場面が年々減っている。減った数は、やはり数えていない。


            *


 去年の二月には、判定されない時間が一日に二時間あった。


 空いた二時間に、判定が入ってきた。

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