第063話 二年目
一月二日に、母方の家へ行った。
九時十分に家を出て、着いたのは十時二十五分になる。二年前より五分遅い。
父が運転して、母が助手席にいる。僕と千尋が後ろだ。千尋は小学六年で、もう座布団を使わない。
道の混み方は毎年ちがう。着く時刻は、その年ごとに五分か十分ずれる。
ずれた幅を、僕は三年ぶん覚えている。覚えていて、使い道が無い。
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平屋で、玄関を上がると仏壇の部屋がある。
冬は線香のにおいだけになる。夏に混ざるものが無いぶん、においが強い。
座敷に石油ストーブが出してあった。点火のときに、かちかちと三回鳴ってから火がつく。
三回で決まっている。二回で点いた年は無いし、四回鳴った年も無い。
上にやかんが乗っていて、口から湯気が斜めに出る。出方は毎年同じになる。
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テレビは箱根駅伝の往路だった。
音は小さくしてある。画面の左上に、順位と、先頭との差が出る。差は秒で出た。
祖父は八時のスタートから見ている。ほかに誰も見ていなくても、テレビは点いたままになる。
その日の五区で、二人が入れ替わった。入れ替わったところを、僕は見ていない。
順位の数字が動いたあとで、画面に戻した。
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人は八人だった。
祖父、祖母、伯母、伯父、父、母、僕、千尋になる。
座る場所は毎年ほとんど同じだ。祖父がテレビの正面で、伯父がその右にいる。
テレビのいちばん近いところが、その日は空いていた。誰も座らない。
空いているのに、みんな前の年と同じところにいた。
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二年前は九人だった。
九人と八人の差を、僕は座布団の枚数で数えている。
座布団は八枚しか出ていない。押入れには、まだ何枚か入っているはずだ。
出す枚数を決めるのは祖母になる。祖母は数を間違えない。
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お年玉は三つもらった。
祖父から一万円、伯父から三千円、伯母から三千円だ。合わせて一万六千円になる。
二年前は祖父から五千円だった。高校生になると額が変わるらしい。
千尋は前の年と同じ額をもらっている。小学生のままだからになる。
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二年前、祖父から一万円をもらっていた人がいる。
高校二年生だった。その額を、今度はこちらが受け取っている。
受け取るときに、そのことを言う人はいない。
言わないのが正しいのかどうかを、僕はその場で決められなかった。
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封筒は、その場で開けずにポケットへ入れた。
開けずに入れるやり方を、僕は二年前に見ている。見て、覚えた。
覚えたことを、その日まで使う場面が無かった。
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額が上がったことを、僕は口に出していない。
千尋の前で出すのは、たぶん恥ずかしいことになる。世間ではそうなっていると思う。
思っているだけで、誰かにそう言われたわけではない。
言われていないものを避けるのは、こちらの癖だ。癖のほうが、決まりより早く働く。
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伯母は、その日よく喋った。
伯父の会社の話と、近所の道路の工事の話と、祖母の病院の話になる。
三つとも、名前が出てくる話だ。誰それさんが、という形で人が出る。
出てくる名前を、僕は数えていた。二時間で二十二人になる。
二十二人の中に、いない人が一人いる。
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伯母は、亮太くんの名前を出さなかった。
出さないのは、その年が二回目になる。
前の年も出なかった。前の年は僕が中学三年で、受験の話が中心だった。
中心だったので、そのときは気づいていない。気づいたのは、その年の一月二日だ。
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二年前に、伯母が一度だけ言ったことがある。
「亮太は、いまちょっとね」
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あのとき、そのあとを誰も訊かなかった。
僕も訊いていない。訊かないまま、二年たっている。
二年たつと、訊く場面が無くなる。無くなったものは、無かったのと同じ形に見える。
同じ形に見えるだけで、同じではない。座布団は一枚少ない。
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いま、どうしてるんですか、と訊こうとした。
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昼に雑煮が出た。
餅は二つずつ入っている。二年前に三つ食べた人がいて、伯母がおかわりを取りに立った。
その日は、誰もおかわりをしなかった。鍋に残ったぶんは、夕方に祖父が食べたらしい。
らしい、というのは、僕はそのとき帰りの車の中にいたからになる。
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餅を焼く音は、台所から聞こえる。
網の上で膨らんで、割れるときに、ぱん、と鳴る。鳴る回数は焼いた数と合わない。
膨らまずに終わる餅がある。その日は八つ焼いて、鳴ったのは五回だった。
数えたのは、こちらだけだと思う。
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普通は、正月に親戚が集まると話すことがあるものらしい。
テレビで見る正月の家は、みんな喋っている。喋る材料がどこにあるのかが分からない。
うちの側は、父がほとんど喋らない。母は台所にいる。僕はテレビを見ている。
千尋だけが、祖母の横に座ってしっかり話し相手をしていた。
誰に教わったのかを、僕は知らない。教わっていないのだと思う。
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台所には、母と伯母と祖母が立っていた。
母は洗う係で、伯母は拭く係になる。祖母は座って指示を出す。
順番が毎年決まっている。決めた人がいるはずだが、誰も言わない。
母と伯母は、洗いながらほとんど喋らない。喋るのは祖母と伯母だけになる。
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母の手は、水に入れるとすぐ赤くなる。
伯母の手はならない。同じ水に、同じ時間つけている。
母は途中で二回、手を拭いた。拭いてから、また入れる。
拭くのに使うのは、自分で持ってきたタオルだった。家のふきんは使わない。
持ってくることを、母は誰にも言っていない。鞄から出すのも、台所へ入ってからになる。
きちんと畳んだまま入れてあって、使ったあとも同じ形に畳んで戻す。
その手つきを、僕は台所の入口から見ていた。見ていたことは言っていない。
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一時ごろに、伯母が僕のほうを向いた。
「秀真くんは、どこ受けるの」
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母は答えなかった。
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まだ一年生だから、とだけ言った。
それから話を千尋のほうへ動かした。千尋の中学の制服の話になる。
伯母は、そう、と言って、そちらへ移った。移ってから、戻ってこない。
僕は何も言っていない。言う前に、話が二つ先へ行った。
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訊かれて、母が答えなかったのは、その日が初めてになる。
前の月の面談では、一秒で答えている。あのときは正しく答えた。
今度は答えない。答えないほうが正しい場面がある、ということになる。
どちらの場面かを、母は間違えない。
間違えないやり方を、僕はまだ持っていない。
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母は一度も、姉の家のことを家で話さない。
伯母の名前が、うちの食卓に出たことが無い。正月と盆の前に、行く行かないの話が出るだけになる。
行くと決めるのは母だ。行かないと決めた年も、理由は言わない。
言われていないので、こちらは訊かない。訊かないのが、この家の当たり前になっている。
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夕方に、伯父が僕に一つだけ訊いた。
部活をやっているのか、という質問だった。陸上です、と答えた。
伯父は、そうか、とだけ言って、それ以上訊かない。
訊かないのに、二年前と同じ言い方だった。二年前は、走ってるのか、と言われている。
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二年前の正月に、僕は八百メートル走った。
千尋が手袋を落として、神社の階段の下まで取りに戻ったからになる。
走るところを見ていたのは、一人だけだ。
その一人が、その年はいない。
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帰りの車で、千尋が寝た。
家まで一時間十五分かかる。千尋は最初の二十分で寝ている。
僕は起きていた。窓の外に、二年前と同じ順で店が流れる。
途中の一軒が無くなっていた。何の店だったかは出てこない。
建物は残っている。看板だけが外してあった。
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家に着いたのは五時十分だった。
母は着いてすぐ台所に立った。夕飯は、祖母から持たされたものが半分入る。
持たされたぶんを、母は一度も断らない。断らないので、正月の三日ぶんは献立が決まる。
決まっているほうが楽なはずだ。楽そうにしているところは、見たことがない。
せっかく持たせてもらったのに、と母が言ったことは一度も無い。
言わないので、こちらも何も言わない。二人とも黙って三日ぶん食べる。
立派な親戚づきあいだと、外からは見えるのだと思う。
中にいると、当たり前の手順が並んでいるだけになる。
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その夜、冬期講習の残りをやった。
講習は十二月二十六日から一月七日までで、休みは二日と三日の二日だけになる。
十三日のうち十一日が講習で、一日が七時間ある。合計で七十七時間だ。
九時から十一時までになる。予定より三十分長くなった。
長くなったぶん、寝る時刻がうしろへ動いた。動かした回数を、その日から数えなおしている。
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名前を出さないというのは、たぶん決めごとではない。
誰かが決めて、伝えたわけではないと思う。
出さないでいるうちに、出す場所が無くなる。無くなると、出す人が誰もいなくなった。
うちの中で三浦や小柳の名前が出ないのと、形としては同じになる。
同じ形が、二つの家で同時に動いている。
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名前が出なくなってから、二回目の正月になる。




