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自慢の息子  作者: 智珠
第四部 身の程

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67/105

第062話 理系

```

東雲高等学校 第一学年 文理選択希望調査(一次)


                       

提出 

十二月十二日(金)まで


一年 四組 二十一番  氏名 高梨 秀真


1 二年次の類型    

文系 ・ 理系 ・ 未定


2 志望する分野    

工学


3 現在の志望校    

未定


4 保護者と相談しましたか    

はい ・ いいえ


5 面談の希望     

希望する ・ 希望しない

```


```

東雲高等学校 第一学年 文理選択希望調査(二次)


                       

提出 

一月二十三日(金)まで


一年 四組 二十一番  氏名 高梨 秀真


1 二年次の類型    

文系 ・ 理系 ・ 未定


2 志望する分野    

工学


3 現在の志望校    

未定


4 保護者と相談しましたか    

はい ・ いいえ


5 面談の希望     

希望する ・ 希望しない

```


 文理選択の調査は、二回ある。


 一次が十二月で、二次が一月になる。あいだに冬休みが入る。


 一次で書いたものを、二次で変えてもいい。変える人がいるから二回あるのだと思う。


 僕は二回とも同じことを書いた。字の大きさまで同じだった。


            *


 用紙が配られたのは十二月八日の月曜だった。


 六時間目の終わりに、二枚ずつ回ってくる。一枚が本人用で、一枚が控えになる。


 控えは家に置いておくものらしい。家のどこに置くのかは、説明が無かった。


 僕の控えは、机の引き出しに入っている。いまも入っている。


            *


 理系と書いた。


 書いたのは、その日の夜になる。九時四十分から十時までのあいだだ。


 迷った時間は、たぶん一分も無い。


            *


 迷わなかった理由を、僕はいまも説明できない。


 数字の上では、文系のほうが有利になる。


 十一月の中間で、国語は八十一番だった。数学は二三〇番だ。


 差は百四十九ある。百四十九というのは、こちらが見てきたどの差よりも大きい。


 それでも理系と書いた。手が先に動いている。


            *


 どこかで聞いたのだと思う。


 四月の志望校のときは、三つとも出所が言えた。誰がいつどこで言ったかまで出てくる。


 理系のほうは、出所が出てこない。


 出てこないというのは、聞いていないという意味ではないと思う。


 入っているのに、入口が分からない。分からないものを、僕は自分の希望として書いた。


            *


 父が理系だったのかどうかを、僕は知らない。


 何をしている人かは知っている。会社の名前も、部の名前も言える。


 その部が、どういう仕事をするところなのかは説明できない。


 訊いたことが無い。訊く場面が無かった、という言い方をしたくなる。


 したくなるだけで、場面が無かったわけではない。同じ家に十六年いる。


            *


 父は、その用紙を見ていない。


 控えは机の引き出しにある。父はこの部屋に、ここ何年か入っていない。


 入らないのは、入る用が無いからになる。用が無いというのは、こちらの言い方だ。


 向こうの言い方を、僕は聞いたことがない。


            *


 その用紙の控えは、いま手元にある。


 右下の、面談の希望の欄に、丸を消した跡がある。


            *


 消したのは僕だ。ほかに触った人がいない。


 いつ消したのかも、何のつもりで丸をつけたのかも、出てこない。


 消しゴムで消してあって、紙が少し毛羽立っている。強くこすったのだと思う。


 二次のほうには、跡が無い。


            *


 三者面談は十二月十六日だった。


 時間は四時十分からで、一人あたり十五分になる。


 僕の前が三時五十五分の人で、後ろが四時二十五分の人だ。廊下の椅子に二人ぶん並んでいる。


 母は三時四十分に来た。二十分早い。


            *


 母は、その日、灰色のコートを着ていた。


 中学の三者面談のときと同じものになる。三年で二回しか出てこない服だ。


 髪をうしろでまとめていた。まとめるのに使うピンが、二本ある。


 二本とも同じ位置に入る。位置が変わっているのを、僕は一度も見たことがない。


            *


 面談室は、家庭科室の隣の小さい部屋だった。


 石油ストーブが一つある。入ってすぐは、上着を着たままのほうが寒くない。


 机をはさんで、こちらが二人、向こうが一人になる。


 椅子は三つとも同じ形だ。担任の椅子だけ、少し高い位置にあった。


 ストーブの上のやかんが、途中から鳴りはじめた。


 鳴りはじめてから、担任が立って火を弱めた。弱めるあいだ、誰も喋らない。


 こちらはコートを膝に置いていた。膝の上が、しばらくして熱くなる。


 背中には汗が出ていた。出ているのに、指の先だけが冷たいままになる。


            *


 担任は、成績の紙を先に出した。


 十一月の中間の順位と、二学期の平常点が並んでいる。


 一九一という数を、母は面談室で見た。家では見ていない。


 見てから、何も言わなかった。担任も、その数について長く話さない。


            *


 「高梨は、どっち考えてる?」


            *


 訊かれたのは一回だった。


 口を開くまでに、一秒くらいある。一秒あった。


 その一秒のあいだに、母が、理系です、と言った。


            *


 担任は、うん、とうなずいた。


 それから母のほうを見て、話を続けた。二年からのクラスの分かれ方と、教科書の話になる。


 僕には、そのあと一度も訊かなかった。


            *


 中学の三者面談では、三度訊かれて、二度は母が答えた。


 今度は一度訊かれて、一度取られた。


 三分の二が、二分の二になる。割合としては上がっている。


 上がっているのに、こちらは楽になった。楽になったことのほうを、僕はよく覚えている。


            *


 母の答えは、間違っていない。


 僕は理系と書いている。用紙は前の週に出してある。母はその控えを見たはずだ。


 見たとは言われていない。見たかどうかも訊いていない。


 訊いていないのに、母は正しく答えた。正しいので、こちらから足すことが無い。


            *


 面談は十四分で終わった。


 一人十五分の枠で、一分余っている。


 余った一分に、担任は、部活は続けるのか、と訊いた。


 訊いたのは僕にだ。続けます、と答えた。


 母は、そこでは何も言わなかった。


            *


 続けますと言ったのは、二回目になる。


 一回目は中学一年の四月だった。あのときも、なんで、とは訊かれていない。


 二回目も訊かれない。訊かれないので、二回とも同じところで止まっている。


 止まっているものを、僕は二年半持ち歩いた。


            *


 部活のことは、書かなくていいんですか、と訊こうとした。


            *


 帰りは、母と二人で歩いた。


 学校から駅まで、十二分かかる。四時半を過ぎて、もう暗い。


 母は、先生、若かったわね、とだけ言った。


 進路の話は出ない。順位の話も出ない。


            *


 駅の手前のコンビニで、母は肉まんを二つ買った。


 一つずつ持って、歩きながら食べた。


 母は、歩きながらものを食べる人ではない。行儀が悪いと言ったことがある。


 その日は言わなかった。言わないまま、二人とも駅まで食べ終わっている。


            *


 肉まんの紙は、僕が二枚とも持って帰った。


 母が手を出して、こちらの一枚を受け取ろうとした。渡さなかった。


 渡さなかった理由は、そのときも分からない。


 家に着いてから、二枚とも捨てた。捨てる音が、いつもより大きく聞こえた。


            *


 母は一度も、文系にしなさいとは言わなかった。


 理系にしなさい、も言われていない。九年間、進路について命令を受けたことが一度も無い。


 言われていないのに、書いたものは母の口から出てきた。


 出てきたときに、こちらが違います、と言う場面は作れた。作らなかった。


 作らなかったのは、間違っていなかったからになる。


            *


 世間では、こういうところで親と揉めるものらしい。


 揉めた話を、教室で聞いたことがある。文系にしたいのに、親が理系と言う、という形だ。


 揉めるためには、両方が別のものを持っていないといけない。


 こちらは、持っているものが一つしかない。それも、どこから来たのか分からないものになる。


 揉めなかったことを、ちゃんとしていると言う人もいると思う。


 立派だと言う人もいるかもしれない。どちらも当たっていない気がする。


 気がする、で止まっている。止まったまま、その冬が終わった。


            *


 小柳は文系だと、あとで聞いた。


 教室でそういう話が出るようになったのは、一月に入ってからになる。


 宮内は理系で、どちらでもよかったらしい。理由は言わなかった。


 三浦の文理を、僕は知らない。部活で成績の話をしないので、出てこない。


 出てこないままで、こちらは何も困らなかった。


            *


 冬休みの表を、僕は十二月二十日に書いた。


 三枚目になる。四月のと、夏休みのの上に重ねて貼った。


 三枚重なっていると、いちばん下の四月のぶんが厚みで浮く。


 浮いているところを、母が指で押した。押しただけで、何も言わない。


            *


 その夜、母が階段を上がってきた。


 上がってくるのは珍しい。足音は遅いほうだった。


 部屋の前で止まって、そのまま下りていった。ノックは無い。


 何をしに来たのかを、僕はいまも知らない。訊けば済んだ。


            *


 二次の用紙を書いたのは、一月十九日だった。


 一次の控えを机に置いて、横に並べて書いた。


 並べる必要は無い。覚えている。それでも並べた。


 同じことを書くのに、二枚を見比べながら書いている。


 書き終わって、二枚が同じになっているのを確かめた。確かめるのに、四回見た。


 四回見て、同じだったことに安心した。安心する理由が無いのに、そうなる。


 きちんと同じであることが、こちらでは正しさの形になっている。


            *


 変えるところが無い、というのは、決まっているという意味ではない。


 変えるための材料を、こちらが一つも持っていないという意味になる。


 持っていないので、動かしようがない。動かないものは、決まっているように見える。


            *


 あの部屋には三人いた。


 訊かれたのは僕で、答えたのは母だ。うなずいたのは担任になる。


 三人いて、決めたのは一人だ。二度目になる。

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