第062話 理系
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東雲高等学校 第一学年 文理選択希望調査(一次)
提出
十二月十二日(金)まで
一年 四組 二十一番 氏名 高梨 秀真
1 二年次の類型
文系 ・ 理系 ・ 未定
2 志望する分野
工学
3 現在の志望校
未定
4 保護者と相談しましたか
はい ・ いいえ
5 面談の希望
希望する ・ 希望しない
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東雲高等学校 第一学年 文理選択希望調査(二次)
提出
一月二十三日(金)まで
一年 四組 二十一番 氏名 高梨 秀真
1 二年次の類型
文系 ・ 理系 ・ 未定
2 志望する分野
工学
3 現在の志望校
未定
4 保護者と相談しましたか
はい ・ いいえ
5 面談の希望
希望する ・ 希望しない
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文理選択の調査は、二回ある。
一次が十二月で、二次が一月になる。あいだに冬休みが入る。
一次で書いたものを、二次で変えてもいい。変える人がいるから二回あるのだと思う。
僕は二回とも同じことを書いた。字の大きさまで同じだった。
*
用紙が配られたのは十二月八日の月曜だった。
六時間目の終わりに、二枚ずつ回ってくる。一枚が本人用で、一枚が控えになる。
控えは家に置いておくものらしい。家のどこに置くのかは、説明が無かった。
僕の控えは、机の引き出しに入っている。いまも入っている。
*
理系と書いた。
書いたのは、その日の夜になる。九時四十分から十時までのあいだだ。
迷った時間は、たぶん一分も無い。
*
迷わなかった理由を、僕はいまも説明できない。
数字の上では、文系のほうが有利になる。
十一月の中間で、国語は八十一番だった。数学は二三〇番だ。
差は百四十九ある。百四十九というのは、こちらが見てきたどの差よりも大きい。
それでも理系と書いた。手が先に動いている。
*
どこかで聞いたのだと思う。
四月の志望校のときは、三つとも出所が言えた。誰がいつどこで言ったかまで出てくる。
理系のほうは、出所が出てこない。
出てこないというのは、聞いていないという意味ではないと思う。
入っているのに、入口が分からない。分からないものを、僕は自分の希望として書いた。
*
父が理系だったのかどうかを、僕は知らない。
何をしている人かは知っている。会社の名前も、部の名前も言える。
その部が、どういう仕事をするところなのかは説明できない。
訊いたことが無い。訊く場面が無かった、という言い方をしたくなる。
したくなるだけで、場面が無かったわけではない。同じ家に十六年いる。
*
父は、その用紙を見ていない。
控えは机の引き出しにある。父はこの部屋に、ここ何年か入っていない。
入らないのは、入る用が無いからになる。用が無いというのは、こちらの言い方だ。
向こうの言い方を、僕は聞いたことがない。
*
その用紙の控えは、いま手元にある。
右下の、面談の希望の欄に、丸を消した跡がある。
*
消したのは僕だ。ほかに触った人がいない。
いつ消したのかも、何のつもりで丸をつけたのかも、出てこない。
消しゴムで消してあって、紙が少し毛羽立っている。強くこすったのだと思う。
二次のほうには、跡が無い。
*
三者面談は十二月十六日だった。
時間は四時十分からで、一人あたり十五分になる。
僕の前が三時五十五分の人で、後ろが四時二十五分の人だ。廊下の椅子に二人ぶん並んでいる。
母は三時四十分に来た。二十分早い。
*
母は、その日、灰色のコートを着ていた。
中学の三者面談のときと同じものになる。三年で二回しか出てこない服だ。
髪をうしろでまとめていた。まとめるのに使うピンが、二本ある。
二本とも同じ位置に入る。位置が変わっているのを、僕は一度も見たことがない。
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面談室は、家庭科室の隣の小さい部屋だった。
石油ストーブが一つある。入ってすぐは、上着を着たままのほうが寒くない。
机をはさんで、こちらが二人、向こうが一人になる。
椅子は三つとも同じ形だ。担任の椅子だけ、少し高い位置にあった。
ストーブの上のやかんが、途中から鳴りはじめた。
鳴りはじめてから、担任が立って火を弱めた。弱めるあいだ、誰も喋らない。
こちらはコートを膝に置いていた。膝の上が、しばらくして熱くなる。
背中には汗が出ていた。出ているのに、指の先だけが冷たいままになる。
*
担任は、成績の紙を先に出した。
十一月の中間の順位と、二学期の平常点が並んでいる。
一九一という数を、母は面談室で見た。家では見ていない。
見てから、何も言わなかった。担任も、その数について長く話さない。
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「高梨は、どっち考えてる?」
*
訊かれたのは一回だった。
口を開くまでに、一秒くらいある。一秒あった。
その一秒のあいだに、母が、理系です、と言った。
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担任は、うん、とうなずいた。
それから母のほうを見て、話を続けた。二年からのクラスの分かれ方と、教科書の話になる。
僕には、そのあと一度も訊かなかった。
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中学の三者面談では、三度訊かれて、二度は母が答えた。
今度は一度訊かれて、一度取られた。
三分の二が、二分の二になる。割合としては上がっている。
上がっているのに、こちらは楽になった。楽になったことのほうを、僕はよく覚えている。
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母の答えは、間違っていない。
僕は理系と書いている。用紙は前の週に出してある。母はその控えを見たはずだ。
見たとは言われていない。見たかどうかも訊いていない。
訊いていないのに、母は正しく答えた。正しいので、こちらから足すことが無い。
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面談は十四分で終わった。
一人十五分の枠で、一分余っている。
余った一分に、担任は、部活は続けるのか、と訊いた。
訊いたのは僕にだ。続けます、と答えた。
母は、そこでは何も言わなかった。
*
続けますと言ったのは、二回目になる。
一回目は中学一年の四月だった。あのときも、なんで、とは訊かれていない。
二回目も訊かれない。訊かれないので、二回とも同じところで止まっている。
止まっているものを、僕は二年半持ち歩いた。
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部活のことは、書かなくていいんですか、と訊こうとした。
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帰りは、母と二人で歩いた。
学校から駅まで、十二分かかる。四時半を過ぎて、もう暗い。
母は、先生、若かったわね、とだけ言った。
進路の話は出ない。順位の話も出ない。
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駅の手前のコンビニで、母は肉まんを二つ買った。
一つずつ持って、歩きながら食べた。
母は、歩きながらものを食べる人ではない。行儀が悪いと言ったことがある。
その日は言わなかった。言わないまま、二人とも駅まで食べ終わっている。
*
肉まんの紙は、僕が二枚とも持って帰った。
母が手を出して、こちらの一枚を受け取ろうとした。渡さなかった。
渡さなかった理由は、そのときも分からない。
家に着いてから、二枚とも捨てた。捨てる音が、いつもより大きく聞こえた。
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母は一度も、文系にしなさいとは言わなかった。
理系にしなさい、も言われていない。九年間、進路について命令を受けたことが一度も無い。
言われていないのに、書いたものは母の口から出てきた。
出てきたときに、こちらが違います、と言う場面は作れた。作らなかった。
作らなかったのは、間違っていなかったからになる。
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世間では、こういうところで親と揉めるものらしい。
揉めた話を、教室で聞いたことがある。文系にしたいのに、親が理系と言う、という形だ。
揉めるためには、両方が別のものを持っていないといけない。
こちらは、持っているものが一つしかない。それも、どこから来たのか分からないものになる。
揉めなかったことを、ちゃんとしていると言う人もいると思う。
立派だと言う人もいるかもしれない。どちらも当たっていない気がする。
気がする、で止まっている。止まったまま、その冬が終わった。
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小柳は文系だと、あとで聞いた。
教室でそういう話が出るようになったのは、一月に入ってからになる。
宮内は理系で、どちらでもよかったらしい。理由は言わなかった。
三浦の文理を、僕は知らない。部活で成績の話をしないので、出てこない。
出てこないままで、こちらは何も困らなかった。
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冬休みの表を、僕は十二月二十日に書いた。
三枚目になる。四月のと、夏休みのの上に重ねて貼った。
三枚重なっていると、いちばん下の四月のぶんが厚みで浮く。
浮いているところを、母が指で押した。押しただけで、何も言わない。
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その夜、母が階段を上がってきた。
上がってくるのは珍しい。足音は遅いほうだった。
部屋の前で止まって、そのまま下りていった。ノックは無い。
何をしに来たのかを、僕はいまも知らない。訊けば済んだ。
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二次の用紙を書いたのは、一月十九日だった。
一次の控えを机に置いて、横に並べて書いた。
並べる必要は無い。覚えている。それでも並べた。
同じことを書くのに、二枚を見比べながら書いている。
書き終わって、二枚が同じになっているのを確かめた。確かめるのに、四回見た。
四回見て、同じだったことに安心した。安心する理由が無いのに、そうなる。
きちんと同じであることが、こちらでは正しさの形になっている。
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変えるところが無い、というのは、決まっているという意味ではない。
変えるための材料を、こちらが一つも持っていないという意味になる。
持っていないので、動かしようがない。動かないものは、決まっているように見える。
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あの部屋には三人いた。
訊かれたのは僕で、答えたのは母だ。うなずいたのは担任になる。
三人いて、決めたのは一人だ。二度目になる。




