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自慢の息子  作者: 智珠
第四部 身の程

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第056話 なんで走ってんの

 三年生が引退して、長距離は三人になった。


 二年の林さんと、僕と、三浦だ。八月十日からそうなっている。


 三人だと、練習の作り方が変わる。


 五人のときは、速い順に並べて、前の人を追う形が組めた。三人だと、前が一人しかいない。


 林さんは千五百で四分三十四秒を持っている。僕の中学のときと同じ数字になる。


 三人になってから、こちらの位置がはっきりした。


 林さんが上で、僕が真ん中、三浦が下になる。三人だと、真ん中は一つしかない。


 真ん中にいるのが当たり前になるまでに、ひと月かからなかった。


 中学では、上にいるのが当たり前だった。当たり前というのは、たぶん場所の話ではない。


            *


 林さんは、練習中にほとんど喋らない。


 メニューを貼って、走って、片づけて帰る。三年生から引き継いだものを、そのまま回している。


 林さんに、なんで走っているのかを訊いたことは無い。訊く形が無いのは、三浦のときと同じになる。


 同じなのに、三浦のほうからは訊かれた。


            *


 メニューは林さんが作る。作り方は三年生から引き継いだものだ。


 紙に書いて部室に貼る。曜日ごとの型が決まっていて、月ごとに少しずつ量が増える。


 その紙を、僕は毎回見た。見なくても覚えているが、見る。


 貼ってあるものを見に行く動きが、こちらには入っている。


            *


 九月の練習は、夏より楽なはずだった。


 実際には楽ではない。夏の疲れが抜けていない。


 抜けていないことに気づいたのは、九月の一週目に一〇〇〇のタイムが二秒落ちたときになる。


 二秒落ちて、次の週も同じだった。三週目で戻った。


 その三週間を、僕は日誌のタイムの欄で追える。追えるが、そのときの体のことは書いていない。


            *


 九月に入っても、爪が黒いままだった。


 左の親指で、八月の終わりに内出血している。中学二年の県大会のときと同じ場所になる。


 押すと痛い。痛みは一週間で引いて、色だけが残った。


 色が上へ動いていくのを、僕は毎晩見ている。見るのが習慣になっていた。


            *


 九月から、母は弁当の保冷剤を一枚に戻した。


 暑さが引いたからになる。引いたことを、こちらが言ったわけではない。


 母はきちんと季節で切り替える。切り替える日を、僕は毎年当てられない。


 当てようとしたことが、そもそも無い。


            *


 九月の初めに、予備校のクラスが動いた。


 僕は同じところに残った。上がりも下がりもしていない。


 残るのは、悪いことではない。悪いことではないのに、情けないという言い方が出る。


 出る先が自分だけなので、誰にも見えない。


            *


 九月十二日は金曜だった。


 予備校のある日で、僕は五時二十分に抜ける。抜ける前に、水道で顔を洗う。


 その日は林さんが休みだった。だから、水道のところに二人しかいない。


 蛇口は八月からずっと締まりが悪い。三浦が日誌に書いたものが、まだ直っていなかった。


            *


 「高梨、なんで走ってんの?」


            *


 答えを持っていた。


 訊かれると思っていたわけではない。持っているのが、こちらの形だからだ。


 三つある。


 速くなりたいから、というのが一つ。


 中学でやっていたから、が二つ目になる。


 体を動かしたほうが頭に入るから、が三つ目だ。


            *


 口に出す前に、三つとも出所が分かった。


 速くなりたいから、は大野さんが六月に言っていた。一年に向けて言ったのではない。独り言に近い言い方だった。


 中学でやっていたから、は入部届の余白に自分で書いたものになる。志望理由の欄があって、そこに一行入れた。


 体を動かしたほうが頭に入るから、は予備校の先生が春に言った。ガイダンスの最初の十分の中にあった。


 三つとも、外から来ている。外から来たものを、こちらは三つとも覚えていた。


            *


 覚えているのに、どれも自分の言い方ではない。


 自分の言い方というものが、どこかにあるのかどうかも分からない。


 分からないまま、口が開いた。


            *


 「なんとなく」


            *


 その語を、僕はそれまで使ったことがない。


 まあまあ、を使ったのが五月で、なんとなく、が九月になる。


 持っていない言葉が、四か月で二つ増えた。


 二つとも、口のほうが先に出している。


            *


 三浦は、ふうん、と言った。


 それから、訊き返される前に自分のほうを言った。


 「おれは、終わったあとにメシがうまいから」


            *


 それだけだった。


 言い終わってから笑って、蛇口を締めた。締まりが悪いので、二回まわす。


 二回まわしてもまだ落ちる。落ちるのを見て、また笑った。


 その日の水は、九月でもまだぬるい。


 顔を洗うと、首のうしろに残った汗が動く。動いてから、シャツの襟に入る。


 入ったところが冷えるまでに、二分くらいかかった。


            *


 世間では、こういうことを訊く人がいるらしい。なんで走るのか、と。


 訊かれた人は、たいてい何か答える。答えている場面を、テレビで見たことがある。


 答えている人は、みんな用意していた。用意していない人は、映さないのだと思う。


            *


 なんで訊くの、と訊こうとした。


            *


 訊かなかったのは、答えが怖かったからではない。


 訊く形を持っていなかった。訊くというのは、こちらの中に無い動きになる。


 授業で九年間、一度も手を挙げていない。その延長にあるものだと思う。


 思うだけで、確かめていない。


            *


 その日の予備校は、七時から九時半までだった。


 英語の長文を三つやった。中身は覚えている。設問の番号も出てくる。


 覚えているのに、そのあいだじゅう、水道のところが残っていた。


 残っているというのは、思い出していたという意味ではない。


 思い出さないまま、そこにあった。


            *


 帰りの電車で、腹が減っていた。


 九時四十分の電車で、家に着くのが十時十分になる。


 減っていることに気づいたのは、その日が初めてだ。


 毎日走って、毎日帰っている。減っていなかったわけがない。


 気づかなかったのは、気づく形を持っていなかったからになる。


 訊かれて、そこに形がついた。


 電車の窓に、九時四十分の暗さが映る。夏のあいだは、同じ時刻でも少し明るかった。


 明るさの違いを、僕はその年から見るようになった。見はじめた日は分からない。


            *


 家で食べた夕飯を、僕はその日、はっきり味わっている。


 鶏の照り焼きと、ひじきと、味噌汁と、ごはん。四つとも、前にも食べたものだ。


 同じものを食べていて、その日だけ味が来た。


 味が来た、という言い方が正しいのかどうかは分からない。ほかの言い方が出てこない。


            *


 母は、おかわりする? と訊いた。


 僕は、うん、と答えた。


 中学に入ってから、こちらからおかわりを受けたのは、数えるほどしかない。


 母は茶碗を受け取って、いつもより多く盛った。多いとは言わなかった。


            *


 終わったあとにメシがうまいから、という言い方を、その夜に何度か頭の中で回した。


 回して、うちの言い方に直そうとした。直すと、せっかく作ったのに、という形になる。


 母の言い方でしか直せない。直せないので、そのままにしておいた。


            *


 二年半前に、僕は続けますと言っている。


 中学一年の四月だった。陸上部の入部届を出したときで、母が確かめたのはそこだけになる。


 なんで、とは訊かれなかった。


 訊かれなかったので、答えを作らないまま来た。そう書いたことがある。


 二年半たって、初めて訊かれた。作っていないものは、やはり出てこない。


            *


 母は一度も、なんで走るのかを訊かなかった。


 小学五年で始めてから、四年になる。四年で一度もだ。


 いつからやめるのかも訊かない。続けるのかも訊かない。


 訊かれるのは、日付と、時刻と、持ち物だけになる。三つとも、答えが紙に書いてある。


 書いてあるものだけを訊かれていると、書いていないものは無いことになる。


            *


 三浦は、そのあとその話を出さなかった。


 次の日も、次の週も出ない。訊いたことを覚えているのかどうかも分からない。


 覚えていない可能性のほうが高いと思う。あの人は、その場で出たものをその場で言う。


 言ったあとに置いておかない。置いておくのは、こちらの癖になる。


            *


 宮内には、そういう質問をされたことがない。


 同じクラスで六か月になる。話した回数は数えていない。数えていないものが増えている。


 宮内が訊いてこないのは、興味が無いからではないと思う。


 訊く場面が来ていないだけだ。来ていないのは、こちらが作らないからになる。


            *


 千尋に一度だけ訊かれたことがある。


 小学五年のときだった。


 「走るの、たのしい?」


 うん、と答えた。うん、で済む訊き方になる。


 なんで、には済ませ方が無い。訊き方が一段深いところにある。


 千尋のほうが浅かった、という言い方はしたくない。


            *


 千尋は九月に、中学の制服の採寸へ行った。母がついていっている。


 帰ってきて、袖を折るかどうかの話をしていた。三年で伸びるから折る、という話だ。


 同じ台詞を、僕は四年前に聞いている。


 同じ台詞が、四年おいてもう一度出た。出る先が違うだけになる。


            *


 その夜、日誌を思い出した。


 ひとことの欄が空いている僕の日と、三行入っている三浦の日がある。


 三浦は、その三行を書くのに理由を要らない。見たものを書いている。


 こちらは、書く前に理由が要る。理由が無いので、空ける。


 走るのも同じ形をしているのかどうかは、その夜には出なかった。


            *


 僕が持っているのは、記録のほうだ。


 千五百の記録が、小学五年から並べられる。五分二十八秒、四分五十八秒、四分三十四秒、四分二十六秒、四分五十一秒。


 五つ言える。日付も出る。その日の天気も、二つは覚えている。


 五つのうち、いちばん速いのは中学三年のものになる。


 いちばん遅いのは、その年の七月だ。四年やって、いちばん遅い数が最新になる。


 並べると、上がって、下がっている。形になっている。


 記録を並べるのは、しっかりやってきた証拠になる。


 証拠になるのに、理由にはならない。二つが別のものだと、そのとき初めて分かった。


            *


 理由を持っている人は、たぶん少ない。三浦のも、理由と呼べるのかどうかは分からない。


 呼べないとしても、あの人は口に出せた。こちらは出せなかった。


 出せる形を持っているかどうかの差だと、そのときは思った。


 思っただけで、そこから先へ行っていない。


            *


 訊かれたのは理由で、僕が持っていたのは記録だけだ。

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