↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自慢の息子  作者: 智珠
第四部 身の程

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/105

第052話 四十分と、十二分

 宮内遼の名前は、四月から知っていた。


 入学式で新入生代表の挨拶をしたのが、その人になる。


 挨拶は二分四十秒だった。中身は覚えていない。時間だけ測っている。


 測ったのは、そのときも測るものが無かったからだ。


            *


 同じクラスにいる。一年三組で、名簿の十一番目になる。


 僕は三十七番目で、席は離れている。窓ぎわの後ろと、廊下側の前だ。


 名簿の番号は五十音順で、成績とは関係が無い。関係が無いのに、僕はその二つの数を並べたことがある。


 十一と三十七を並べても、そこからは何も出ない。出ないと分かっていて、二度並べた。


 四月と五月のあいだ、口をきいた覚えが無い。


 最初に口をきいた日を、僕は特定できない。日付を覚えないものが、また一つ増えたことになる。


            *


 当てられてから答えるまでの時間を、僕は四月から計っている。


 宮内は一秒台が多い。四十人のうち、一秒台で答える人は三人しかいない。


 三人のうち、宮内だけが間違えることがある。間違えて、あ、と言って、すぐ直す。


 直すのに時間がかからない形をしている。直すところを人に見せても、平気らしい。


            *


 宮内は朝いちばんに来る日と、遅い日がある。


 六月のあいだ、八時二十分より前にいた日が九日、八時三十分すぎが七日になる。数えていた。


 遅い日でも、宿題は出ている。出し忘れたところを、僕は一度も見ていない。


 ノートはきちんと取ってある。取り方が速いのか、書く量が少ないのかは、横からでは分からない。


            *


 六月十九日の数学の時間に、先生が一問だけ余分に出した。


 教科書の範囲の外にあるもので、点にはならない。解けたら持ってこい、という出し方だった。


 黒板に写して、それで授業が終わった。写した人は、四十人のうち十人くらいになる。


 僕は写した。写すのに一分かからない。


            *


 その日は火曜で、予備校がある。


 家に着いたのが十時十分になる。夕飯を食べて、机についたのが十時四十分だ。


 表では十時十分に寝ることになっている。火曜と金曜だけ、そこがずれる。


 ずれるぶんは、母が最初から表に入れてある。母ではない。僕が入れた。


 入れたのは僕なのに、母の書き方をなぞっている。


            *


 その問題を、四十分でやった。


 十時四十分から十一時二十分になる。時計を見て始めて、見て終わった。


 途中で二回、方針を変えている。一回目が十二分すぎで、二回目が二十六分すぎだ。


 二回目に変えたやり方が当たった。当たってからは速い。残りの十四分で書き上げた。


 書き上げてから、もう一度読み直した。読み直しは二回までにしてある。


            *


 四十分というのは、こちらの水準で見ると遅い。


 中学のとき、同じくらいの重さの問題を二十分でやっていた。倍かかっていることになる。


 ちゃんとやっていないからだ、という言い方が、そのとき最初に出た。


 実際にはちゃんとやっている。やっているのに、そういう言い方が先に出る。


 四十分かかったことを、情けないと思った。思ってから、誰の言い方かを考えていない。


 考えないまま使うようになったのが、そのころだと思う。


            *


 次の日の朝、教室に八時二十分に着いた。


 持っていくつもりだった。職員室は一階で、教室は三階になる。


 行かなかった。理由は、そのときには無い。


            *


 二時間目と三時間目のあいだの休みに、宮内が黒板の前に立った。


 昨日の問題が、まだ消されずに残っている。


 立って、しばらく見ていた。それから自分の席へ戻って、ノートを開いた。


            *


 僕は測った。


 頼まれていない。頼まれるはずもない。こちらが勝手に、時計を見た。


 開いてから、ペンを置くまでが十二分になる。


 十二分のうち、二回は顔を上げている。前の席の子と喋っていた。何の話かは聞こえない。


 喋りながら、手は止まっていない。止まらないまま、十二分で終わった。


            *


 四十分と、十二分になる。


 差は二十八分だ。倍率でいうと三・三倍になる。


 その数を、僕はその場で出した。出してから、出す必要が無かったことに気づく。


 気づいても、出たものは消えない。頭の中に出た数を消す方法を、僕は持っていない。


            *


 三時間目のあとで、宮内が僕の机の横に来た。


 来た理由は分からない。前を通っただけかもしれない。


 僕のノートが開いてあった。前の日に書いた解答が出ている。


 宮内はそれを横から見て、こう言った。


 「あ、それ気づかなかった」


            *


 僕の書いた式の、三行目のところを指していた。


 そこで一度、別の置き方をしている。方針を二回目に変えたところになる。


 置き方を変えると、そのあとの計算が二行短くなる。二行ぶんだけ、こちらのほうが短い。


 宮内は、そのやり方を使っていない。


            *


 言い方が平らだった。上げも下げもしていない。


 嘘でもない。ほんとうに気づいていなかったのだと思う。気づいていて言うなら、言い方が変わる。


 言い方が変わる人を、僕は何人か知っている。宮内はそれではなかった。


 それから宮内は、いいじゃんこれ、と言って、自分の席へ戻った。


            *


 何時間やってるの、と訊こうとした。


            *


 訊けなかったのは、答えが分かっていたからではない。


 訊いた時点で、こちらが四十分かけたことを出すことになる。


 出さないでおけば、四十分は僕の中にとどまる。とどまっているうちは、比べられない。


 比べられないようにしておいて、頭の中では比べている。


            *


 宮内は、その週に僕へ消しゴムを貸した。


 落としたのを拾ってくれた、という形になる。落としたのは僕だ。


 拾って、机に置いて、それだけで戻っていった。ありがとうを言う間が無かった。


            *


 誰かに答えを写させることはしない。


 写させて、と言われているのを二回見ている。二回とも、宮内は説明のほうをした。


 説明が上手い。上手いというより、相手の分かっていないところに先に行く。


 行ってから、そこだけ説明する。三分か四分で終わる。


 終わったあと、相手が笑っていた。分からないところを訊いて、笑って終われるらしい。


            *


 感じの悪いところが、一つも無い。


 探した。探したことは、いま書いておく。


 声が大きすぎるとか、人の話を取るとか、そういうものを探した。一つも無かった。


 無いので、置く場所が決まらない。


            *


 人を並べるやり方を、僕はいくつか持っている。


 順位で並べる。速さで並べる。喋る量でも並ぶ。手を挙げるかどうかも目安になる。


 どの並べ方でも、宮内は上に来る。上に来るのに、上に来ようとしているところが見えない。


 上に人がいるのが当たり前になったのは、その年からになる。


 見えないものは、こちらの表に入らない。入らないものが、毎日同じ教室にいる。


            *


 宮内は部活に入っている。バスケットボールで、週に五日ある。


 塾へ行っているかどうかは知らない。訊いていない。


 訊けば言ったと思う。訊かなかったのは、行っていない、と返ってきた場合に、こちらの置き場所がまた無くなるからだ。


 置き場所が無くなる形を、先に避けている。避けていることに、そのときは気づいていない。


            *


 その問題を、僕は結局出さなかった。


 次の日には黒板が消えていた。誰が出したのかも、先生は言っていない。


 せっかく四十分かけたのに、出していない。


 解答は、いまもノートの中にある。二行短いやり方で書いたやつだ。


 誰にも見せていない。見せたのは一人で、それも横から一瞬になる。


 四十分かかったと言うのが恥ずかしい、という形で説明できる。説明できるが、当たっていない気がする。


            *


 宮内は昼を教室で食べる。弁当ではなく、購買のパンが多い。


 三個買って、二個食べて、一個を誰かにやる日がある。やる相手は決まっていない。


 その一個を、一度だけ僕がもらった。もらってから、返すものを探した。


 探しているうちに、昼休みが終わった。


            *


 母は一度も、上に誰がいるのかを訊かなかった。


 中学一年のときは訊いた。二番の子は誰、と一度だけ訊いている。


 調べなさいとは言われていない。言われていないのに、僕はあのとき調べた。


 高校に入ってから、その形の質問が来ていない。


 来ないのは、順位の紙が家に届かないからだと思う。届いた紙には、上の人の名前が載っていない。


 載らない紙を見て、母は名前を訊かなくなった。


            *


 下に置ける材料を、僕はその年ずっと探していた。


 探して、出てこなかった。出てくるまで探すやり方を、こちらは持っている。持っていても、無いものは出ない。


 宮内は、こちらを一度も下に置いていなかった。置かれていないので、返すものが出せない。


 返すものが出ないと、抱えたぶんの行き先が無くなる。


            *


 行き先の無いものを、どこに置けばいいのかが分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。