第049話 三百二十人
東雲には、順位の掲示が無い。
二中では、定期テストのたびに廊下へ紙が出た。学年の上から二十番までが名前で載る。
塾でも出た。クラス分けと、模試の成績が二枚並ぶ。
東雲には、どちらも無い。四月のあいだ、僕は自分の位置を示す紙を一枚も見なかった。
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位置が分からない状態で過ごしたのは、九年ぶりになる。
小学一年の十月に初めて百点を取ってから、僕はいつも、どこにいるかを紙で知っていた。
枚数か、級か、順位か、タイムか。形は変わっても、必ずどこかに数字がある。
四月の一か月間、その数字が一つも出なかった。
位置が分かるのが当たり前だった。分からない状態に名前がついていない。
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廊下を通るときに、目が壁のほうへ動く。
二中では、そこに紙があった。東雲の同じ場所には、行事の予定と、部活の勧誘が貼ってある。
見るものが無いのに、目だけが動く。三年ぶんの動きが残っている。
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高校の一日は、二中より長い。
六時二十分に起きて、七時五十分の電車に乗る。学校に着くのは八時二十分だ。
朝と終わりの時刻は、しおりに書いてあったとおりになる。
帰りの電車は三時四十五分で、家に着くのが四時二十分だ。
部活には入っていない。入らないと決めたわけではない。仮入部の期間に、どこへも行かなかった。
行かなかった理由を、そのときは考えていない。
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四月の放課後に、グラウンドから声がした。
陸上部が走っている。東雲のトラックは土だ。二中と同じになる。
窓から見えるところに教室がある。見ないようにしていたわけではない。見て、そのまま帰った。
走りたいかどうかを、そのころ自分に訊いていない。訊く形が思いつかなかった。
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昼は弁当になる。中学は給食だったので、弁当は小学校以来だ。
中身の組み方が、塾へ行っていた日のものと同じになる。おかずが四つと、ごはん。
卵焼きは三日に一度入る。数えたのは僕で、母が決めているのかどうかは分からない。
からあげが入る日は、前の日の夕飯にもからあげが出る。作る量の都合だと思う。
食べる相手は、四月のうちに決まった。決めたのではなく、席の近い三人とそうなった。
名前は書ける。当時どう呼んでいたかが出てこない。
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出ないので、自分で作った。
教室に四十人いる。四月の終わりまでに、僕はその四十人を並べていた。
紙には書いていない。頭の中だけになる。
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並べる材料は三つある。
一つ目は、当てられてから答えるまでの時間だ。数学の授業で、先生が指名してから答えが出るまでを数える。二秒で出る人と、六秒かかる人がいる。
二つ目は、解き終わってから顔を上げるまでの時間になる。問題を配られて、鉛筆が止まってからペンを置くまでを見る。
三つ目は、ノートを取っているかどうかだ。取らないのに、当てられて答えられる人が四人いる。
僕はちゃんと取っている。黒板に出たものを、そのまま写す。写す速さは速い。
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教室の音が、二中と違う。
人数は同じなのに、静かなときの静かさが深い。
鉛筆の音が聞こえる。二中の教室で鉛筆の音を聞いたことは無い。
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四人のうち三人は、いつも同じあたりに座っている。
窓の反対側の、前のほうだ。座席は名前の順で決まっているので、そこに固まっているのは偶然になる。
偶然だと分かっていて、僕はその一角を毎日見ていた。
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二中では、こういうことをしていない。
する必要が無かった。上に誰もいないので、見る先が無い。
東雲では、見る先が四十ある。並べても、まだ二百八十人ぶん分からない。
ほかのクラスの中を、僕は見たことがない。廊下ですれ違うだけになる。
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英語の時間に、教科書を音読させられることがある。
一人ずつ立って読む。読む速さが人によってずいぶん違う。
僕は速くも遅くもない。真ん中で読めば、誰の記憶にも残らずに済む。
残らないほうがいいと思っていたのかどうかは、はっきりしない。
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四月二十二日の数学の時間に、小柳が手を挙げた。
当てられたのではない。自分で挙げた。
先生が黒板に書いた式の、三行目のところで挙げた。
「そこ、なんでそうなるんですか」
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先生は、いい質問だ、とは言わなかった。
黒板に戻って、三行目の前に一行足した。足してから、これでいいか、と訊いた。
小柳は、はい、と答えた。それで終わった。時間にして四十秒くらいになる。
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僕は、その三行目が分かっていなかった。
分かっていないまま、次の行へ進んでいた。進めるので、進んでいた。
一行足されて、そこが埋まった。埋まってから、埋まっていなかったことに気づく。
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授業で質問をしたことが、僕には一度も無い。
小学校から数えて九年になる。
零だと言い切れるのは、数えたからではない。手を挙げようとしたことが無いからになる。
挙げようとして下ろした、という覚えも無い。上がらないのではなく、上げるという動きが入っていない。
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分からないところが無かったわけではない。
二中の三年間で、その場では分からなかったところを、僕は家で埋めていた。
教科書と、塾の資料と、参考書がある。埋める道具は全部そろっていた。
道具があると、人に訊かなくて済む。済んでしまうと、訊き方が身につかない。
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予習という言葉を、東雲へ来てから使うようになった。
二中では、しなくても授業が分かる。分かるので、しないで済んでいた。
高校では、しないと次の日に困る。困るところまでは行っていない。追われている感じだけがある。
追われている、という言い方を、そのころの僕はしていない。机につく時間が長くなっただけになる。
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小柳は、その日から四月のうちにもう何度か手を挙げた。
どれも、答えを言うためではない。分からないところを言うために挙げている。
挙げるときに、まわりを見ない。前だけを見て、まっすぐ上げる。
中学で、彼女がそうしているのを見た覚えが無い。同じ学年に三年いた。見ていないだけかもしれない。
小柳は、僕の作った並びでは上のほうにいる。当てられてから答えるまでが速い。
ノートは取る。取り方が違う。黒板をそのまま写さないで、二行に一行くらいしか書いていない。
書かないところが何なのかを、横から見て確かめようとした。確かめられなかった。
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携帯を持たされたのは四月の初めだ。
高校が遠いから、というのが理由になる。中学のあいだは要らない、と言われていたのと、同じ人が言っている。
番号を登録したのは三つだ。家と、母と、父になる。
友達の番号は入っていない。入れる場面が無かった。
母から一日に一回、帰りの時刻を確かめる連絡が来るようになった。
文はほとんど同じになる。いま出た、と送ると、気をつけて、と返ってくる。
返ってくるまでが速い。速いということは、待っているということになる。
待っている、とは書いてこない。
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予備校は五月から通うことになった。
座卓に置いてあった二社ぶんの封筒の、片方に決まった。決めたのは母だ。
週に二回で、火曜と金曜になる。七時から九時半までだ。
僕は表の空欄にそれを書き入れた。鉛筆で書いて、消した跡の上に重なる。
書き入れたところだけ、字が少し濃くなった。
予備校の教室は、塾のより広いらしい。前に入る人数が、塾の倍くらいになるという。
席は自由で、来た順に前から埋まると聞いた。どこに座るかを、僕は行く前から決めていた。
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母は一度も、東雲でも一番を取りなさいとは言わなかった。
入学してから一か月、順位の話が家で一度も出ていない。
出ないのは、出す材料がまだ無いからだと思う。紙が無いあいだは、話も起きない。
紙が出れば起きる。それは分かっていた。
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千尋は六年生で、修学旅行がある。行き先の話を、夕飯で何度もした。
僕が中学のときに行った先と同じだ。同じだと言おうとして、やめた。
言うと、僕の話になる。千尋の話が僕の話に変わる場面を、僕は何度か見ている。
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実力テストの予告は、四月の終わりに出た。
五月十四日と十五日の二日間で、五教科ある。
範囲は、中学の全部と、四月にやったところまでになる。
中学の全部、という言い方が、その紙に書いてあった。
その四文字を、僕は何度か読み直している。読み直した回数は覚えていない。
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連休は五月三日から六日まであった。
どこへも行っていない。父は二日とも仕事だった。千尋は友達の家へ行っている。
僕は表のとおりにきちんと動いた。四月に自分で書いた表だ。
書いたとおりに動けることを、そのころは何とも思っていない。
動けない日があるということを、まだ知らなかった。知らないので、そこに備えもしていない。
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三百二十人が、どこかの中学から来ている。
どこの中学にも一番がいた。この学年に、一番だった人が何人いるのかは分からない。
分からないので、全員がそうだと思っておくことにした。
思っておくのと、紙に出るのとは別のことだった。
別だと分かったのは、五月になってからになる。




