↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自慢の息子  作者: 智珠
第二部 神童

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/105

第040話 大丈夫です

 二学期の内申が本番になる。


 三年の二学期に出たものが、そのまま願書に乗る。一学期のも三年分の合計も関係しない。二学期の一枚だけだ。


 十一月に実力テストが二回あった。十一月七日と、二十一日だ。どちらも一位になる。


 二百三十八人のうちの一番で、二番との差は九点と四点だった。二番はどちらも小柳亜季になる。


            *


 給食は四時間目のあとで、十二時三十五分から始まる。


 班は六つあって、机を四つ合わせる。当番は白衣と帽子とマスクをつけて、廊下のワゴンを教室へ入れる。


 食缶は重い。持つところが両側に一つずつある。しゃもじが缶の内側に当たると、低い音がする。缶が空に近づくにつれて、その音が高くなる。


 いただきますが十二時四十五分で、片づけが一時五分になる。二十分ある。


 放送が入る日と、入らない日がある。入る日は、給食委員が献立の説明をしてから曲を流す。


 献立表は月のはじめに配られる。冷蔵庫に貼る家もあるらしい。うちは貼らない。


 牛乳は瓶ではなくパックだ。飲み終わったら開いてたたむ。たたみ方は決まっていて、当番がまとめて縛る。


 そのたたみ方を、僕は三年間で一度も間違えていない。


            *


 残ったものは、食缶に戻す。


 戻すときに当番が見る。見るというより、目に入る。


 誰が何を残したかは、班の中では分かる。班の外からは分からない。教室の前のほうまでは届かない話だ。


 僕の班は窓ぎわの後ろで、教卓からいちばん遠い。


            *


 先生は、給食の時間に教室にいる日といない日がある。


 いる日は、教卓のところで自分のぶんを食べる。食べるのが速い。十分かからない。


 食べ終わってから、教室の中を見ている。


 見ていることに、僕はそのころ気づいていない。


            *


 そのころ、米が口の中で増えた。


 噛んでいるあいだに減らない。減らないので、飲み込むところまで持っていけない。牛乳で流すと通る。


 味は分かる。分からないのではなく、分かっても続かない。最初の何回かで消える。


 消えたあとは、温度と硬さだけが残る。温度と硬さは、味ではない。


            *


 朝も、起きてから水を飲むまでに時間がかかるようになった。口の中が乾いている。乾いているのに、唾が出ない。


 出ないまま歯を磨くと、途中で一度えずく。えずくだけで、何も出ない。


 そのことを、僕は誰にも言っていない。言うほどのことだと思っていなかった。


            *


 残したことを、僕はそのとき何とも思っていない。


 思っていないので、数えていない。


            *


 十一月十九日の放課後に、職員室へ書類を出しに行った。


 私立の願書に添える紙で、期限がその日になっている。四時十分に出した。


 出して、廊下へ出たところで呼ばれた。


 「高梨」


 三年間で、名字だけを呼ばれたのはそのときが初めてになる。授業では高梨くんと呼ぶ人だ。呼び捨てにするのは、廊下と、体育のときだけになる。


            *


 階段の踊り場だった。


 二人とも立ったままだ。先生は手すりに寄りかからない。まっすぐ立つ人になる。


 窓は北を向いていて、その日は曇っていた。踊り場は声がよく響く。下の階の話し声も上がってくる。


 部活の始まる前で、廊下を人が通っていた。通るたびに、先生は少し待った。


 先生は、僕の顔を見ていない。手すりの向こうの、下の階のほうを見ていた。


            *


 「三日続けて残してるだろ」


            *


 何を、とは訊かなかった。分かったからだ。


 分かったのに、その三日がいつなのかは思い出せない。


 僕は数える人間だ。枚数も、順位も、秒も、回数も数える。寝る時刻を動かした回数まで持っている。


 残した量だけを、一度も数えていなかった。


 数えていないものは、こちらには無い。無いものは、あとから確かめようがない。


 先生のほうが持っていた。三日という数を、先生は数えていたことになる。


            *


 「高梨、大丈夫か」


            *


 「大丈夫です」


            *


 答えるまでの時間は無かった。


 考えて出した言葉ではない。考えるところを通っていない。


 訊かれる前から、その形で用意してあったのだと思う。用意した覚えは無い。


 覚えの無いものが、口のほうから先に出る。出てしまうと、こちらはそれを聞く側に回る。


            *


 見ないで訊くやり方があることを、そこで知った。


 見られていたら違う答えが出たのかどうかは、いまも分からない。


            *


 三日って、いつのですか、と訊こうとした。


            *


 先生は、そうか、と言った。


 それから胸のポケットから赤いボールペンを出して、また戻した。何も書いていない。


 行っていい、とは言わない。先に階段を下りていった。


 下りる音が七段ぶん聞こえて、そこで踊り場を曲がる。曲がってからの音は届かない。


 僕は少しのあいだ、そこに立っていた。何分いたのかは分からない。


 踊り場の窓は、下半分に曇りガラスが入っている。上半分から空が見える。その日は色が無かった。


 その日は、時計を見ていない。


            *


 塾は六時からだった。遅れていない。


 その日の授業の中身は覚えている。数学の相似で、証明を四問やった。三問目でつまずいて、二分かかった。


 覚えているのに、そこまでどうやって行ったのかが出てこない。電車に乗ったはずだ。


            *


 家に着いたのは九時四十分になる。


 夕飯はそのあとで、母が待っている。


 茶碗の高さが違った。いつもより低いところで盛ってある。二割くらい少ない。


 母は何も言わない。


 千尋が、おにいちゃんの茶碗ちっちゃくない、と言った。


 「いいの」


 母はそう言って、味噌汁の椀を千尋の前へ動かした。話はそこで終わった。


            *


 その夜、台所でペンの音がした。長かった。前の週より長い。


            *


 その週から、汁物が二つ出るようになった。


 味噌汁と、もう一つ。すまし汁の日と、けんちんの日と、卵のとじたやつの日がある。


 理由は言われていない。訊いてもいない。


 母は一度も、食べなさいとは言わなかった。


 残しても何も言わない。残したことに触れないまま、量のほうを先に動かした。


            *


 十一月の最後の週に、給食当番が回ってきた。


 白衣は共用で、内側に名前を書く布が縫いつけてある。前に使った子の名前が読める。糸がほどけているところがあって、端が浮いていた。


 残菜のバケツは、片づけのときに廊下へ出す。三年二組のぶんは、いつも二組の前の壁ぎわに置く。


 その日、僕は自分の残したぶんを、自分でバケツへ入れた。


 入れるときに量が見える。皿の上にあるときとは、見え方が違う。


 バケツの中では、誰のものかが分からなくなる。分からなくなると、数えようがない。


            *


 小柳とは、そのころ二度すれ違った。どちらも一分で終わっている。


 給食の話は出ていない。同じ学年にいて、同じ時間に同じものを食べていて、出ない。


            *


 十一月十九日から、僕は残した量を数えるようになった。


 目分量で割合を出す。三割、二割、五分の一。ノートには書かない。頭の中だけで持つ。


 数えると、そこが管理できるものになる。管理できているものについては、大丈夫だと言える。


 言えるようにしてから言うのと、言ってから合わせにいくのとでは、順番が逆になる。


 逆になっていることに、そのころは気づいていない。


            *


 十二月の三者面談は、十二月四日だった。


 その週も授業が短い。面談は三時からで、うちは四時二十分の枠になる。


 二回目だ。場所は同じ相談室で、蛍光灯は直っていた。二本とも同じ明るさで点いている。


 母は同じ水色のブラウスを着ていた。


 二学期の内申は四十五で確定した。実技の四教科も五のままになる。


 東雲は、まず心配ないと先生が言った。倍率の話も出た。前の年より少し下がる見込みらしい。


 母は今回、塾の紙を出さなかった。出す必要が無かったからだと思う。同じ数字を学校のほうも持っている。


 鞄には入っていた。角が見えていた。


 母は面談のあいだ、一度もこちらを見なかった。先生と紙だけを見ている。


 見ないのは、そういう場だからだと思う。参観のときも、母はこちらを見ない。


            *


 先生が給食の話を出す場面は、三回あった。


 一回目は、内申が確定ですと言ったあとの間だ。紙から目を上げて、こちらを見た。二秒ある。六月と同じ長さになる。


 二回目は、母が訊いたときだ。


 「体のほうは、どうでしょうか」


 母のほうから訊いた。先生は、学校では変わりないです、と答えた。


 学校では、という言い方が付いていた。付いていたことに、母が気づいたかどうかは分からない。


 三回目は、面談が終わって、三人が立ち上がったときになる。


            *


 先生は、椅子を戻しながら言った。


 「体だけは、気をつけてやってください」


 母は、はい、ありがとうございます、と答えた。


 それで終わりだ。廊下には次の家族が来ていた。


            *


 あの一言が、先生の言えたところだったのだと思う。


 思ったのは、ずっとあとになる。そのときは、面談の締めの決まり文句だと受け取った。


 受け取り方が違えば、何かが変わったのかどうかは分からない。変わらなかったと思う。


 変わらなかったと思うことにしているだけかもしれない。そこは自分では区別がつかない。


            *


 三日という数を、僕はいまも持っていない。


 先生は持っていた。持っていた人が、それを使わなかった。


 使わなかったのは、使い道が無かったからだと思う。中学の担任に、よその家の台所でできることは少ない。


            *


 帰りは自転車を押して歩いた。六月と同じ道になる。


 十二月なので、四時半でもう暗い。街灯が点いていて、母の自転車のライトは点けない。押しているときは点かない仕組みだ。


 母は佐久間先生のまねをしなかった。


 二回目だからだと思う。まねは一度きりのものだ。二回はやらない。


            *


 途中の店の前を通った。六月にアイスを買った店だ。


 母は中に入らなかった。冬だからだと思う。


 入らなかったことを、僕はその日ずっと考えていた。考えていたことは、家に着くまでに消えた。


            *


 大丈夫という言葉を、僕はそれまで、意味のあるものだと思っていない。


 挨拶に近いものだ。訊かれたら返す。返せば話が終わる。


 終わらせたのは先生ではない。


 その言葉を、僕はそのあとも何度も使っている。使った回数は数えていない。


 数えていないものが、また一つある。


 訊かれたことに、答えられなかったのではない。答えてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。