第039話 最後の一周
地区大会は七月十三日だった。
三年生は、そこで終わる人と、県へ行く人に分かれる。長距離で県へ行けるのは六位までになる。
僕は六位だった。四分二十九秒で、五位との差はコンマ八秒になる。
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六位という順位を、僕はその日のうちに家で言っていない。
県へ行けることだけを言った。母は、日付は、と訊いた。
三年間、同じ訊き方だ。変わっていないものが一つあると、変わったものが見つけにくくなる。
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県の大会は七月二十七日だった。
会場は去年と同じところだ。電車で一時間十分かかる。乗り換えもある。
同じだと分かっているものは、書くことが少ない。トラックの返りも、スタートの音が一つしか鳴らないことも、去年のうちに覚えた。
覚えたものを使う場面が、その日で最後になる。そのことは、その日には考えていない。
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前の週に、母が来ると言った。
言ったのは夕飯のあとで、八時前だ。理由は言わない。
なぜ来るのかを、僕は訊いていない。
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当日は五時に起きた。母は四時半に起きている。台所の音で分かる。
弁当は、おにぎりが三つと、卵焼きと、鶏の照り焼きだった。梅は真ん中に一つ入っている。
水筒は大きいほうを出してきた。麦茶が入っていて、氷も入れてある。
タオルを凍らせたものが二本あった。ビニールに包んで、保冷剤と一緒に袋へ入れる。
母は先に出た。僕は顧問と部員と、六時十分の電車で行く。
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競技場に着いたのは七時三十分だ。
千五百は午前の最後で、招集が十時四十分、スタートが十一時五分になる。
ゼッケンは母が縫った。四隅で玉止めを二回する。中学に入ってからの三年間、全部そうだ。小学校の記録会のときからだと、六年ぶんになる。
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母は西のスタンドにいた。
アップのときに一度だけ見上げて、そこにいるのを確かめた。手は上げていない。母のほうも上げなかった。
日傘を持ってきていた。競技場では差せないので、たたんだまま膝に置いている。柄のところに布が巻いてある。巻き直したのを、前に見たことがある。
千尋は来ていない。友達のところへ行く日だと聞いた。
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出場は五十八人で、三組に分かれた。
僕は第二組だ。去年は第一組だった。上がったぶんだけ、前に人が減る。
招集所で、去年と同じ列に並ぶ。並ぶ場所は番号で決まるので、同じところに立てるかどうかは運になる。
同じ場所だった。地面の、白線が薄くなっているところまで同じだ。
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一周目で真ん中にいた。
二周目で、少し前に出た。前に出ると、風の当たり方が変わる。当たる面積が増える。
三周目の途中で抜かれた。抜かれるとき、足音が先に来る。並んで、それから前に出る。並んでいる時間は二秒くらいだ。
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鐘が鳴った。
残り一周で鳴る。先頭が通るときに一度鳴って、僕が通るときにもう一度鳴った。
二度目のほうが短い。振る回数が少ないのだと思う。
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その一周のことを、僕は全部言える。
最初の直線で、右の靴の紐が少しゆるんでいるのが分かった。ほどけるほどではない。土踏まずのところの当たりが変わっただけになる。
第一コーナーで、内側に入った。内側は距離が短い。短いぶん、体が傾く。
バックストレートに入ると、スタンドの声が背中から来る。何を言っているかは分からない。母の声は入っていなかった。母は、声を出す人ではない。
前に三人いた。差は十メートルくらいで、残りが三百五十ある。
第三コーナーで、前の一人が落ちてきた。落ちてくる人は、腕の振りが先に小さくなる。肩が上がる。上がってから、足が遅れる。
抜いた。抜くときに横を見た。見たのは初めてだ。
顔は覚えていない。ゼッケンの数字だけ覚えている。下二桁が七四だ。
最後の直線で、口の中に鉄の味がした。小学校の記録会のときと同じ味だ。六年たっても、そこだけ変わらない。
残り五十で、脚の動く量が減った。減っても、腕は同じ速さで振れる。振っているあいだは、脚がついてくる。
白い線を踏んだ。踏んだ感じは、土のときと違う。返ってくるものが硬い。
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記録は四分二十六秒だった。
去年より十三秒速い。順位は三十四位で、五十八人中になる。
中一の六月に初めて通したのが四分五十八秒だ。三年で三十二秒ぶん縮んだことになる。
縮んだぶんは、紙にならない。
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ゴールしてからのことを、僕は覚えていない。
立っていたのか、歩いたのか、誰かに何か言われたのかが出てこない。次に出てくるのは、スタンドの下の日陰で母を見つけたところからになる。
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顧問は、記録を言った。
「四分二十六」
それから、三年、ご苦労さん、と言った。
言い方が短い。ほかの三年生にも同じ長さで言っている。回る順番が名簿の順だった。
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三年生の何人かが泣いていた。
泣いている人を、僕はそのとき見ていた。見ていただけになる。
自分の目のところは乾いている。乾いていると分かったのは、人の顔を見たからだ。
自分の側から先に分かったことが、そのころにはもう無くなっていた。
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母は日陰にいた。
袋から凍らせたタオルを出して、こちらへ寄こす。まだ半分凍っていて、折り目のところが硬い。
「暑かったでしょう」
首のうしろに当てた。当てると、そこだけ時間の進み方が変わる。
母は記録を訊かなかった。順位も訊いていない。
三年間、一度もだ。
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どこから見てたの、と訊こうとした。
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帰りは母と二人で電車に乗った。顧問には先に断ってある。
三時十分の電車だ。座れたのは二回目の乗り換えのあとになる。
母は窓ぎわに座って、外を見ていた。途中で大きい川を渡る。渡っているあいだが十二秒ある。
去年、帰りに数えた川だ。今年は数えなかった。
母が、お腹すいたでしょう、と言って、鞄からパンを出した。買ってあったものだと思う。袋が少しつぶれている。
食べているあいだに、母がもう一度口をひらいた。
「あの黄色いところの子、速かったわね」
どの子のことかを、僕は特定できない。黄色のユニフォームは何校もある。同じ組にもいたし、別の組にもいた。
訊かなかった。訊かなかったので、いまも分からない。
母がレースのことを言ったのは、その一言だけになる。
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家に着いたのは五時二十分になる。
靴を洗った。玄関の外で、ブラシと洗剤を使う。ソールの内側が減っていて、左のほうが早い。走るときの傾き方だと思う。
母が小五の秋に買ったものだ。足に合うのがいちばんだと言って、少し高いほうにした。紐の結び方も、そのとき店の人に教わった。
教わったやり方を、途中から少し変えている。右だけ、結ぶ位置を内側へ寄せる。走るあいだにずれるからだ。
変えたことを、母には言っていない。言うようなことではない。
洗って、日陰に干した。乾いてから、下駄箱の上に置いた。
捨てていない。いまも実家にある。
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部室のものは、その週のうちに持って帰った。
スパイクの袋と、汗を拭くタオルと、名前を書いたテープの残りだ。ロッカーには自分の名前のテープが貼ってある。剥がすと、下の色が違う。
貼ってあったところだけ、日に焼けていない。
剥がしたテープを、僕はその場のゴミ箱に入れなかった。持って帰って、家で捨てた。捨てた理由は説明できない。
下級生が並んで挨拶をした。返すほうも並ぶ。並び方は背の順ではなく、名簿の順だった。
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次の週から、夏期講習が始まった。
八月からで、十四日間ある。午後の一時から六時までになる。
部活の時間が、そのまま塾の時間になった。動かしたのは僕ではない。塾の日程が先に決まっている。
自習室は窓が高いところにあって、外が見えない造りだ。学校のグラウンドの音は、そこまで届かない。
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体のほうは、走る前の形のままだった。
ふくらはぎが硬い。押すと痛いところが、内側の下のほうにある。走らないでいると、その硬さがゆっくり抜けていく。
抜けきるまでにどれくらいかかるのかは、測っていない。測る道具は机の右上にあった。
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壁の表は書き直されなかった。
三年前の十月に母が書いたものが、まだ貼ってある。画鋲の穴は四つのままだ。
平日の三時五十分から六時までのところに、部活、と書いてある。母の字だ。
その枠を、僕は消していない。上から何かを書き足してもいない。
書いてあるものと、していることが違う日が、そこから続いた。
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母は一度も、やめなさいとは言わなかった。
続けなさいとも言っていない。夏まではやらせます、と面談で言ったのが、いちばんはっきりした言い方になる。
夏までという言い方の中に、夏のあとが入っていないことに、そのときは気づかなかった。
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僕は、陸上をやめると言ったことがない。
三年生の夏で引退するのは、そういう決まりだからだ。決まりのとおりに終わったものを、やめたとは言わない。
高校で続けるかどうかを、誰にも訊かれなかった。塾でも、家でも、面談でも出ない。
訊かれなければ、答える場面が来ない。来ないまま、次の予定が組まれていく。
やめるとは言っていない。次の予定に入っていないだけだ。




