第038話 三者面談
三者面談は六月二十七日の月曜から始まった。
その週は授業が短い。給食と掃除のあと、一時四十分に下校になる。面談はそのあとで、一日に八組から十組をやる。
うちの番は水曜で、四時十分の枠だった。十五分ある。
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僕は三年二組で、担任は佐久間先生だ。
三十代の男の先生で、社会を教える。声が大きくない。教室のいちばん後ろでも聞こえるが、聞こうとしないと聞こえない。
黒板の字は小さい。小さいのに、行が曲がらない。
名簿は表紙の角が折れている。開くときに、いつも同じところを親指で押さえる。押さえるところだけ紙の色が濃くなっていた。
赤いボールペンを、耳にかけずに胸のポケットに挿す。挿し方が浅いので、屈むと落ちる。落として拾うのを、僕は授業中に何度か見ている。
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相談室は職員室の隣にある。
真ん中に長机が一つあって、パイプ椅子が四脚ある。扇風機は首を振らない設定にしてあった。
蛍光灯は二本のうち一本が切れかけている。一定の間隔ではなく、思い出したように暗くなる。
壁に高校名の並んだ紙が貼ってある。県立が上で、私立が下だ。上の段のいちばん左に、東雲がある。
窓はグラウンドのほうを向いている。カーテンは開けたままにしてあった。
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廊下で待つあいだ、前の家の声が漏れてきた。
何を言っているかまでは分からない。母親の声のほうが長く続く。区切りが少ない。
途中で、男子が一度だけ何か言った。短い。
廊下の壁には進路だよりが貼ってある。県立の出願日と、私立の推薦の締め切りと、模試の予定が入っている。字が細かい。読んでいる親が二人いた。
うちの前は同じクラスの子の家で、出てきたときに目が合う。向こうが先に下を向いた。四時五分だ。
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母は四時ちょうどに来た。
階段を上がってくる足音で分かった。
廊下には、そのとき何人かの親がいる。足音は重なっている。重なっていても、母のは分かる。
速さと、間隔と、踵の当たり方で決まる。決まると書けるのに、どう決まるのかは説明できない。
母はうすい水色のブラウスを着ていた。参観のときのものとは違う。持っている中では、二番目にきちんとしたやつだと思う。
髪は美容室で切ったばかりだった。切った日を、僕は知らない。分かるのは、うしろの線がまっすぐなことだけになる。
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入ったのは四時十一分になる。
佐久間先生が正面で、母が僕の右にいる。椅子の高さは同じだが、母のほうが背が低いので、目の位置が十センチくらい下になる。
机の上に、僕の書いた進路希望調査票が置いてあった。
パイプ椅子は座ると鳴る。母のは鳴らない。体重の掛け方が違うのだと思う。
母の手は、鞄の持ち手のところで組んである。指は動かない。参観のときも同じ組み方をしていた。
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その紙には、志望校を三つ書く欄がある。
上から順に、県立東雲高校、県立西高、私立の高校と書いた。
書いたのは僕だ。字も僕の字になる。
書いた日は覚えている。五月十六日で、座卓で書いた。母が横にいて、鉛筆を出したのは僕だ。
書く前に相談した覚えが無い。相談していないのに、迷わずに書けた。
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佐久間先生が、内申点の話をした。
九教科を五段階で見る。本番になるのは三年の二学期のものだが、いまの時点でも出る。
四十五だと言われた。満点だ。
実技の四教科も五になっている。美術と、音楽と、技術家庭と、保健体育だ。
保健体育のところで、母が小さくうなずいた。ほかの教科ではうなずいていない。
うなずいた理由を、僕はそのとき考えていない。
母は書き取らなかった。数字を聞いて、それで終わりになる。
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それから、母が僕のほうを見て言った。
「よくできました」
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佐久間先生が、二秒くらい何も言わなかった。
紙を見ていた目が、いったん上がって、僕のところで止まる。それから母のほうへ動いた。
顔は動いていない。動いたのは目だけだ。
そのあと、そうですね、と言って話を続けた。
二秒が何だったのかは、その日には分からない。
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母が鞄から紙を出した。
塾の面談でもらったものだ。二中から東雲高校へ、過去三年で何人入っているかが載っている。二十二人、十九人、二十四人になる。
倍率も出ている。前の年が一・三八倍だ。
佐久間先生はそれを受け取って、しばらく見た。見てから机に置いて、そうですね、ともう一度言った。
同じ数字を、学校のほうも持っている。二枚並べて見ることになる。
紙の下のほうに、鉛筆で丸がついていた。母の丸だ。二重に囲ってある。何を囲ったのかは、こちらの席からは見えない。
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窓の外で、陸上部が走っていた。
面談の週は練習が短い。それでも出ている。トラックを回っているのが、二階からだと上から見える。
誰が誰かは、走り方で分かる。腕の振り方と、上下の動きで見分けがつく。
長距離の二人が、ゆっくり回っていた。僕の入る場所が一つ空いている。
笛の音が窓ごしに聞こえた。ガラスを一枚はさむと、笛は高いところだけが残る。
回っている片方が、こちらの窓に気づいていた。気づいて、顔を上げずにそのまま曲がっていった。
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佐久間先生が僕に訊いた。
「高梨は、どうしたい」
母が答えた。本人は東雲でと言っています、という答え方になる。
佐久間先生はうなずいて、紙に何か書いた。
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少しあとで、もう一度訊かれた。
「夏の大会のあとも、走るのか」
母が答えた。夏まではやらせます、という答え方をした。
やらせます、という言い方に、僕は引っかからなかった。引っかかったのは、ずいぶんあとになる。
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三度目に、佐久間先生は僕の名前を呼んだ。
「高梨」
それだけ言って、待った。
待っている時間が、四秒か五秒ある。扇風機の音がしていた。蛍光灯が一度暗くなって、また戻る。
窓の外では、まだ二人が回っている。
僕は答えた。
「東雲で、お願いします」
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お願いします、というのは母の言い方だ。
言ってから気づいた。気づいたが、言い直さなかった。
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まだ決めていない、と言おうとした。
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面談は十四分で終わった。
枠は十五分ある。一分残った。
廊下には次の家族がもう来ていて、母親どうしで話していた。話しながら、こちらに道をあける。
出たのは四時二十五分だ。
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面談で出なかったものがある。
走るタイムは出なかった。委員会のことも出ていない。図書室で本を借りていないことは、当然出ようがない。
出たのは、点と、順位と、人数と、倍率だ。
紙にできるものだけが、あの部屋に持ち込まれていた。
訊かれなかったことは、思い出そうとしても出てこない。訊かれたことのほうは、順番どおりに全部残っている。
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母は自転車で来ていた。
昇降口の外で、スタンドを蹴って外す。金具の音がした。押して歩くので、こちらは横を歩いた。
空はまだ明るい。六月の終わりで、日が長い。校門を出たところの電線に、つばめが並んでいた。
グラウンドの笛が、校門の外まで届く。届くところまでは知っていた。どこで聞こえなくなるかは知らない。
母が自転車を押す速さは、こちらの歩く速さに合っている。合わせているのか、もともとそうなのかは分からない。
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途中で、母が佐久間先生のまねをした。
紙を見てから顔を上げるまでの間の取り方と、そうですね、の言い方だ。声は似ていない。間だけが同じだった。
僕は笑った。歩きながら笑うと、息が変な入り方をする。
母のまねは短い。二回はやらない。小さいころからそうだ。
まねが終わると、母は前を見て自転車を押していた。何も言わない。
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途中の店で、母がアイスを二つ買った。
千尋のぶんは買わない。溶けるからだと言う。
同じものを二つだ。母は自分のを半分残して、こちらへ寄こした。
棒の先が、母の口の形に少し削れている。
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家に着いたのは五時十分になる。
千尋が、三者面談って何、と訊いた。
三人で話すやつだ、と答えた。千尋は、へえ、と言って別の部屋へ行った。
夕飯は七時半で、そのあとは表のとおりになる。十時十分に寝た。
その夜、台所でペンの音がした。長くはない。書いている中身を、僕は見ていない。
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母は一度も、東雲にしなさいとは言わなかった。
行きなさいとも、受けなさいとも言っていない。数字を並べて見せただけになる。
並べた数字を、僕はいまでも言える。言えるということは、あのとき見たということだ。
見たうえで、書いたのは僕だ。
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覚えていないものが、また一つ増えた。
一つ目は、森下が休んだ二日がいつだったか。二つ目は、しゅうちゃんと呼ばれなくなった日。
三つ目が、母があの高校の名前を最初に言った日になる。
三つとも、人が関わっている。日付が抜けるのは、その三つだけだ。
規則だと決めるには二つでは足りないと、前に書いた。三つある。
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三者面談というのは、三人でやるからそう呼ぶ。
三人いた。三人とも喋った。紙は一枚だ。
書いたのは僕で、決めたのは一人になる。
その一人がいつ決めたのかを、僕は言えない。




